第41話 クラスメイト
21/07/31 一部修正
ルチアの龍眼による呪縛は、ティナが少し帝眼を輝かせるとたちまち解けた。帝眼には、魔眼の力を打ち消す力もあるらしい。
「ありがと、まったく、とんでもない目にあったわ」
「僕たちのクラスは、ここみたいだね」
「げ。あいつと同じ、クラスじゃない」
配属先のクラスを確認するとどうやら、リントが入っていった教室と同じであるらしい。
「大丈夫、きっと仲良くなれるよ」
舌を出していやがるルチアをティナは慰める。
「ベロードやバートリみたいなやつでも知らないわよ」
ルチアは嫌がりながらも、観念する。
教室は、巨大な学舎だけあって、かなり広い。前方には黒板があり、緩やかな曲線を描く長い木の机が、後方につれて段々と上に、設置されている。一クラスの定員である五十人は余裕で座れそうだ。
どうやら自由席らしく、まばらに生徒たちが座って、談笑している。話題はもちろん謎多き優秀な編入生たちのことだ。
生徒たちは距離を取りながらも、ちらちらとティナたちのことを見ている。黄金の輝きを放つティナやルチアもさることながら、マギアマキナの軍団兵たちの美男美女ぶりは、男女両方の生徒を熱狂させている。一応、十六歳といっているだけで、フローラやアウローラは、少し大人びた容姿であるから男子生徒の注目を集めるのも無理はない。また女子生徒が美男の軍団兵に心奪われるのもしかりだ。
片やティナたちは、ディエルナでも、さんざん注目の的だったから、気にも留めていない。
どこに座ろうかと教室内を検分していると見知った顔がティナの目に入る。
「あ、レリオ」
「んあ? おお、ティナじゃないか。やけに騒がしいと思ったら、そういや今日は、編入生が来るんだったな」
席で顔に本をかぶせて居眠りしていたレリオが、ティナを見て、立ち上がる。
この男、自分で実技試験を担当しておきながら、編入生のことなどすっかり忘れ、やかましくて眠れやしないと煩わしく思っていたくらいだ。
「知り合い?」
ルチアも別会場で実技試験を受けていたから、当然、レリオとは初対面である。
「うん、僕の実技試験を担当してくれた、レリオだよ」
「あきれた。もう友達がいるの? それも実技試験の相手だなんて」
ティナの人たらしっぷりに、ルチアは驚く。
「ルチアはお友達にならなかったの?」
「友達になるどころか、恨まれているわよ。きっと」
実技試験ならば、ルチアを含め他の者たちも全員実施した。
ルチアは、特に隠された出自や能力などない、ただの底辺冒険者だったが、盗賊家業のおかげで、危険察知能力と体力だけには自信があった。それに加えて、ティナともども、嫌というほど軍団に、みっちり鍛え上げられて、そこらの学生では相手にならないほどに強くなった。
実技試験では、ティナと同じく生徒会の男子生徒が相手だった。危なげなくルチアは勝利したのだが、相手のプライドは痛く傷つけられたらしい。生徒会でありながら、無名の小柄な少女相手に負けたことがよほど悔しかったのだろう。恨めしそうに睨みつけられたのをルチアは覚えている。
「無理もないだろう。生徒会の連中はプライドが高いから普通なら悔しいがるさ。ま、俺は、むしろティナにほだされちまった口だがな」
そういうレリオが特別なわけではない。多くの生徒会の生徒が、実技試験を行い、特に軍団長の相手をした生徒たちはレリオと同じように感化されてしまったものもいる。もっとも、ティナと同じようというわけではなく、ウルをお姉さまと慕ったり、ルーナの熱狂的なファンになったり、ヘレナを相手に母性に目覚めたりとその成り行きは多様である。
「にしても、ずいぶんと大所帯だが、ティナは、どこぞの大貴族様なのか? 全員、お友達ってわけでもなさそうな感じだけども」
レリオはじろじろとティナの連れを見る。ティナと同じぐらい小柄の少女ルチアは友人という雰囲気だが、となりの美人二人や美男子たちは、制服姿だが、落ち着き払っていて、従者という雰囲気だ。
学院には王族や大貴族の子女も多く通っているからリントのように従者を従えているのも珍しくはない。
「おいおい、詮索は感心しないぜ。レリオくん。お嬢さん方に深入りすると戻ってこられなくなる」
レリオの隣に座っていた机に足を乗っけた態度の悪い学生が、座りなおす。
「あ、あんたはディエルナの」
「サラディン」
ティナとルチアは予期せぬ遭遇に驚く。
「ルチアにティナ様、ご無沙汰で、いや、これでもベリサリウスの旦那とは、結構会っているんだけどな」
浅黒い肌に銀髪のサラディンはぺこりと頭を下げる。彼は、ティナたちがディエルナで知り合った自由都市同盟の東方、アルバース帝国出身の商人だ。若いながらも、敏腕の商人で、東方産の珍しいものをディエルナまでよく持ってきてくれる。
特にベリサリウスは彼を重宝していて、半ば軍団の御用商人のようになっている。
「どうして、あんたがこんなところにいるのよ?」
ルチアは疑問に思う。あの大陸中を駆け回る商人が自分たちと似たような制服を着てアルテナ魔導学院にいる。商売に来たわけではなさそうだ。
「どうしてって俺は、アルバースからの留学生だぜ。ここにいないほうがおかしいってもんよ」
サラディンは得意げな顔をする。
「なにを言っているんだ。金儲けにかまけて全然出席してないじゃないか」
生徒会のレリオは不満そうな顔をする。どうやら二人は友人であるらしい。
「仕事に熱心であると言ってほしいね」
「でも、サラディンもここの学生だったなんてびっくりだよ。しかも同じクラスだなんて」
「俺も、黄金の姫が、学院に行くっていうから、やっつけ追っかけてきたんだが、同じクラスとは珍しいこともあるもんだ」
「うん、こんな幸運はなかなかないよ」
「ははあ、お客さんにここまで思ってもらえるとは、商人冥利に尽きるねえ」
嬉しそうに笑うティナにサラディンは、少し恥ずかしそうに鼻をこする。
「ところで、あの黒龍の姫と、ひと悶着あったみたいだが大丈夫かい?」
サラディンは、ドラドニア王国の姫、リントとの一件を見ていたらしい。
「とんだ災難だったわ。あの目を思い出しただけでもう」
ルチアは、リントの恐ろしい龍眼を思い出して身震いする。
ふとリントの方を見ると、ティナは目が合う。すぐにリントは目を背けるが、ティナが少し視線を外すとリントはまたじっとティナのこと見てくる。男子生徒の注目は、美女のフローラとアウローラ、女子生徒の注目は美男のマギアマキナに集まっているから、リントだけが、ティナに執着しているように見える。
「どうやらずいぶんと気にいられたみたいだな」
「僕は、リントはいい子だと思うよ。もしかしたらリントもお友達になりたいのかも」
「お友達か。さすがは姫様だ。人を見る目がある」
「そう? 私は嫌な奴にしか見えないけど」
「そりゃ、盗賊の嬢ちゃんとは、反りが合わないかもしれないがな。黒龍の姫は、いつもツンケンしているとげとげしいお方だが、あれで、なかなか人気がある。なにせ生徒会副会長だからな。ドラドニア王国閥のトップってのもあるが、それなりのカリスマがあるってことさ」
「カリスマねぇ」
特権階級にあまりいいイメージのないルチアは懐疑的だ。
だが、民主主義的選挙で生徒会副会長に選ばれた以上、人気があるのは事実と認めざるを得ない。
「副会長は、成績もかなり優秀だからな。筆記試験、実技試験ともに入学以来ずっとトップだ。生徒会メンバーでも頭一つ抜けているよ。まず間違いなく。次期生徒会長筆頭候補だろう」
生徒会として、共に働くレリオもまた、リントを高く評価している。
次期生徒会長候補ということも、学院内ではもっぱらのうわさだ。
「次期生徒会長候補……」
リントが生徒会選挙に出るとなれば、生徒会長になることを目標としているティナにとっては競争相手、政敵だ。しかも、相手は現職の副会長でぽっと出のティナよりも圧倒的に分がある。
「我らが姫も、生徒会長に興味がおありで? そりゃそうだよな。いずれ皇帝になるお方だ。なに、姫様なら勝てる。俺は黒龍の姫君よりも断然、金獅子銀狼の姫君を押すぜ」
「ちょっと、声が大きいわよ」
「何をいまさら。ディエルナに出入りしている商人ならみんな知っているぜ」
教室中に響き渡るような声で話すサラディンに、ルチアは顔をしかめるが、サラディンは気にしていない。ディエルナにいたサラディンは、ある程度ティナたちの事情に通じている。
ベリサリウスたちの方針では、ティナが古代エルトリア帝国の皇帝であることを、別に後ろ暗いことでもないのだからと、隠し立てするようなことはしていない。
柔軟な思考ができないのかといわれるかもしれないが、ベリサリウスたちは堂々としている。それは帝国こそが、ティナを戴き、この世界のすべてを治めるべきという軍団の共通認識があり、それは恥じ入るようなことでもなければ、冗談でもない。
また、ヴァレリアやサラディンのようにティナの人柄や軍団の超時代的な技術と軍事力を目にした人間たちも、多少の願望が混じりつつも、ひょっとするとティナが巨大な国を建て、君臨するということを本気で信じ始めている。
しかし、ティナのことを全く知らない生徒たちの前で、皇帝などと喚けば、他の生徒たちに噂されてしまう。ルチアは、ティナのためにも、選挙に不利になるようなことは避けたい。
「気にすることないよ。隠していてもいずれは、ばれちゃうだろうしね。僕は誰が相手でも、生徒会長になってみせるよ」
「こういうところは度胸があるのよね」
ルチアはため息をつく。
生徒会に詳しいレリオなどは、本気かと思ったが、ティナは大まじめで、その瞳は決意に満ちている。
「今年の選挙は面白くなりそうだ」
今回の選挙は、リントのワンマンショーに終わると思われてきたがここにきて思わぬダークホースが現れた。刺激に飢えているレリオのような退屈な学生にはもってこいだ。
そんな話をしているうちに授業開始を告げる鐘がなる。
ティナの学生生活第一日目が始まった。
誤字報告ありがとうございます。
とても助かりました。




