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第35話 学院へ

前五話分を第一章の方に移動しました。

21/07/17 誤字脱字等訂正

 金髪金眼の少女ティナの姿は、大空を悠然と進む小さな魔導艦の上にあった。魔導学院に入学するため、ヴァルケン半島の中央部、魔導都市アルテナへと向かっている。

 小さな魔導艦と言っても、島にも匹敵する大きさをもつティナの座乗艦クラッシス・アウレアに比べればということで、この時代の魔導艦から考えれば、各国の主力艦艇である戦列艦より大きく、全長300mを超える。

 この魔導艦の名は、テティス。クラッシス・アウレア護衛艦隊の構成する艦艇の一隻だ。巨艦クラッシス・アウレアは、船でありながら、軍港としての機能も擁しており、護衛艦隊用のドックがついている。そのドックの中で、テティスは、母艦と共に千年の眠りについていた。

 他にもテティスのような護衛艦が、数十隻、クラッシス・アウレア内のドックに停泊していたのだが、まともに動かせたのはテティスといくつかだけだ。

 テティスの見た目はずいぶんとおんぼろで、まるで幽霊船のようであるが、これは、老朽化によるものではない。偽装である。どの艦艇も動くかどうかは別として、保存状態良好で古代エルトリア様式のきらびやかな船体を維持していた。それでは、あまりにも目立ちすぎるという事で、木造艦が多いこの時代に合わせて、木板を張って、古びた船のように見せかけている。


「これって隠す気あるの?」


 と出発前にテティスを見たルチアは漏らしたが、見た目はおんぼろ船でもその大きさだけで軍艦すら圧倒してしまう。

 皇帝の継承者たるティナを陸路で行かせるわけにはいかない。

 そんな思いが、軍団長たちにはあったが、見た目の偽装だけでも十分だろうと大真面目に思っていた。ディエルナに魔導艦を借りるなど、ほかにもやりようはあったはずだが、千年の感覚のズレは、埋めがたい。


「帝国の正統なる後継者としてティナ様には、立派な皇帝になっていただくべく、学院生活で果たしていただきたい目標が三つございます」


 テティスの甲板上で、クラッシス・アウレアおよび最後の軍団の司令官を務めるベリサリスが、ティナとルチアそれと同行したマギアマキナたちの前で、学院入学に向けた心構えを説いていた。


「一つ、試験において学院主席になること」


 帝王学から、哲学、法学、数学、天文学、歴史、礼儀作法、芸術、音楽に至るまで、軍団長たちを教師に、みっちりと英才教育を受けているティナだが、一学年、二千人を超える魔導学院においては、非常な困難だ。


「一つ、剣闘演武祭で優勝すること」


 アルテナでは、年に一度、剣闘演武祭と呼ばれる競技会が開催されている。これには、学院の生徒たちが、総出で参加し、あらゆる武術や魔法の技を競い、その競争は、熾烈を極める。ティナは日ごろ、訓練を続け、腕利きの冒険者ベロードを瞬殺するほどの腕ではあるが、学院の生徒たちいずれも強者揃いであり、簡単にはいかない。


「そして最後に一つ、生徒会会長になること」


 アルテナ魔導学院では、生徒による高度な自治が行われており、その最高執行機関である生徒会は強大な権力を持つ。そのトップである生徒会長になるには、学生の支持を受け、選挙戦で勝利する必要がある。学院には各国から生徒が集まることもあって、選挙戦は、半ば代理戦争の様相を呈しており、苛烈な競争が繰り広げられ、数ある学生イベントの中でも特に盛り上がりを見せる。

 皇帝を目指すティナにとっては、ここで存在感を示すことが一番重要だ。

 学院主席、剣闘演武祭優勝、生徒会長。


「ちょっと、いくらなんでも、厳しすぎるんじゃないの? マギアマキナじゃあるまいし、人間のティナに全部やれなんて荷が重すぎる。無茶な話よ」


 少し、そわそわしながら、ルチアが言う。手先の器用なファビウスに、仕立ててもらった白い制服のひらひらとしたスカートにまだ慣れていないようだ。

 今回、ティナと一緒に、多くの同行者が、学院に入る予定だ。ルチアは、その一人である。

 スラム出身で盗賊とさげすまれる底辺冒険者のルチアには、貴族や商人の子女など、富裕層しか入れない魔導学院など縁がなかった。

 だが、ティナに請われたルチアは、人の金で行けるなら、と学園に同行することになった。


「そうそう、学校なんてもっとこうパーッとエンジョイするもんなんじゃない? 友達とか彼氏なんか作って、友情に恋に、青春! ってかんじでさ」


 学院行きに胸を膨らませているルーナも同行組の一人だ。同じく学院の白い制服を着ているが、さっそく気崩してしまっている。胸元を大胆に開け、スカートも極端に短い。


「かかか彼氏だと……!」


 あからさまにウルは狼狽する。


「ティ、ティナ様は学院に遊びに行くわけではないんだぞ! 皇

帝としてふさわしいお方になるために、ご入学されるのだ」


 腕を組み、仁王立ちしたウルがルーナをギロリとにらむ。腰には長剣を帯び、制服をビシッと着こなしている。ただし、ウルは、純白の制服ではなく、真っ赤に染められた紅の制服だ。赤髪のウルに良く似合っている。


「あーあ。固い固い。みんなに慕われる皇帝になるには、オベンキョーばっかじゃなくてジョーソーキョーイクが大事なの。そんなんじゃ、ティナ様が、ウルみたいに頭がカチカチになって、怖い顔になっちゃう」


 ルーナは眉間にしわを寄せるウルを見て、笑うと余計に、ウルの顔が険しくなる。


「誰が、怖い顔だ。誰が。大体、貴様は、そんなにだらしない格好をして、軍団長として恥ずかしくないのか!」

「だってこっちのほうが可愛いっしょ。それにウルの制服姿よりはましだと思うけど」


 確かに、ウルは、女性型マギアマキナの中では、一番大人びた容姿をしている。学院に入学する生徒の多くは、ティナやルチアと同じ十五歳。学院が三年制であることを鑑みても、二十代後半に見えるウルが制服姿というのは少し違和感がある。女教師として潜入したほうが、よほど似合っているだろう。

 もっとも当初はそういう予定だったが、護衛としてティナのそばを離れたくないと言ってウルは聞かなかった。

 だが、制服姿が似合っていないことは本人も多少気にするところがあったようだ。


「なっ。貴様の方が、よほど運用歴が長いくせに」

「はあぁ?! それ、禁句なんですけど、あーもう、むかついた!」


 余裕の表情を浮かべていたルーナから笑顔が消える。最新鋭機であったウルは、軍団長の中では、稼働年数で見れば、若い。一方ルーナはその何倍も生きている。千年も経っているのだから微々たる差なような気もするが、マギアマキナでありながら、人間くさい性格のルーナには御法度であった。


「そ、そのう、喧嘩はやめてください……」


 若草色の制服の上からローブを羽織った褐色肌に銀髪の新たな軍団長、リウィアが、おどおどとしながらも懸命に二人を止めようとする。

 そんなリウィアに同じく若草色の制服を着たヘレナが、言う。


「大丈夫だよっ。ルーナもウルもとっても仲良しだからねっ」

「そうは見えませんけど……」


 取っ組み合いの喧嘩を始めたウルとルーナにリウィアはますます心配になる。

 リウィアは、ディエルナの騒動の直後に起動に成功した軍団長で、まだ起きたばかりだ。軍団慣れしていない。一方、ティナとルチアたちにとっては日常の光景である。

 マギアマキナたちの中で一番幼い容姿であるヘレナとリウィアが、運用歴すなわち年齢で見れば、一番の古株であるから、二人の喧嘩はますます滑稽に思えてくる。


「まったく、マギアマキナのくせにアホね」


 ルチアはため息をつく。 帝国軍で製造された最新鋭のウルですら、あれほど感情にあふれている。機械的という言葉がまるで当てはまらない。


「それで、肝心のティナは目標を達成できるの? 学院主席に、剣闘祭優勝、それに生徒会長なんて」

「うーん、難しいとは思うけど、僕なりに全力を尽くしてみるよ。今なら、なんだってできそうな気がするんだ」


 ティナは、希望に満ち溢れた目で、アルテナの方向の空を見つめている。


「珍しくずいぶんと乗り気ね。いつもだったら僕は皇帝にはなる気はないよーとか言っているのに」

「そうだね。でも、僕は皇帝になることにしたんだ。それに、学院生活も夢だったから」

「ふんふん。なるほどねって、えっ! 今なんて?」


 ルチアは耳を疑う。ウルとルーナは腕をつかみあったまま静止し、ベリサリウスは、珍しく驚いた表情で、ティナを見つめる。マギアマキナたち全員の注目がティナに集まる。


「ん? 学院生活は夢だったって」

「その前よ」

「皇帝になるってところ?」


 とティナはキョトンとした表情で言う。

 マギアマキナたちに雷が落ちたかのような衝撃が走る。


「おお、ティ、ティナ様、ついに、ついにご決心されましたか」


 ベリサリウスは、胸の奥、魔導核があるあたりがじんわりと熱くなるのを感じる。


「ティ、ティナ様が、ティナ様がついに皇帝に、ルーナ。これは夢なのか」

「まったく大げさね。夢じゃないわ」


 感極まって涙を流し始めたウルの背中をルーナは優しくなでる。

 ほかのマギアマキナたちも感涙に頬を濡らす。


「ちょ、ちょっと、みんな、急にどうしちゃったの」


 あまりの狂乱ぶりにティナは驚く。


「ティナが急に皇帝になるなんて言い出すからこうなったのよ。一体どういう風の吹き回し?」

「みんなと出会ってから、ずっと、いろんなことを考えてきた。それで、皇帝になって、みんなで平和な国を作ることが、僕のやるべきことなんだって思ったんだ」


 ティナは皇帝になる気などさらさらなかった。ただ平和に暮らしていければいいとそう思っていた。

 だが、平穏な人生は、ヴァレンタインの襲撃で消えてなくなった。

 それからルチアに会って、マギアマキナたちに出会った。

 様々な体験を重ねて、ようやく自分だけが、あの惨劇の中で生き残った理由が見えてきた。

 母親の言っていた千年の願いを遂げる時が来たのかもしれない。


「ふう。ティナがそう決めたなら、いいんじゃない。それにこれで私も念願のお大臣様になれるしね」


 一つ息をついて、ルチアは、ティナにウィンクする。

 ルチアにとって、世界の平和などは、どうでもいい話だ。自分だけで精いっぱいだし、それが自分の領分だとわきまえていた。だが、数奇な運命で出会ったたった一人の友人が、ルチアに大きな夢を見せた。最後までその夢を一緒に見てみたい。そう思った。

 それにルチアは金と権力というものが、大好きだ。


「とことん乗ってやろうじゃないの!」


 ルチアは、目をギラギラとさせて、口元を親指でぬぐった。


「「再び世界を照らす光とならん。日の昇るところから沈むところまですべての支配者。我らが皇帝陛下に万歳!」」


 興奮状態のマギアマキナたちが、ティナを称え、歓喜の声で大合唱する。


「あはは。みんな、まだ気が早いよ。でも、ありがとう」


 ティナは自分のことでこんなにも喜んでくれるマギアマキナたちに、感謝する。だが、まだ皇帝になったわけではない。すべてはこれからなのである。

 勇壮な軍楽隊の演奏とともに、古代エルトリア帝国の国歌が蒼空に響き渡る。

 地平線には、地球儀のような巨大な建造物を中心に据えた都市アルテナが見えてきた。


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