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第29話 極細剣の女騎士と巨槍の老騎士

第16話の「着せ替え人形」が抜けていたので追加しておきました。

 ヴァレリアの一突きが、まっすぐ風を切る。出遅れたガイウスは体への負荷を考えずに無理矢理な挙動で、反撃を試みる。

 極細剣アウステルは、ガイウスの心臓部を貫こうと、巨槍ネプチューンは、ヴァレリアの頭を吹き飛ばそうと直進する。すでに二人は自らの命を顧みず、捨て身で攻撃している。

 このまま両者、刺し違えるかと思われたが、ガイウスの関節部がついに悲鳴を上げた。


「ぐお」


 ガイウスの左ひざの関節部がはじけ飛び、足が折れて、ガイウスは膝から崩れ落ちた。

 幸か不幸か、このおかげで、ガイウスはヴァレリアの一撃から逃れ、アウステルが、右肩を貫通しただけにとどまった。

 また、ネプチューンも逸れて、ヴァレリアの肩の肉をえぐっただけで済んだ。

 いずれも致命傷ではない。

 ヴァレリアとガイウスは、まだ戦意旺盛で、一瞬の逡巡もなしに、相手を仕留めるべく、次の攻撃動作に移ろうとした。


「もうやめて!」


 その時、悲哀に満ちた少女の声が響いた。

 ガイウスはその声の主に気づき、命令を遂行すべく瞬時に勢いを殺し、攻撃動作を停止した。


(間に合わない!)


 ヴァレリアは、抵抗をやめたガイウスに気づいたが、すでに勢い止まらない。驚異的な動体視力でもって、的確に魔法陣を高速展開し、風の魔法を逆噴射して、アウステルの威力を殺す。おかげで、アウステルは、ガイウスの胸を貫いたが、その核を破壊するまでには至らなかった。

 安堵したヴァレリアはガイウスに突き刺さったアウステルから手を放し、後ろに倒れる。


「私の負けか」


 天井を見て、つぶやく。

 ガイウスを殺すことができたか、ヴァレリアには自信がないが、あの一瞬、自分は明確に死を感じた。

 人生で初めての敗北らしい敗北。そしてこれが最後の敗北になるであろうが、不思議と悪い気分ではない。それに地獄で死んでいった部下たちに文句の一つでも言われる必要がある。

 ヴァレリアはなんとか命をつなぎとめているが、重傷で、出血がおびただしい。だんだんと意識が遠のいていく。


「ティナ様。ご無事でしたか」


 ガイウスは、膝をついたまま、胸部に刺さった細剣を引き抜き、床に差す。千年で劣化と度重なる戦闘で酷使された体は、ヴァレリアから受けた傷もあってすでに限界だ。ガイウスは立ち上がることもできない。


「ごめん、ごめんね。ガイウス。私がもっと、しっかりしていれば」


 ティナは必死に魔法陣を展開し、ガイウスに治癒の魔法をかけていく。しかし、ティナの強力な治癒魔法をもってしてもガイウスの傷口は閉じない。


「どうして、傷が全然なおらない」

「ありがとうございます。ティナ様。しかし、申し訳ありません。治癒魔法が効くのは、命ある者だけ。わしらマギアマキナには、効かんのです」


 ガイウスは屈託なく笑う。


「そんな……」

「わしなら心配無用。それよりもあの女騎士をどうかお助けください。ここで死ぬには、あまりに惜しい……」


 そのまま、ガイウスは目を閉じ、動かなくなってしまう。


「ガイウス!」


 ティナは駆け寄って、呼びかけるが、ガイウスは呼吸も止まってしまっている。


「ご安心ください。ガイウスは、休止状態にあるだけです。我らマギアマキナは、核さえあれば、死ぬことはありません」


 ベリサリウスは、ガイウスに手を当て、かすかな核の反応を感じ取る。マギアマキナの体は入れ物に過ぎず、核さえ残っていれば、何度でもよみがえることができる。


「よかった。なら、お願い。あそこのお姉さんも助けないと」


 ティナはすぐさま、ヴァレリアの治療を開始する。

 傷口はすぐさま、ふさがり、消し飛んだ軍服こそ戻らなったが、元通り美しいな肌に戻った。


「こいつ、よく見たらヴァレリアじゃない」


 ルチアはヴァレリアのことを思い出す。


「ヴァレリアってルチアの言ってた怖い騎士? こんなにきれいな人だったんだ」

「そう? いっつも、おっかない顔して見回りしているじゃない」

「それは悪かったな。盗賊娘」

「ひいっ」


 突然目を開けたヴァレリアにルチアは小さく悲鳴を上げる。

 ヴァレリアとルチアは知らない仲ではない。盗み癖があり、なにかと町で問題を起こしているルチアは、ディエルナの治安を維持するヴァレリアたちにたびたび世話になっている。


「そっちが、噂のティナ殿か。金髪に金眼。ふっ。ずいぶんと可愛らしいが、確かにロムルス・レクスそのままだな」


 ヴァレリアは血を流しすぎたせいかまだめまいがするが、目の前のまばゆいティナの姿はよく見える。


「本来なら、拘束しているところだが」

「————っ!」


 ウルとルチア、その場にいた軍団兵たちが一斉に武器をヴァレリアに向ける。

 ティナは構わず治療を続ける。


「あいにく今は、敗軍の将だ。煮るなり焼くなり好きにするがいい」

「どうもしないよ。ヴァレリアさんはディエルナにとって大事な人だもん」

「お人好しだな。君は。私は、君の敵だぞ」

「敵じゃない。敵はヴァレンタイン。ヴァレリアさんたちじゃないよ」

「ヴァレンタインか。ふふ。なるほど、ようやく合点がいった。私たちは愚かだな。これではまるで道化だ」


 ヴァレリアはようやく、この戦いの意味を知る。

 バートリがギルドの冒険者たちを使って、後ろ暗いことしているのは、知っていた。調査途中だったが、大方、今回も冒険者たちを使ってろくでもないことしたのだろう。ヴァレンタインの名が出れば、すぐにわかる。

 知らぬ間に巨悪の片棒を担いで、市民を巻き込んでしまった。


「ごめんなさい。僕がもっと……」

「謝るな。君が謝ったら、部下たちはまったくの無駄死になる」


 頭を下げるティナにヴァレリアは首を振る。

 ディエルナの守備兵の死は、たとえ、それが悪徳であっても、意味があったとそう思いたい。


「……うん」


 ティナは涙をぬぐって、小さくうなずいた。


「私の不幸は君が、私の主でなかったことだな。ガイウス殿がうらやましい」


 ガイウスは主を救い出すために、自分の生死を顧みず戦っていた。ヴァレリアも命がけで、戦っていたが、それはバートリのためではない。それは自分の流儀のためであり、ディエルナを守ってきたソリアーノ家の誇りのためだった。

 妥協的に市民に選ばれた市長であるバートリはとても忠誠心を刺激するような人物ではなかったし、市民を愛するような人物ではなかった。当然、市民からの尊敬も極めて薄い。


「さてと、そろそろ本題に入ったほうがいいんじゃない」


 ルチアは、そろりと机の下から這い出して、逃げ出そうとしていた哀れな市長を見る。


「この、逃げようとしてるんじゃないわよ。みっともない男ね!」

「は、離してくれえ」


 ルーナに首をつかまれたバートリは何とか逃げ出そうと足をじたばた動かす。


「ぼ、僕は悪くないだろう。悪いのは全部あの傭兵だ」


 無様な弁解をわめくバートリにウルは剣を向ける。


「貴様よくもそんな口が聞けたな。自らの保身のためにティナ様を売り渡そうとした。万死に値する」

「ぼ、僕はこの町の市長だぞ。この町をあの悪魔から守る義務がある。町を守るために小娘一人を売り渡すことの何が悪い!」

「貴様!」


 開き直ったバートリに、怒りが限界に達したウルは剣を振り上げ、この場で断罪しようとする。


「待って」


 ティナはバートリとウルの間に躍り出て、両手を広げて、バートリをか

ばおうとする。


「市長さんもヴァレンタインに脅されただけなんだ。殺さないで」

「ティナ様、しかし……」

「僕に剣を向けるの? ウル」

「はっ」


 ウルは、ティナの皇帝の片鱗に圧倒され、剣を収める。

 安心したティナが、胸をなでおろした刹那、バートリは血迷ったのか、地面の鋭い破片を拾い、ティナの体を引き寄せ、その破片をティナのか細い首筋に当てた。


「動くな。そうじゃないとお前たちの大事なご主人様はあの世行だぞ」

「貴様、ティナ様の善意を踏みにじるとは。この下郎め」


 ウルがすさまじい形相で、バートリをにらむ。


「ひっ。僕は悪くない。聞いてないぞ。聞いてないぞ。こんなことになるなんて、市長である僕が」

「市長さん……」


 現実から逃避するようにぶつぶつとつぶやくバートリにティナは同情する。


「あー、死にたくないならやめた方がいいと思うけど」


 ルチアは軽い口調でバートリに忠告する。


「そうそう、ティナ様、怒ると怖いんだから」


 ルーナも同様に促す。

 すでに、ティナは冒険者ギルドのマスターを一瞬で倒すほどの実力者だ。非力なバートリ一人でどうにかできる相手ではない。


「え、そうかな?」


 ティナもまるで生命の危機を感じていない。


「う、うるさい!」


 拳を突き上げて怒鳴るバートリの一瞬の隙をついて、剣閃が光る。


「ああ」


 ヴァレリアの極細剣アウステルが、バートリの手に持つ破片を弾き飛ばし、その掌を貫いた。


「お、お前。僕は市長だぞ。なにをしているんだ。早くこいつらを殺せ」

「お前は、守るべき市民であるティナ殿をあろうことか賊に売り渡そうとした。そればかりか、そのことを隠し、多くの兵を死なせた。お前はもう、市長などではない。裁かれるべき罪人だ」


 ヴァレリアはアウステルを振って、血をぬぐい鞘に納めた。


「あ、あ……」


 バートリは魂が抜けたようになり、その場にへたり込んだ。

 ここに、ガイウス率いる最後の軍団とディエルナ守備隊の戦いは終結した。

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