第26話 蒼き猛将の怒り
ギルドの一件が片付き、後始末は、ヘレナ率いるマギアマキナたちと、ミリナが引き受けた。
といっても、ベロードとその子飼いの冒険者たちの拘束と監視、それに今は外に出払っているベロードの息がかかっていない冒険者たちへの事情説明ぐらいだ。
まだ、ティナたちはこれからどう始末をつけていくべきか迷っている。今は眼前のトラブルを一つずつ解決していくしかない。
特に、ディエルナ近郊に身を潜めていたガイウスたちマギアマキナの一隊が、エルの報告を受けて暴発するのは容易に想像できた。このままでは、ディエルナは戦場になりかねない。
「早く、ガイウスたちを止めないと」
ティナは、一刻も早くガイウスたちなだめるべく、ギルドを出るが、時すでに遅かった。
「これは、もう、どうしようもないかも」
ルチアは町の光景に唖然とする。
ギルドは大通りに面しているが、往来していた、たくさんの人々の姿はない。みな、家や商店の窓を閉め切り、息をひそめて隠れている。
大通りは、馬の群れに踏み荒らされたがごとく、散らかっている。明らかに何かの一団が通った後だ。
「あーあ。やっぱり手遅れか。とんでもないことになっちゃったね」
エルは、両手を頭の後ろで組んでまるで他人事のように、大通りの先にある市庁舎の方を眺める。
市庁舎の方に煙が経ち、怒号や雄叫びの合唱が聞こえる。かなりの騒ぎになっているのは間違いない。
「貴様のせいだろうが」
ウルは確信犯であるエルの頭に拳骨を食らわせる。
「いたっ。痛いな、もう。でも、こっちの方が、いいでしょ」
エルは悪びれる様子もない。むしろ、頭をさすりながら、自分の功績を主張している。
エルの独断専行にベリサリウスは頭を抱える。
「まったく、あなたはガイウスに何を吹き込んだのですか。後で詳しく。とにかく急ぎましょう。ガイウスたちを落ち着かせるにはティナ様が御身 の無事をお見せなさるのが最良です」
「うん、急ごう。それに市長には聞きたいことがあるんだ」
ティナたちは、市庁舎に全速力で走った。
時は少しさかのぼる。
ちょうど、ティナがギルドで冒険者たちに捕まった頃、古風な兵士の一団が、猛然と街道を進みディエルナに迫っていた。
先刻、ディエルナ近郊に身を潜めていたガイウスたちは、魔力で作られた赤い一筋の光がディエルナ上空に打ちあがったことを確認した。ティナの身になにかあったことを告げる緊急事態の合図だ。
ティナが冒険者ギルドで、ベロードに絡まれているその最中、エルはガイウスたちを呼び寄せるべく、すでに合図を送っていた。
「また、我らから奪おうというのか。人間ども」
それを確認するや否や、ガイウスは、激発した。
「弓兵や魔導兵はおろか、騎兵もいない」
ガイウスが怒りを抑えながら、訓示する。
目覚めたばかりの軍団兵は準備万端とはいかない。
「しかし、なんとしてでも、ティナ様をあの巨大な監獄からお救いする」
軍団兵たちは、人形らしく平然としたままだが、その体は熱を帯び、蒸気が立ちのぼっている。
「千年も無様に生き永らえたのは、今日、この日に死ぬるためぞ!」
「「おお!」」
ガイウスの雄叫びに、呼応して軍団兵たちは、槍や剣を天に向かって突き上げた。
ガイウスは、三百を超えるマギアマキナの兵を率いて、怒涛の勢いで、進軍を開始した。
敵のことを正確に把握しているわけではない以上、軍事的行動は、慎重を期して行われるべきだったが、
ティナ様の身に何かあった。
たとえ行き先が死地であろうとも理由はそれだけで十分であった。
軍団兵は、みな徒歩で、馬上にあるのは、ガイウスただ一人。
しかし、ガイウスは、他のマギアマキナの軍団兵たちを顧みず、鉄の馬に鞭を打ち、一人ディエルナに向かって突進した。
ガイウス麾下の軍団兵たちは、元から帝国軍で製造されたマギアマキナばかりだったから、この軍団兵たちも、ティナの身を自分のこと以上に心配して、必死にガイウスについていった。
鉄の馬と、マギアマキナたちの足は速い。すぐにディエルナの正門前までたどり着いた。
「なんだ、あいつらは……」
突然の敵襲に、ディエルナの守備隊は狼狽した。
三百程度の兵士の一団が、正門に向かって、土煙を上げながら、怒涛の勢いで進撃していることは、城壁の見張りがすぐに見つけた。ガイウスたちには隠す気などさらさらない。
大慌ての兵士が一心不乱に鳴らす非常事態を知らせる鐘の音が、ディエルナに響き渡る。
ディエルナの軍備は見かけ上は、それなりに充実している。千いる守備兵のうち、七百名程度が、急遽正門に集められ、防衛にあたることになった。
が、平和なディエルナの兵士のほとんどは実戦を経験したことのない烏合の衆、軍装を着たカカシだ。
守備隊の指揮官たちも年齢で、その地位に収まったに過ぎない連中である。
古風な軍団が、理路整然と正門の前で、隊列を組む。
マギアマキナの軍団兵は、きらびやかな朱色と黄金の軍装に身を包み、絹糸で縫われた大きな戦旗を翻している。
守備隊は、城壁の上から演劇でも見物するかのように待ちの一手だ。
「どこの軍勢だ?」
おびえた様子の老指揮官が問う。いくら、アヴァルケン半島が、動乱期にあるとはいえ、この方面からディエルナが攻められるなど考えられないことだ。
「金獅子に銀狼。古代エルトリアの紋章です」
「馬鹿な。神話の軍隊が現れたとでもいうのか」
老指揮官は呆然とする。紋章といい、軍装といい、物語に出てくる古代エルトリアそのままなのだ。
ガイウスが一歩前に躍り出る。
嵐吹き荒れる大海のごとく、板金が波打つ蒼鎧を身に纏い、その手には、三叉槍。この三叉槍は、軍団長に分け与えられた十二の神器のうちのひとつネプチューンである。
「はああああ」
ガイウスは、力強く叫びながら、巨槍を頭上大回転させ、地面を突き、仁王立ちする。
そして、声を張り上げ、大喝する。
「わしは日の昇るところから沈むところまでのすべての世界の皇帝。ティナ・レア・シルウィア様の配下の軍団長ガイウス。ティナ様をお迎えに上がった。門を開けよ!」
まずは、開戦事由を述べ、降伏を促す。どんなに怒りに駆られていても、ガイウスは、礼儀だけは欠かさない。
「そ、そんなお方はこの町にはおらぬ。お引き取り願おう」
老指揮官は、声を震わせながら答える。事実、そんなことは全く知らない。
だが、ガイウスたちには、そんな事情は関係ない。
もとより攻め込むつもりである。
「通さぬというなら、押し通るまで、ならせ」
一番後ろの列にいた軍団兵が、銅鑼や太鼓を盛んに打ち鳴らす。力強い音楽は、皇帝の軍隊の進撃を威風堂々たるものにし、敵を威圧する。
「かかれーっ!」
「「おおおおぉぉぉぉおおぉぉぉ!」」
馬上ガイウスが三叉槍を振るうと、軍団兵たちが城壁に殺到する。
「恐れることはない。敵は、槍や剣しかない。魔導士隊は、魔法陣展開。銃兵は、銃を構えよ」
老指揮官の号令で、魔導兵たちは、魔法陣を展開し、兵士たちはぎこちなく銃を構える。
この銃は、魔力を込めて、鉛の弾丸を発射する仕組みで、複雑な魔法を扱えない兵士でも、火力が出るとあって爆発的に普及したものだ。古代帝国時代では、珍しい兵器で、ガイウスたちは見たこともない。
「まだだ。ぎりぎりまで引き寄せろ」
兵たちは、銃の引き金に指をかける。魔法陣には、魔力が臨界点まで充填された。
地面を蹴る足音と、鎧のすれる音、そして、敵の雄叫びが聞こえる。敵は、すぐそこまで迫っている。
守備兵の首筋に汗が滴る。
「放て!」
守備隊の銃弾と魔弾が一斉に飛ぶ。
まず銃弾が雨のように降り注ぐ。だが、軍団兵はたとえ、腕や胸を貫かれようとも、足を止めない。マギアマキナはたとえ、腕が斬り飛ばされても戦い続ける不屈の兵士だ。
遅れて、炎弾や氷弾、雷撃が、軍団兵を襲う。
「ぐおおおおお!」
ガイウスは、巨槍ネプチューンを振いながら魔法陣を展開、次の瞬間には、魔法陣からおびただしい水があふれ出し、まるでのたうち回る大蛇のごとき激流となって、空中に乱舞し、魔法攻撃を無力化していく。
そのまま激流は、城壁の上にいた魔導兵と銃兵に直撃し、洗い流す。
「城壁を奪い返せ!」
ガイウスは怒号する。
先頭の軍団兵たちは二人一組になると、手を組んで、足場を作る。続く軍団兵たちは、その足場に飛び乗り、足場となった軍団兵は、後から来た軍団兵を城壁まで飛ばす。
統率の取れた軍団兵は、およそ人の膂力ではできない離れ業を、言葉を交わさずに息を合わせてやってのけた。
軍団兵たちは城壁の上に飛び上がると、守備兵たちを斬りまくった。
古代帝国製の堅牢で高い城壁の上で、ここまでは来ないだろうと安堵していた守備兵たちは、恐慌状態に陥った。ほとんどの兵が戦意を喪失し、我先にと逃げ出し、勇気ある者はその場で散った。
「馬鹿な。全員、高度な魔法が使えるというのか」
敗軍の将となった老指揮官は膝から崩れ落ちた。
普通、身体強化の魔法が使うにはそれ相応の訓練を要する。魔物と戦う冒険者や専業の傭兵ならば常識的に使えるが、軍隊の一兵士が容易に使えるものではない。
だが、軍団兵たちは人間ではなく、魔導機械だ。尋常ではない。
ガイウスたちの奮戦によって城壁は陥落。正門が開かれ、ガイウスたちは、気勢そのままにディエルナに侵入した。




