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第20話 一角亭

「つい数日前まで、この町に居たのになんだか久しぶりな感じがするね」

「そうかしら、別になんとも思わないけど」

「もっと、情緒があってもいいと思うけどな~」


 ルチアにとっては、転々としてきた拠点の一つでしかないが、ティナにとっては初めて故郷以外で暮らした町だ。

 ティナがベリサリウスたちと出会ってからまだ一日も経っていない。というのに三年ぶりぐらいに故郷に訪れた時のような、郷愁をこの町に感じている。


「ここがディエルナの町だよ。なかなか賑やかなところでしょ」


 ティナは自分の町のように自慢げに紹介する。

 この町に来てから日は浅いが、ティナはすっかりなじんでいた。辺境の村で暮らしていたティナからすればディエルナは立派な都会。最初のうちは人の多さと城壁の大きさに圧倒されたものだ。


「はい。帝国時代の活気には及びませんが、いい街ですね」


 ベリサリウスたちマギアマキナは記憶に刻まれた風景と比較しながら、町を眺める。千年の時を経ても人の営みはそれほど、進歩はしていないらしい。


「昔と比べてそれほど、変わったわけではないのですね」

「そりゃそうでしょう。ディエルナの城壁も道も、古代帝国時代に作られたものを使っているんだから」


 このディエルナは古くからある町だ。古代帝国時代の遺産も随所に見ることができる。特に大陸中には張り巡らされた道路は今でも、人々の交通のかなめだ。


「服、見たい。千年後のファッションなんて刺激的じゃない?」


 元踊り子のルーナは、舞台に立っていただけあって待ちゆく人の服装に興味があるようだ。

 古代エルトリア崩壊から千年が経ち、技術的には後退したが、文化、芸術は独自の道を歩み、多様化している。ルーナの好奇心を満たすには十分すぎる。


「それにしても妙に注目されていませんか?」

「ティナも大概だったけど、あんたたちも目立つからね」


 ルチアはこの町に来たばかりのころを思い出す。

 黄金の髪に黄金の瞳。ティナの美しい姿は目を引いた。

 ティナは誰にでも優しく、身分も容姿も鼻にかけない性格ゆえに、多くのディエルナの民に慕われている。追跡者から身を隠すために、本来ならもっと息をひそめているべきなのだが、ティナは知らぬ間に町の有名人になってしまっている。

 そのティナが、同じように容姿端麗で珍しい髪や目の色をしているマギアマキナたちを引き連れている。目立たないという方が無理だろう。

 マギアマキナたちの造形美に心血を注いだ職人たちの技術と努力は称賛されるべきものではあるが、実用面から見れば問題だ。

 ベリサリウスのような先頭に立って指揮をとるような軍団兵ならばその容姿は、人間の兵士の戦意を高揚させるかもしれない。だが、エルのように人目を忍んで活動すべき密偵専門の軍団兵も同じ有様である。


「そうでしょうか」


 ベリサリウスたちは自分たちが目立っていることには気づいていない。

 マギアマキナが町中を闊歩していた時代には、誰も気にしてはいなかったのだから当然だ。


「それでこれからどうするの?」

「まずは宿に行こうよ。僕たちの荷物を引き払って部屋を開けないと。それからみんなに町を案内して、ヘレナちゃんと市場に行って……」

「まったく、観光に来たわけじゃないのよ」

「ごめん、ごめん。そうだったね」


 ティナはこの町に越してきてからは盗賊家業一辺倒で、この町を見て回っていない。宿とギルドそして遺跡の往復だ。日々を生き抜いていくのに精いっぱいで余裕がなかった。

 まだ行ったことがない名所に行く大義名分を得て、ディエルナはティナにとっては立派な観光都市に変貌している。


「あとギルドで、お世話になった、みんなにお礼を言わないと」

「ずいぶんと律儀ね。私たちみたいな底辺冒険者がいなくっても誰も気にしないでしょうに」

「でも、ミリナさんとかいろんな人に、あいさつしないとでしょ」

「まあ、ミリナぐらいになら、してやってもいいけど」

「よし、じゃあ、まずは宿から行こう!」


 ルチアは「まっ、いっか」といつになく元気なティナについていくことにした。軍団兵たちは言わずもがなだ。


 一角亭。洒落た一角馬がトレードマークの宿屋だ。名前とは裏腹に町の少し外れの方にあり、相当年季が入ったボロ宿だ。

 その分、値段が安いので、ティナやルチアのような金のない駆け出し冒険者には人気だ。


「ブルネラさん、マリアちゃん。ただいま」


 ティナが扉を開け、挨拶する。


「おや、ティナちゃんに盗賊娘じゃないか。おかえりなさい」

「おかえり!」


 宿屋の女将ブルネラと小さな看板娘マリアが、二人を出迎える。

 女将は、元は腕利きの冒険者で、後輩のためにこの宿を経営している良心的な人物だ。マリアを生んで引退したが、その腕は衰えていない。

 体はよく鍛えられていて、若々しい器量よしの美人だ。


「今回の仕事はうまくいったのかい?」

「そりゃもうね」


 ルチアは後から続いてぞろぞろと入ってきた一団を見る。この狭い宿屋の受付には入りきらないほどの人数だ。


「あら別嬪さんにいい男。はは。こりゃずいぶんな収穫じゃないか。遺跡にでも転がっていたのかい」 


 ブルネラは豪快に笑う。「にぎやかだね」とマリアもうれしそうだ。


「あんたたち、何者なんだい?」


 ブルネラは笑っているが、目つきは鋭い。突如、ティナが連れてきたきらびやかな衣装の集団。怪しい奴らなのではないかとブルネラは勘ぐった。


「私たちは、ティナ様の臣下にございます」


 ベリサリウスは女将の疑いを意に介さず、馬鹿正直に一礼する。ティナは慌てて、


「実は、みんな私の家の従者なの」


 と弁解する。


「ティナちゃんがどこぞの貴族様だとは聞いていたけど、大貴族

様だったんだね。さすがに全員は泊められないよ」

「うん。ブルネラさん。だから僕たち、ディエルナを出ることにしたんだ」

「そうかいそうかい。そりゃめでたいねえ。あんたらみたいな出来のいい子は、すぐにもこの宿を出て行って後輩に譲ってやんな」


 ブルネラは、ティナとルチアの肩をバシバシと叩く。

 一文無しのティナはさんざんこの宿屋には迷惑をかけた。ティナにとってブルネラはディエルナでの母親ともいえる人物だ。感謝してもしきれない。

 ベリサリウスたちも道中その話を聞いていたから、ブルネラには恩義を感じている。


「こちらは我々からのお礼です」


 ベリサリウスは金貨が詰まった小袋を取り出す。ティナの滞納分を考えても多すぎるくらいだ。


「いらないよ。ティナちゃんは苦労したんだ。ティナちゃんのために使ってやんな。あんたたちも、何かと入用だろう」


 ブルネラはティナが没落していることは聞いていた。

 長年、冒険者家業で食いつないできただけあって、人物眼はある。ベリサリウスたちがティナの家臣というのはうそではないらしい。それも、どうやら信頼できる忠臣だ。

 全員食っていくのは大変だろうとブルネラなりに気を使った。

 ついにベリサリウスたちも折れて、なんとかツケだけは支払い、再三再四、礼を言った。


「ティナちゃんを泣かせたら、私が承知しないよ」

「「はっ」」


 ベリサリウスたちはエルトリア式の敬礼で感謝の意を示す。


「ちょっと私は?」


 さっきからティナのことばかりで、ルチアの話が一遍も出てきていない。


「繊細で可憐なティナちゃんと違って、お前みたいな、はねっ返りの盗賊娘は心配する必要もないだろう」

「同じ客なのに不平等よ!」

「あんたが店のもんちょろまかしているのは知ってるんだよ」

「ぐ、ばれてたか……なによ。埃かぶってたから、有効活用しただけでしょ」


 ルチアとブルネラは口げんかが絶えないが、その実、ブルネラはルチアのことをよく評価している。が、年の割に小生意気な若い冒険者とはいつもこの調子である。

 ブルネラは、若い冒険者の中で唯一行儀のよいティナだけは、猫かわいがりしていた。


「おかしな連中だが、悪い人間じゃなさそうだ。安心したよ」

「ブルネラさん。いままでありがとう」

「私も一応、礼を言っておくわ」


 ティナとルチアも感謝を告げる。


「二人ともいっちゃうの? 今度はいつ戻ってくる?」


 目に涙をためたマリアがティナとルチアを見上げる。二人はマリアのことを妹のようにかわいがり、マリアも二人によくなついていた。


「ごめんね。もっと遊んであげたかったけど、少し遠くに行かなくちゃならないんだ」


 ティナは優しくマリアの頭をなでる。


「こら、マリア。別れの時は笑顔だよ」

「う、うん。ひぐっ。えへへ」


 ブルネラに言われ、今にも泣きそうなマリアは笑顔を作る。


「大丈夫。しばらくしたらまた会いに来るよ」


 ティナは指でマリアの涙をぬぐってあげた。


「二人ともがんばるんだよ」


 ティナたちは宿に置きっぱなしだった荷物をまとめるとブルネラとマリアに別れを告げた。


「ふーん。なかなか、いい人じゃん」


 ルーナが言う。


「ああ、そうだな。この時代の人間は捨てたものではない」


 腕組みしたウルはゆっくりとうなずく。


「私も感動したよっ」


 ヘレナは満面の笑みを浮かべる。

 彼女たちマギアマキナの記憶の中に残っている人間といえば、自分勝手で怠惰。もちろん好人物もいたが、大体はそんなイメージだ。しかし、この時代の人々は、マギアマキナを失った代わりに、この時代の人々は、帝国時代には失われていた、たくましさや愛情を取り戻している。


「これもティナ様の人徳のなせる業。やはりティナ様には皇帝としての素質がある」


 ベリサリウスは、ティナへの尊崇の念を新たにした。

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