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第18話 黒き軍師の憂い

(このお方は、皇帝になるには、お優しすぎる)

 

 民の幸せのために皇帝がいる。なるほど、道理である。

 たとえ、能力がなくとも。ただこの一点をわきまえているだけで、皇帝の素質があるといっても過言ではない。

 ゆえにティナは皇帝にふさわしい。

 しかし、この不条理な世界にあって、道理を通すには、武力が必要だ。

 かつての帝国を復活させ、ティナが名実ともに皇帝になる道が険しいことは必定。当然、多くの血が流れることになる。かつて、ついぞ血を流さずに回天を成し遂げた英雄はいない。

 たとえティナがどんなに非暴力を訴えても、敵は向こうからやってくる。

 愚かな人間というものは、変化を嫌い、現状に固執する。

 ティナにはそんな愚かな人間も許してしまう包容力がある。だが、敵はその優しさに漬け込むだろう。

 そんな敵と戦わなくてはならなくなった時覚悟ができるのか、それがベリサリウスにとっての大きな不安だ。


「そうだ。なら新しく国を作ろうよ。小さくてもいいから、争いのない平和な国を。どこか誰もいない場所で」

「新しい国、でございますか」

 

 ベリサリウスは考え込む。


「私は賛成だよっ」

「ティナ様がそれでいいなら、いいんじゃない」


 ヘレナとルーナは肯定的だ。


「それがティナ様の願いなら付き従うまで」

「このガイウス、感動いたしましたぞ。まさに皇帝の器。ティナ様の御心を知れば自然、民もついてくるに違いない」


 強硬派だったウルとガイウスも従う。

 もともと、皇帝の軍隊である最後の軍団は、マギアマキナたちは意見具申することはあっても、決定することはない。最終的にはティナの判断が絶対だ。


「ティナ様の仰せのままに」


 ベリサリウスは敬礼する。それに続いて、マギアマキナたちは一斉に敬礼した。


「よろしい」

 

 ティナは、大輪の花のようの笑顔を咲かせた。


「では、ディエルナで、当分の資材を確保してから出発といたしましょう」

「あ、僕も行きたい ギルドやお世話になった人に挨拶しなきゃだし」

「危険すぎます。御身になにかあったら」


 過保護なベリサリウスは止める。


「大丈夫よ。慣れた町だし。誰も襲ってきたりなんかしないわ。私もいるし」


 ルチアが言う。


「では、私と軍団兵が護衛を」


 ベリサリウスは深々と頭を下げる。


「それなら、私もティナ様についていきたい」

 

 ルーナが一番に手をあげる。


「む。そこは親衛隊である私の役目だろう」


 ウルが顔をしかめて抗議する。


「私も食材を買い出しに行きたいよっ」


 ヘレナもぴょんぴょんと跳ねながら手をあげる。


「そっか、みんな千年ぶりの外だもんね。よし、みんなで行こう!」

 

 ティナがこぶしを突き上げるとマギアマキナたちは沸く。あれよあれよという間に同行者が増えていく。


「こんな大所帯で大丈夫かしら……」


 ルチアはのんきなティナに一抹の不安を覚える。

 何の前触れもなしに、ティナがマギアマキナを率いて来れば、ディエルナの守備隊は警戒するだろう。ティナは考えもしないだろうが、マギアマキナたちは、守備隊が攻撃してくれば、しめたと占領の口実にしてしまうかもしれない。

 ティナの本意とはかけ離れたことだ。

 ルチアの心配をよそに、ティナは、ルーナやウルを引き連れ、新しい生活へとむけて、意気揚々と支度へと向かった。


「よかったの? 本当は今日にでもディエルナを落とす気だったんでしょ?」

 

 ルチアが言う。

 戦を起こす気がなければ、わざわざ目立つ黄金の巨大魔導戦艦クラッシス・アウレアを地中から空に浮かび上がらせたりはしないだろう。

 ベリサリウスたちは軍団兵を乗せたこの巨艦でディエルナを一挙に制圧するつもりだったに違いない。

 ディエルナ程度の中規模都市なら現有戦力でも十分制圧可能だ。

 

「見抜いておいででしたか」


 入念な準備をするにも、拠点が欲しい。ベリサリウスたちとしては、ディエルナ程度は制圧したかった。そこを足掛かりにクラッシス・アウレアの整備と軍備拡張をやってしまうためだ。


「ですが、よいのです。それがティナ様の願いならば。それよりもあなたはいいのですか?」

「そりゃあ、私としてはティナには、大帝国の皇帝様にでもなってもらった方が、おいしい思いができただろうけど。欲をかいてはすべてを失うからね」

「盗賊の心得ですか」

「そういうこと」


 スラム街出身のルチアは金への執着心が異常なほどに強い。

 金のために今まで危険な盗賊家業をやってきた。その日を生きていくのも精いっぱいだった幼少期の反動からとにかく欲深いが、ティナの純真さにすっかり毒気を抜かれてしまった。

 それにティナやマギアマキナとこの黄金の船で暮らしていくのも悪くない。


「逆に聞くけど、あんたたちはうまくいくと思ってるわけ?」

「難しいでしょう。ティナ様の故郷を襲った不埒ものはまだ、あきらめてはいないでしょう。いきなり、村を焼き、民を皆殺しにするような連中ですから、いくら平和を訴えたところで話が通じる相手とも思えません」

 

 ベリサリウスは難しい顔をする。

 この稀代の策謀家をもってしても、武力を用いずに敵を屈服せしめることは至難の技だ。

 

「しかし、それでも、ティナ様の願いをかなえるのが我らの役目。それに、このクラッシス・アウレアさえあれば、容易に手出しはできません」

 

 クラッシス・アウレアは、大きく損壊しているとはいえ、島ほどのサイズがある超巨大魔導艦だ。この時代の戦力で落とすのは容易ではない。

 生産設備を回復させ、自給自足できるようになれば、空飛ぶ都市として、誰からも襲われることなくやっていけるだろう。


「うまくいくといいけど」


 ルチアは食堂の窓から、ディエルナの方角を見た。

 胸騒ぎがする。滅多に当たらないが、当たると特にひどい目に合う。そしてその嫌な予感はベリサリウスも感じていた。

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