第12話 疑念
「あ、最後に一ついいですか」
ベリサリウスが、軍団長たちを呼び止める。
立ち上がっていた軍団長たちが、ベリサリウスに注目する。
「ルチア様のことです」
その一言で、軍団長たちは、その意味を悟る。
多かれ少なかれ、全員が懸念していたことだ。
古代エルトリアの系譜にある者たちとまったく関係のないイレギュラーな存在。
それでいて、ティナから信頼は最も厚い。
だが、ルチアがベリサリウスたちのことを知らないように、ベリサリウスたちもまたルチアのことを測りかねている。
「……ティナ様の友達でしょ。疑ったりしていいわけ?」
ルーナは眉をひそめる。
「それはわかっています。しかし……」
ベリサリウスはルチアがティナにとってかけがえのない存在であることを重々承知していた。それでも、軍団兵が忠誠を誓うのは皇帝であるティナだけ。素性のしれないルチアをおいそれと信じることはできない。
「……わかってるよ。ちゃんと見とく」
エルは、怠惰のように見えて密偵型であるためか人物眼は鋭い。
ティアとルチアは互いに信頼しあう絆がある。それは重々承知したうえで、ルチアを疑っている。
「エルまでルチアのことを疑うの?」
「私、人間に興味ないんだ。帝国がどうなろうと皇帝がどうなろうと知ったことじゃない」
エルはルーナを馬鹿にしたような目で見る。
「あんた!」
ルーナは思わず、エルの胸ぐらをつかむ。
人間の役に立つことはマギアマキナの存在理由。それを否定されたことが許せない。
「私は人間に感謝されたことなんて一度もない。舞台の上で輝いていたやつにはわからないだろうけど」
エルはキッとルーナを睨む。あまりにも冷え切った暗い視線にルーナはたじろぎ手を放してしまう。
「まあ、これも仕事だからね。やることはやるよ」
エルはつかまれた場所を軽く払うと魔法陣を展開して、ひらひらと手を振って、姿を消してしまった。
「もーなんなのあいつ!」
ルーナは歯を食いしばって悔しがる。
「帝国の裏社会で活躍した伝説的なアンドロイド。後に捕縛されて軍事用に改修され、最後の軍団に配属された」
ずっと黙っていたウルが説明する。
「それって……」
「ああ、エルだ。エルは非合法なことは何でもやっていた。密輸に人さらい、暗殺。人でなければ考えつかないような悪事をやらされていたようだ」
ウルが続ける。
「元は、軍が開発していたマギアマキナだった。しかし、強奪され、無理矢理、悪事を働かされていた。捕縛に成功した時、彼女には名前もついていなかった」
「かわいそう……かわいそうだよっ」
ヘレナは自分のことのように涙を流す。
そんな彼女は、踊り子だったルーナや料理人であるヘレナのように人から感謝されたりもてはやされたりしたことがない。それどころか、無理矢理、悪事をする羽目になった。人間に恨みを抱いて当然だ。
「ずいぶんと詳しいのね」
ルーナは疑問に思う。軍団長はみんな、あまり面識はない。集められた後、すぐに休眠状態で地下に封印されたからだ。ルーナもほかのマギアマキナの素性に関しては、あまり多くの情報を与えられていない。
「エルを捕縛したのは、私だ。誰よりも詳しい」
性能の高かったエルへの対策として当時、最新鋭だったウルが投入された。
結局、エルの捕縛には成功した。助命嘆願したのもまたウルだった。エルの能力を惜しんだこともあるが、同じマギアマキナとして同情したのだ。
当時、帝国軍にいたガイウスもまた、そのことは知っていた。だからこそ、ティナへの忠誠心が人一倍高いこの男でも、激高するようなことはしなかった。
「ティナ様ならエルすらも使いこなす皇帝になる。私はそう信じている」
そういうとウルは颯爽と去って行ってしまう。
「ルチアのことは私も面倒みる。文句ないでしょ」
ルーナは少し不満げに、食堂を後にした。
ほかの軍団長も各自の持ち場へと帰って行った。
(最後の軍団ですら一枚岩ではない)
ベリサリウスは、前途多難な船出に頭を痛める。
確かに帝国全土から集められたマギアマキナたちは、みな優秀だ。しかし、それは個々人の能力であって集団としての力はいまだ未知数。帝国全土から集められたというのは、悪く言えば、ただの寄せ集めなのである。軍隊として機能しなければ、烏合の衆だ。
存亡の危機にあった帝国ができた精一杯ということもあるが、逆に考えれば、ベリサリウスはむしろいい機会だと思っている。
(ティナ様の皇帝としての器が試される)
ティナは皇帝になる気はさらさらないようだが、過去に取り残されたベリサリウスたちを見捨てはしないだろう。ティナはクラッシス・アウレアと最後の軍団のかじ取りをしていくことになる。
クラッシス・アウレアはまともに動かず、マギアマキナたちは、帝国再興という漠然とした目的があるだけで、まとまりに欠け、中には反抗的なモノもいる。それをうまくまとめられるか。ティナの器量が試される。
「だが、ティナ様ならば……」
すでに外では太陽が顔を出し始めていた。