第11話 魔導機械たちの会議
食事を終えたころにはすっかり深夜になっていた。ティナとルチアの空元気も限界だ。
「もう、食べられないよ~」
「ダメよ。ティナ、ちゃんと交代で見張りをしないと~」
寝ぼけたルチアがふらふらとティナをこづく。
目をかろうじて開けてはいるが、夢うつつで、半分眠っているような状態だ。
それもそのはず、ティナは地中深くに埋まっていた巨大魔導戦艦クラッシス・アウレアの封印を解き、眠っていた古代帝国の人形たちを呼び起こし、さらには自分が皇帝の血筋だと初めて知って祭り上げられた。今後どうするのか山ほど考えなければならないが、ティナの体力も精神ももう限界だ。
いつも警戒心が強く用心深いルチアですら、疲弊し、豪華な食事でほだされてからは、力が抜けてしまっている。
「ティナ様を寝室へお連れしなさい。ご友人は客室に」
ウルが、メイド服姿の軍団兵に指示を出す。
彼女らは皇帝の侍従兼護衛として作られたマギアマキナである。第一軍団、親衛隊の所属でウルの指揮下にある。
ひとりひとりが、絶世の美女だ。フリル付きの高級感あふれるメイド服に身を包んでいるが、皇帝の護衛を担う近衛兵というだけあって戦闘能力も抜群である。
メイドたちは細い腕で軽々とティナとルチアを抱き上げ、寝室へと向かった。
二人を起こさないよう慎重に服を脱がせると、湿らせた布で丁寧に汚れをぬぐいとる。
きれいになったところで、魔導艦に残っていた使用者に合わせて、大きさが変わる魔法のネグリジェに着替えさせ、ベッドの上に寝かせる。
「美しい。まるで天使のよう。ゆっくりとお休みくださいませ」
ウルとメイドたちはその寝顔に見とれる。
民間出身のマギアマキナたちとは違い親衛隊となるべく作り出された彼女たちにとってティナは絶対的な主人であり、崇拝の対象ですらある。
ウルたちに見守られながら、ティナはふかふかのベッドに抱かれて深い眠りに落ちた。
睡眠を必要としないマギアマキナの軍団兵たちの夜は続く。
士官クラスの軍団兵たちは今後の計画についてより詳細に協議すべく再び食堂に集まっていた。
十二の神々の神器を与えられたベリサリウスたち軍団長をはじめ、千人隊長、百人隊長と言った下士官、特別な権限を持つ親衛隊のマギアマキナたちがそうだ。
合わせて二十名ほどがこの場にいる。
「歩兵がたったの三百。これではまともに戦えぬではないか」
ガイウスは行き場のじれったさを拳に乗せてテーブルをたたきつける。
「……うるさいな。今は戦うよりも情報収集の方が先決でしょ」
だらしなく椅子にもたれかかったエルが言う。
「否。かくなる上は全兵力をもって、打って出るべきだ。ティナ様を弑し奉らんとした賊を討つ」
マギアマキナの軍団兵たちのポテンシャルは高い。たとえ補給兵や偵察兵でも武器を持てば、人間の雑兵相手ならば、容易に戦える。
エルはため息をつく。
「右も左もわからないのにどこをどう攻めるっていうのさ」
「片端から征服すればいい。そうすれば、いずれ、賊を討つことができるだろう」
ウルも強硬に主張する。
「ティナ様をあんな目に合わせるなんてありえないし。すぐにでも引きずり出してやりたい! それともエルは、そいつらを許せるってわけ?」
ティナのそばにいることができなかった悔しさにルーナは地団太を踏む。
ルーナはウルとガイウスのように帝国軍製ではないが、人情味あふれるマギアマキナで、すっかりティナやルチアと仲良くなっている。皇帝と臣下というよりは、親友に近い感情を抱いている。
「ベリサリウスもなんとかいってよ」
エルは、強硬派三人の勢いに押される。
「ガイウス、ウル、ルーナ。あなたたちのティナ様の思う気持ちはわかります。それは私たちも同じです。しかし、ティナ様がおっしゃったように、まずは入念な準備をするべきでしょう」
ベリサリウスは諭すように説明する。ルーナは納得いかないようだが、
ティナの言葉を持ち出せば、ウルとガイウスは黙るしかない。
「ティナ様の話によれば、御一族は森の奥深くに隠れるように暮らしていた。普通ならば、わざわざ襲う必要はないはず」
「もしかして、敵はティナ様のことを知っていた?」
ウルは冷静さを取り戻し、洞察する。
「おそらくその可能性が高いでしょう」
「ティナ様をエルトリア皇帝の血族と知っての所業、なおさら、許せん!」
ガイウスの怒りは収まらない。
「相手はティナ様が、皇帝の末裔だと知ったうえで襲ったんでしょ。何か目的があるのかも?」
ルーナが言う。
「ともあれ、この時代を生きている相手の方が情報も準備も一枚上手、敵は我々最後の軍団の存在を知っている可能性もあります。慎重に準備すべきでしょう」
ベリサリウスの説得にようやく、ガイウスとウル、ルーナも落ち着く。
「……軽々に動くべきでないというのには賛成だな。我らの状態はあまりにもひどい」
ファビウスが静かに言う。
この巨大魔導戦艦クラッシス・アウレアは、ようやく千年の眠りから目覚めたが、ボロボロだ。
元々、すぐに使えるはずだったマギアマキナが一万体積まれていた。しかし、千年の時を経て再起動できたのは、たった千体。
本来は兵種ごとに正確に数が決まっていたが、今いるのはたまたま起動できたものだけ。偏りがある。
これではとても船の整備に手が足らない。
「……資金もありません」
ベリサリウスは計算した残りの資金を書き記したパピルス――古代に広く使われていた紙――を見せる。
宝物庫にあったわずかばかりの金銀を売れば、それなりの資産ができる。しかし、軍隊とは金食い虫だ。今は千の兵しかいない小規模な軍団だが、船の修理や軍備拡張を考えるとそれでも、かなり少ない。
さらにはティナが治めるべき国も民もなく、当然税収もないために収入源もない。減っていく一方だ。
どんよりとした空気が流れる中、寡黙な軍団長ファビウスが口を開く。
「時間もない。わしらを動かす魔結晶。全力で動けるのは半年かもって一年かと言ったところだ」
それまで何らかの方法で魔結晶を相当数供給する手段を確立しなければ、動力源を失いベリサリウスたちは活動を停止してしまう。
「ごはんもないよっ。森で獲物は捕まえられるけど、ティナ様にはもっといいものを食べてほしいっ。市場があるなら買い物に行きたいよっ」
ヘレナが訴える。
皇帝の胃袋と健康を守るヘレナにとっては切実な問題だ。人に料理をふるまい、笑顔を見ることがヘレナの喜びであり、任務だ。いつまでも原始人じみた狩猟生活は続けられない。
「やはり、町に行く必要がありそうですね」
とにもかくにも情報不足。まずは人の集まる街に行って持てる資金を躊躇なく注ぎ込み資材や食料、情報を集める必要がある。
「幸い動力源は生きとる。明日の朝までに、浮かせるぐらいにはやってみよう」
ファビウスは立派な髭をなでる。
「明日は、近隣の町に行くとして、様子を見て、いっそのこと制圧してしまいましょうか」
「あまり目立つ行動は避けたほうがいいのではないか」
ファビウスはクラッシス・アウレアが、無防備な状態で敵の前にさらけ出されてしまうことを危惧している。
「復旧作業をするとなると人数が動きますから、いつまでも隠し通せるものでもないでしょう。むしろクラッシス・アウレアがある程度復旧するまでは、足掛かりとなる拠点を獲得し、ティナ様にそこにご動座願った方が防衛しやすい」
理知的なベリサリウスにしては大胆な作戦だが、現有戦力でも、小さな町一つ落とす程度なら造作もないだろう。
参謀でもあるベリサリウスがそうと決めれば、他のマギアマキナたちに反対意見はない。
「いずれにせよ。クラッシス・アウレアの復旧は第一優先です。明日は復旧を進めつつ、町に出向き、情報と物資を集めましょう」
「「はっ」」
軍団兵たちは敬礼すると各々の持ち場に戻っていった。




