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第10話 晩餐

 ぐうとかわいげのある音が鳴った。

 ざわついていた場がしんと水を打ったようになり、音のなった方に全員が注目した。

 ティナが顔を赤らめる。


「あはは、ごめん。おなかすいちゃった」

「ごはんにしよっ!」


 台所番ヘレナが鍋とお玉を打ち鳴らす。

 その瞬間から、全員の目的が、ティナの空腹を満たすという一点に向かった。

 ベリサリウスとウルは起きたばかりの兵士たちを指揮して食堂に走り、清掃を開始。ヘレナは麾下の兵たちを率いて、太いに肉切り包丁を手にどこかに消えてしまった。


「確かにおなか減ったわね。今朝、パンと干し肉を食べたきり、飲まず食わずだし。あれから、どのくらいたったのかしら?」

 

 食事の支度一つに大慌てのマギアマキナたちがおかしくて、ルチアも緊張がほぐれ、耐え難い空腹に襲われていることにようやく気付いた。

 遺跡もとい巨大魔導戦艦クラッシス・アウレアには入ってからどれほどの時間が経ったか、日が差し込まない地下に居てはわからない。

 

「食材もないのに、どうするつもりかしら?」


 マギアマキナの作る料理など食べたことはない。まさか変なモノでもくわされるのではないかとルチアは不安になる。


「大丈夫。ヘレナはあれでも帝国一の料理人。任せておけば大丈夫っしょ。私も初めて食べるけど、チョーうまいらしいし」


 ルーナはルチアの肩を叩いた。  

 

 ヘレナは兵を率いて、地上に飛び出し、森に出ていた。

 外は闇に支配されている。木々がうっそうと茂る森は、一寸先が見えない程にくらい。

 ヘレナたちは、一糸乱れぬ動きで足音も立てずに森林に広がっていく。

 瞬く間に野ブタやシカを発見するとヘレナは夜の闇に眼をらんと輝かせる。そして、敵を警戒しながら眠る草食動物たちにそっと近づいて、腰に下げていた巨大な包丁を抜き、動物たちの首筋を斬りつけた。

 哀れな草食動物たちは、絶対的な捕食者の前に断末魔の叫びをあげることもなく絶命した。仲間が狩られたことも知らずに眠りこけるブタやシカも数分で同じ運命をたどった。


「ふう。いっぱいとれたねっ。帰ろっかっ」


 ヘレナは一仕事を終えたと、満足そうな表情で、額にべっとりとついた血をぬぐった。

 クラッシス・アウレアから出て行って、わずかな間に、大量の獲物と森に自生していた香草を両腕いっぱいに抱えてヘレナたちは帰ってきた。

 すでに埃をかぶっていた薄暗い食堂は、金の装飾を凝らした巨大な白亜の食堂へと様変わりしていた。

 外できれいに解体してきたブタやシカを手に、調理場に転がり込むと、埃をかぶった調理場を何とか使えるようにして調理を始める。

 現地調達の材料だけで、肉の香草焼きをこしらえた。

 宝物庫から埃をかぶったまだ使えそうな白塗りの磁器を引っ張り出してくるとその上に料理を巧みに盛りつける。

 

「はい、おまちどーさまっ。森のお肉のヘレナスペシャル焼きだよっ」

 

 肉の乗った大皿をヘレナがテーブルの真ん中に置く。

 香ばしい香りが辺りに充満する。


「これは予想以上ね」

 

 ほんの一時間程度の間に何もないところから、豪華な料理ができた。ルチアはマギアマキナたちの実力に驚嘆した。

 ただの木偶人形ではない。千年で見知らぬ場所へと変わった森で瞬く間に獲物を捕らえ、迅速に調理して見せた。

 その腕前と連携、そして徹底的な規律。大陸にあるどの騎士団や冒険者よりも優秀だろう。この軍団兵たちならば、あっと言う間に料理してしまうに違いない。

 ルチアの心ににわかな野望が芽生えた。本当に国を興せるかもしれないと。

 ルチアはスラムの家族を養うために、死と隣り合わせの冒険者となり、盗賊と呼ばれてもそれを誇りとしてめげずに、稼いでいた。考古学的な知識も好きで学んだわけじゃない。生きていくうえで何よりも大事だと思っている金を稼ぐために覚えただけだ。


「大貴族様にでもしてもらおうかしら」

 

 このままベリサリウスや軍団兵たちとティナを祭り上げて皇帝にして国を興せば、ルチアはそれなりの地位におさまることができるだろう。ルチアは半分冗談、半分本気でそんなことを考えている。

  

 長大なテーブルに続々と料理が運ばれてくる。


「申し訳ありません。ティナ様。今は水しかご用意できず」


 軍団兵が、グラスに魔法で冷やした水を注ぐ。

 広いテーブルの中央の席にちょこんと座ったこの場には分不相応に思える小汚い盗賊娘たちは緊張気味だ。

 久しぶりの豪華な食事にティナとルチアは唾をのむ。


「いい匂い。おいしそう」


 特にティナは、最近めっきりろくなものを食べていない。小領主ながらも貴族だったので食に困ったことはなかったが、盗賊となってからは、今まで食べたことのないような貧相な食事ばかりだった。


「ごめんなさいっ。今はこれが精いっぱいだよっ」


 食材の不足から納得がいく料理が用意できなかったとヘレナたち調理担当の軍団兵は悔しがるが、毎日のようにしけたパンと固い干し肉で食いつないでいたティナとルチアからすれば、香しい匂いだけで天に上るような思いだ。


「ごゆっくりとお召し上がりくださいませ」


 配膳がかかりの軍団兵が一礼して下がる。


「「いただきます」」


 ティナとルチアは待っていましたと言わんばかりにナイフとフォークを両手にこんがり焼かれた肉に飛びつく。


「うーん、おいしい」


 ルチアはあまりのおいしさに頬に手を当て恍惚な表情を浮かべる。

 冒険の途中、ティナとルチアも森で野ウサギなどを捕まえて食べることはあるが、それとはまるで違う。絶妙な火加減と隠し包丁で肉は柔らかく焼け、香草と一緒に焼いたことで野生動物特有の臭みは見事に消えている。


「あら。ティナ。どうしたの」


 ルチアはティナの感想を聞こうと振り向くとティナはごちそうを目の前にしてフォークを置いていた。


「僕、食べないよ」


 ティナの警護役として食堂で整列するベリサリウスたち三百名の軍団兵たちは凍り付く。ティナの口に合わなかったのかもしれない。

 調理担当の軍団兵たちはありもしない心臓が、ビクンと跳ねたのを感じた。

 ヘレナなどは自分の不手際を悔い、自分の愚かさを恥じ、何とか立ちながらも、その大きな瞳いっぱいに冷却用の水、涙をためている。


「なんれ、こんなにおいひいのに」


 口にあふれ出さんばかりに肉を詰め込んだルチアが問う。


「どうして、みんな、そんなところに立っているの?」


 ティナがかつてない鋭い目つきで、整列しているベリサリウスたちをにらむ。

 ティナの逆鱗に触れても仕方がない。千年眠っている間に、皇帝が満足できるような食事を整えることすらおぼつかなくなってしまったのは自分たちの責任だ。そうマギアマキナは考える。


「いえ……」


 ベリサリウスは、二の句が出てこない。普段の朗らかとしたティナからは考えられない鋭い黄金の眼光に圧倒されている。


「みんなをここに呼んできて」

 

 ティナの声が食堂を貫き、軍団兵の一人がすぐに飛び出した。

 船の修復作業に取り掛かっていたファビウスと工兵たち、それに情報収集の算段を立てていたエルと偵察兵たちを呼び出すためだ。

 即座にすっ飛んできたファビウスたちもベリサリウスたちの列に加わる。

 いつも目をとろんとさせているエルも今ばかりは場の緊張を感じ取り、目をぱっちりと開けている。


「よし。じゃあ、みんなで食べようよ。ルチア。取り分けるの手伝ってくれる?」

 

 ティナは朗らかな表情に戻る。

 言葉の意味が理解できずに、マギアマキナたちは一瞬フリーズする。

 ベリサリウスは、やっとの思いで、再び息を吐く。


「なっ。し、しかし、我々がティナ様と食事を共にするというわけには……」


 古代帝国のみならず、現在、存在するどの国家でも王自ら、下級の兵士も一緒になって食事を摂ることはない。

 ましてや、マギアマキナといえば、帝国時代はただの道具にすぎず、人間と一緒に食事をとるなどありえないことだ。


「僕とルチアだけじゃ、こんなに食べられないし、みんなで食べたほうがおいしいよ。そんなに悲しいこと言わないで、僕たち家族みたいなものでしょ」


 家族を失ったティナにとっては、マギアマキナたちは新しい家族も同然。そんな風にティナは感じている。


「いえ、しかし……」

「これは勅令である」


 ティナは、すっくと立ち上がり、手を振って命じてみせる。

 その瞬間、その場にいた軍団兵、全員がひれ伏した。


「「はっ!」」

「あはは、みんな、大げさなんだから。ほら、せっかくのおいしい料理が冷めちゃうよ」


 ティナははじけるよう笑った。


「マギアマキナって普通に食事できるのね」


 ルチアは、そもそも機械人形であるベリサリウスたちが、食事をすることに違和感を覚えるが、ティナは鼻から人間だと思っているからそんな考えも浮かばない。

 言われるがままに軍団兵たちはてきぱきと小皿を手に料理を取り分けた。


「ありがとうっ。ティナ様」


 ヘレナは大粒の涙を流した後でカラッと笑顔になった。

 軍団兵は総勢千名。料理はティナとルチアだけが食べる分には多すぎたが、千等分すると大きな肉の塊が薄っぺらい紙になり果てた。

 心臓部にある魔結晶から魔力さえ供給されれば、彼らに食事は不要であるのだが、食べることはできる。

 人間のように味覚は敏感ではないが、一口分をほおばっただけで、千年分の飢えと渇きが癒されたような気がした。


(そうか。ティナ様は我々を人間のように思ってくださる)


 ベリサリウスたちにとっては人形として物として扱われることが当然であった。

 だが、ティナは軍団兵たちと普通の人間と同じように接した、あまつさえ家族のようにさえ思ってくれている。

 軍団兵がとても人形には思えない精巧な作りだったというのもあるかもしれないが、だれであろうと等しく愛せる心をティナは持っている。


(ティナ様ならば、皇帝として国を導いていけるかもしれない)


 ベリサリウスは、帝国軍出身のガイウスやウルのように血統を重んじ、皇帝個人への忠誠心が高いわけではない。

 あくまでも合理的に任務である帝国の復興という大事業に見合う皇帝足りえるかどうかティナを見定めようとしていた。

 ベリサリウスは、ティナの皇帝としての才能と器。そして底知れない可能性を感じ始めていた。

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