採用試験
マイルーム。その部屋は俺のサンクチュアリであり、不可侵領域であり、勝手に入ってきてはならない場所である。俺は一応守られる立場らしいので、衛兵が部屋の外で常駐しているのだが、今日は不在だった。その代わり部屋の中に天音がいた。
「よっ、お兄ちゃん」
「よっ。じゃねぇよ。なんでいるんだよ」
「なんでって…家族だから?」
いや、疑問形で返すな。
「どうやって入ったんだ」
「ちょっとそこの衛兵さん脅してきた」
えげつない!えげつないよこの妹!
というか、衛兵さんいないなーって思ったらそういう事!?
「なんて事したんだ!謝って来なさい!」
「ん、まぁ、後でね」
こういう時、天音は実行するから大丈夫だ。これでいて天音は約束はほとんど破らない。なぜそこまで約束を守るのか聞いたことがある。
「約束は破るのも破られるのも嫌だからね。自分が守れば、相手も守らなきゃって責任感持つでしょ?大抵の場合。そういう事よ」
そういう事らしかった。
「それよりもお兄ちゃん、聞いてたわよ」
「何をだ?」
「なんでよりによって!ここに就職考えてるのよ!」
どうやらご立腹のご様子。
「いや、聞いてたなら志望動機も聞いてただろう?そういう事だよ」
「それならパン屋でも開けばいいじゃない!十分世界を支えられる仕事よ!?」
「それもそうだな」
「なら…!」
「でも、そうじゃない。この世界の人が恐れてるのは、タイルドだ。俺はこの世界の不安を、恐怖を少しでも和らげたい」
「…あぁ!もう!変なとこ頑固なんだから!お兄ちゃんは!」
「いやぁ、ごめんな?」
「謝んな!ったく…お兄ちゃんに死なれると困るから、明日の採用試験合格したら、ビシバシ特訓するからね」
「いや、天音も入社したばかりだろ?」
「ほい、実力表」
ズラーっと名前が並んでいる紙を手渡される。
「新人が入って来たり、定期的にトーナメント式で模擬戦をするの。その結果がそれよ」
天音は上から2番めに名前があった。
「なるほど、ワースト2か。良かったじゃないかビリじゃ無くて」
「お兄ちゃん、目、付いてる?」
少し目を凝らす。
「お、おい…天音…お前まさか…2位?」
「えぇ、そうよ?」
確かにそこには2位 八神天音、と書かれていた。
「…」
言葉にならなかった。
「なんか、もっとないの?頑張ったね、とか、凄いじゃないか、とか」
「凄いじゃないか天音!やっぱり天才だよお前は!」
言われてふと我に返った。
「ふふん。まぁね。それじゃ、満足したし私はこれで。自室も用意してくれたし、社長には感謝しないとねー」
天音は立ち上がり、扉に向かう。
「それじゃ、明日の採用試験、頑張りなさいよ。おやすみー」
「あぁ、頑張るよ。おやすみ」
そして俺はもう一度、実力表を見る。そう、天音を越す人が1人いるのだ。まぁ、その人物は予想外ではあったが、予想通りでもあった。
1位 紲星 紡
俺は今日、紡と歩いて感じたのだ。この子はきっと才能とか、そういうものもあるのかもしれない。いや、あるのだろう。ただ、それ以上に、社長だから、トップに立つ人間だから、という責任感故の努力によって、この順位を成り立たせているのだろう。俺は紡という若干人間離れした、それでいてパフェを食べて喜ぶ、そんな人間味溢れた彼女に惹かれていたのだった。
次の日。紡からの採用試験は至って簡単なものだった。いつものように紡に会いに社長室へ行くと、目的地の地図と、護身用と書かれたナイフと拳銃。どうやらここへ行け、との事だった。
目的地に到着する。その場所は至って普通の公園で、ただ、路地裏みたいな場所のため子供はいなかった。辺りを見回しても何も無い。試しに目的地の場所ドンピシャに立ってみるが、何も起こらない。
しかし、よく見るとその場所だけわずかに盛り上がっており、掘り返されたような跡がある。試しに掘ってみると、ビンゴだった。
金属製の箱。よくあるタイムカプセルのようなものだ。その中には古びた端末と、手紙が入っている。紡からのもののようだ。
『この世界のランドマーク、幸福の塔へ向かいなさい。タイルがよく発生する場所なので、そこでタイルに対して適切な行動を取ってみなさい。陰でこっそり見ているため、ズルは不可能な事を承知しておいてください。古びた端末はタイルが近くなると振動します。それを頼りに探しなさい。』
それだけ書かれていた。幸福の塔は昨日見て回ったルートにもあったし、高い塔なのでここからでも目視できる。
焦らず、慌てずに幸福の塔へ向かう。そこにはタイルドどころか、タイルすらいなかった。根気強く待つしかないかぁ。
「あっ!昨日の優しいお兄ちゃん!いてっ!」
そこにいたのは昨日のよく転ぶ少女だった。
「おぉ、元気にしてたか?」
「昨日会ったばかりでしょ?私はよく転ぶけど元気!ほら、鋼って叩いて強くするんでしょ?私も地面に叩かれまくってるから強いの!」
ふんすっ、と胸を張る少女。可愛らしい。
「そっか、強いなぁ、キミは」
「えへへぇ」
頭を撫でると嬉しそうにした。ホントに可愛らしい。
「ん?その手にあるのはぬいぐるみ?」
「あ、これ?そうだよ。とても大事なものなんだ」
そう言って凄く大切そうに抱える。
「昔ね、私、転んじゃうせいで毎日毎日生傷の絶えない生活をしていてね?あの頃は私、弱かったから、すぐ泣いてたの。そしたらね、私と同い年くらいの子がね、このぬいぐるみをくれたの。その子は言ってたの。このぬいぐるみは私を強くしてくれた。このぬいぐるみが無かったら私はすぐに1人ぼっちになっていたって。その子、このぬいぐるみ、凄く大切なはずなのに、私にくれたの。あなたも、これがあれば強くなれるからって。私、いつかその子に会って、このぬいぐるみを返してあげたいの。私、こんなに強くなったよって言って」
少女は再びぬいぐるみを抱き抱える。相当、大事なものなのだろう。
「そんな事言っても、もうその子の顔も覚えてないし、名前も知らないんだけどね。だから、その子に会ったこの場所を毎日散歩してるの!」
「そっか。見つかるといいな」
「うん!」
そう言って笑顔で頷いた。
そして少女に別れを告げたその瞬間だった。
ブーッブーッ!
古い端末が音を鳴らす。振動が大きい。近くで発生したようだ。
昨日見たタイルドより少し小さい。これがいわゆるタイルという種類だ。タイルは単体で行動するタイルドと違って3体から5体ほどの群れで襲ってくる。人間の小さな疲れの塊だったり、動植物の疲れから発生するのがタイル。丸腰じゃなければ一般人でも渡り合える強さ。ただ、その時イレギュラーが起きた。
「いたっ!」
少女は転んでしまった。俺の半径5メートル。それが俺の能力の効果範囲。少女と別れを告げ、5メートル離れたため、少女は転んでしまったのである。それも、タイルのど真ん中で。
「くっ!」
歯を食いしばり、タイルを振り払いながら少女を救出する。
「待って!」
少女は大きな声を上げ、俺を静止する。
「ぬいぐるみが…」
ぬいぐるみはちょうどタイルの群れの真ん中に落ちている。
「何を言っている!人命最優先!逃げるぞ!」
「嫌だ!返さないといけないの!」
「…」
ダメだなぁ、ホントに俺は。
「…ここで待ってろ」
決意新たにナイフを取り出す。
「う、うらあぁぁぁ!!」
雄叫びを上げながら真っ直ぐタイルへ向かっていく。
たぶん傷の数箇所は覚悟しないといけないだろう。いや、もしかしたら死ぬかもしれない。
でも…
「それでも…ほっとけねぇんだよ!転んでばかりの子がようやく掴んだ幸せを!みすみす見捨てることは出来ねぇんだよ!!」
タイルもこちらへ攻撃の構えをする。
その際、タイルがこちらへ飛びかかる時に、ぬいぐるみから綿が少し飛び出る。
完全な状態で戻してあげられなくて、申し訳ない気持ちになる。でも、今はそんな事気にしていられる状況では無かった。
タイルにナイフが届く。そう思った瞬間の事だった。
「…合格」
ナイフが当たるはずだったタイルが消したんだ。
跡形もなく。
「…紡!」
後ろには紡がいた。陰からこっそり見ていて、見ていられなくなったのだろう。
そして紡は俺に一瞥すると、タイルを軽く一掃した。
そして少し綿の飛び出たぬいぐるみを持ち上げ、少女の元へ向かう。
「久しぶりですね…お元気そうでなによりです…」
「…もしかして…あの時のぬいぐるみの?」
「えぇ…そうです…今の今までずっと待っていてくれて…私…とても嬉しいです…」
「でも、ごめんなさい。少し綿が…」
「いいんです。たまにあなたを…見てました…強くなりましたね…」
「えへへ…同い年くらいとは思えないね」
「ふふ…そうですね…」
そう言って笑い合っていた。邪魔しちゃ悪いと思って俺はその場を去ろうとしたその時、
「お兄ちゃん!さっきはぬいぐるみ、取り返そうとしてくれてありがとう!その…カッコ良かったよ!」
「…!あぁ、戻ってきて良かったな」
それだけ言って俺はその場を後にした。