疲れ
俺は八神 失那
18歳
職業、アルバイト。勉強についていけなくなり高校を中退。今では朝起きてバイトして帰ってきて寝るという生活を送っている。
趣味はラノベ読んだり、ゲームしたりだったが、今では完全にやらなくなってしまった。趣味に費やす時間を作るためには、これ以上睡眠時間を削らなければならないのである。
家族は健在。妹、父、母で暮らしている。妹は優秀なのだ。この3人はいつも笑っている。俺を避けながら。
友人、無し。卒業式の日に陰口を聞いてしまったのである。あいつと一緒にいると、今まで出来た事が出来なくなってしまうんだと。
今日は待ちに待った給料日。ルンルン気分で銀行へ向かう。
「マジか…マジかぁ…」
想像以上に少ない。この先生きていく事すら不安になるレベルで。
ベンチに座り込む。
「異世界にでも、飛ばしてくれないかなぁ」
そんな風にぼやいてみたが、天から光が差し込んだり、地面が割れたりしない。するはずもない。
「…帰るか」
一歩一歩が重い。あの家に帰る事も憂鬱だし、あの給料も憂鬱だった。なら死ぬか、いっそ死んでしまうか。と考えたことは数知れず。でも、毎度毎度踏みとどまる。友人との約束?幼なじみとの誓い?そんなものあるわけねぇ。ただ怖いのだ。子供ながらに死後の世界を考えた事がある。そこは上も下も右も左も分からない、一面に広がる無。人間の意識は天に登ったりせず、その場で留まり、消えるのだと。そして意識は、自分自身はそれに気づかないのだと。それが出た一種の結論だった。その考えが恐怖を生んでいるのである。
家の近くのスクランブル交差点。とは言ってもそこまで人通りは多くない。いるのは俺と小学生が1人。反対側で信号待ちをしている。
黒髪のロング、健康的な白い肌、背中にはリコーダーの刺さったランドセル。全体的に黒で統一された服装。人通りが多ければたぶん見逃していただろう、普通の子だった。
信号が変わる。俺は横断歩道を渡り、その子がいた場所へと歩みを進める。別に話に行くわけではない。通り道なのだ。
しかし、おかしい。その小学生は動こうとしない。まぁ、気にする事でもあるまい。たぶんボーッとしているだけだろう。俺は小学生の横を通り過ぎる。
「お兄ちゃん…疲れてる…」
細くか細い声。しかし俺は聞き逃さなかった。
「は?何言ってるの?そもそも、君には関係無いよね?」
図星で言い当てられ、無性にイライラした。小学生相手に。しかし、情けないなんて気持ちは無かった。
「ちゃんと…休んでください…」
厳しい、理不尽な口調で、言葉で言ったにも関わらず、優しく接してくれている。でも逆に、その優しさは火に油を注いでいた。
「うるさい!関係無いだろ!」
そう言ってリコーダーを取り上げる。最悪の形で一矢報いようとしていた。別に取り上げて何をするとか考えてはいなかった。
「返して…ください…」
少女は懇願してくる。
「お前が生意気な事言うからだ!」
どちらが子供なのか分からなくなってくる。
「返して…!」
少女が声を少し張り上げる。そこで俺はハッとする。周りから痛いくらい視線を浴びていた。言い訳のしょうもない。
リコーダーを何も言わずに返し、俺は通り過ぎる。
「くそっ…!なんでこうも…上手くいかない!」
俺は周りが見えなくなって、家へ帰る道はほぼずっと、下を向いて俯いていた。
給料日、せっかくの早帰り。まだ誰も帰宅して無い時間帯。コーヒーを飲み、久々にテレビに向かいゲームをする。さっきからずっと、少女の顔が頭の中でリピートする。イライラしてしょうがないのである。
「あぁ!もう!」
コントローラーをソファに放り投げる。何をする気にもならない。仕方がないので気晴らしに外をうろちょろする事にした。結局早帰りも意味無く終わりそうだ。
「結局…休まなかったのですね…」
後ろから声をかけられる。さっきの少女だった。
「…」
イライラしたし、ビックリもした。ただ、何も言わずに少女のいない方へ歩みを進める。
「休んでください…」
少女は追いかけてくる。
「あなたの体はもう…限界なのです…」
早歩きになる。
「だから…どうか…」
少女は走ってついてくる。
「休んで…あ…」
俺がいい加減走ろうかと考えた矢先、バタッと音を立てて少女は転んだ。関係無い事なのに、反射的に振り返ってしまう。相変わらず地味な服装、黒で統一されている子だった。
「もし…」
顔を地面につけたまま、少女は話す。
「もし…異世界に興味があるなら…異世界に行けたなら…少しは休んで…くれますか…?」
訳の分からない事を。
「何?新手の宗教?うちは断ってるの、そーいうの」
「さっきお兄ちゃん…言ってました。異世界にでも飛ばしてくれないかなぁ…って」
おい、どこから聞いていたんだこの子は…
「私なら…異世界に飛ばせます…」
でも、異世界って…あれだろ?
「飛ばすって言っても、どうしろと?何?世界でも救うの?逆に休めなくなるんだけど?」
「救いません…本の読みすぎです…世の中、平和な世界線は五万とあります…」
少女はキッパリ、ゆっくりと答える。
「じゃあ何?エルフとか、亜人とかいて、ハーレムでも作るの?」
「作りません…少し鏡を見てみてはいかがでしょう…」
毒舌なのか優しいのか分からない子だ。
「お兄ちゃんには異世界に来て、休んでもらう。ただ…それだけです…」
「…」
考える。まぁ、悪く無いのでは?などという、騙されやすい人種ナンバーワンの思考に陥った。
「…少し時間をくれ、家族に置き手紙だけ置いていく」
安易に口車に乗せられた。少女は満足そうに
「分かりました。家の前で…お待ちしています」
そう言って、少女は俺の家の前で待ち始めたのだった。