2.始まり
悪魔にぶち抜かれた腹は元どおりに治り、俺は今東京にある退霊師の本部にやってきている。
シアンの遺体は解剖されて悪魔の力を分析するのに使われるらしい。俺は抵抗しようと思ったが、俺ごときができることなどたかが知れているので、やめた。シアンも望まないだろう。
「俺がもっと強ければ......!」
天使化して悪魔を倒せたかもしれない。シアンを失わずに済んだかもしれない。
「なんで俺はこんなに弱いんだちくしょう!」
自分の弱さが許せない。だが、そんなことを思ったところで強くなるわけでもない。
「おい、お前がルートか?」
「......誰ですかあなたは」
「俺か?俺は最強退霊師のジェイだ。覚えとけ」
「え?あなたがあの?」
「まあ俺は滅多に姿を現さないからな。知らなくても無理はない」
そう言ってジェイさんはタバコに火をつけた。
「フー、そんな俺がここにやってきたのはお前を強くするためだ。オーケー?」
「そ、そんなことできるんですか?」
「俺にかかれば余裕よ」
「でも俺、へっぽこで、全然霊力ないですし」
「うるせえ。まあとりあえずここじゃアレだ。俺の研究室に行くぞ」
そして俺はジェイさんの研究室に連れてこられた。中は綺麗に整頓されていて掃除も行き届いているようだ。
「さて、お前は霊力の少ないへっぽこ退霊師だ。それは自分でも分かってるよな?」
「はい」
「だが、お前はお前にしかない強みがある。それが何か分かるか?」
「......分かりません」
「それは、だ。お前は天使と悪魔の力を間近で受けてるってことなんだよ」
ああ、確かにそうだ。俺は間近で天使と悪魔の戦いを見た。感じた。だが、それがどうしたというんだろう。
「つまりは常人より天使と悪魔の耐性が付いてるってわけなんだな」
な、なるほど。
「ということはだ。お前が天使と悪魔の力を取り込んだらどうなる?」
「天使と悪魔の力を扱えるようになる、ですか?」
「その通りだ」
「でもそんなことどうやってやるんですか?」
「そんなの決まってるだろ?」
そう言ってジェイさんは冷蔵庫に入っていたトレーを机の上に乗せた。何かの肉片が乗っている。
「なあ、お前って肉ってどうやって食うのが好きだ?やっぱりそのまま焼くのが好きか?」
「ま、まさかと思いますけどそれ」
「ん?天使化した退霊師の肉だけど?」
その瞬間、俺はジェイさんに掴みかかっていた。
「てめえ!ふざけるのも大概にしろよ!」
「あ?俺は至って大真面目だ。天使化した肉なんて食えるのはお前しかいないんだよ」
「そんなこと言ってるんじゃねえ!お前は!お前は!お前は......!」
俺にはその続きを言うことはできなかった。あまりにも残酷すぎる。だが、理解はできる。
「常人が食ったら多分気が狂うか暴走するか。まあ正常ではいられないわな」
もうジェイさんを掴む気力も無くなっていた。俺は机になだれかかった。
「なあ、お前しかいないんだよ。また悪魔がこの世界にやってくるかもしれない。その時に天使と悪魔の力が、お前の力が必要なのさ」
そんなこと、そんなこと分かってる。俺が食うしかないってことも。いや、でもそんな。
「残酷だと思うか?俺もそう思う。だけどな、やるしかないんだよお前は」
こんな時、シアンならなんて言うだろうか。食べていいよって言うだろうか。......多分言うんだろうな。死んだ人の思いを想像するなんて馬鹿げたことだってのも分かってるけれど。
「で、決心はついたか?」
ああ、こんな時にもシアンを頼ろうとする俺がいる。だけど、だけどそんな俺でも。
「はい、食べます。食べさせてください」
決めなきゃいけない時は、決めるんだ。




