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1.天使と悪魔


 俺は男子高校生の照矢春樹だ。今は絶賛幽霊に追われている最中。


「なんだよこいつ!めっちゃくちゃ強えじゃん!ぜってえ勝てねえ!」


 俺はへっぽこ退霊師なので、こいつみたいな俺の身長の二倍程度の幽霊でも倒すことができない。


「ったく、相変わらずルートはダメダメだなあ」

「シ、シアン!」


 颯爽と現れお得意の剣の一撃で退治してしまったのは俺と同じ区域で活動している「シアン」だ。


 俺たちは互いにニックネームで呼びあっているので本名は知らないが、頼りになる相方だ。


「ただ、ルートの幽霊を引き寄せる体質は凄いと思うけどね」

「俺みたいなへっぽこが持ってても死にかけるだけだけどな!」

「ふふ、大丈夫だよ。私がいるから」


 お、おう。頼もしいな。


「さて、この子は中級クラスかな。ほっといたら少なくとも十人は殺してただろうね」

「ひえ、おっそろしい」


 幽霊は大きさによってそれぞれ初級、中級、上級、最上級の四クラスに分類される。もちろん例外はいるが。


「じゃあこの霊魂は半分こね」

「なんか悪いな。俺は逃げてただけなのに」

「何言ってるんだい。幽霊を呼び寄せるだけでも十分仕事をしてくれているよ」

「そうかなあ」

「そうさ。それとも何かい。要らないのかい?」

「ああ要ります要ります!ありがたくいただきます!」


 そして俺たちは霊魂を体の中に取り込んだ。幽霊を倒した後に残る霊魂は俺たち退霊師のエネルギーとなるのだ。


「でも幽霊って死んだ人間の精神体なんだろ?じゃあ霊魂っていうのは、その......」

「まあ、死んだ人間の魂そのものだよね。そんなものを取り込むのは嫌かい?」

「嫌って言うよりは、申し訳ない気持ちで」

「その気持ちは分かるけどね。ただこれを取り込まないと私たちは幽霊を倒せない。結果人類は滅亡するだろうさ」


 そんなことは分かっているけど、やっぱり割り切ることはできないんだ。


「まあ、別に申し訳ないと思いながら霊魂を取り込むのも悪いことじゃあないさ。ルートが幽霊を倒すわけでもないしね」

「うっ、そう言われると」

「ふふ、そんな深いこと考えなくてもいいのさ。ルートが幽霊を呼び寄せて、私が倒す。これでいい」


 ああ、シアンの言う通りだ。俺はそれだけしかできないのだから、できることをやるのみだ。


「さっ、次いこ次。私たちは立ち止まってる暇なんて!?」

「シアン?どうした?」

「ルート!下がって!」


 その瞬間、ゾッとした空気が俺たちを包んだ。


「ああまずいね。凄くまずいよ。ルート、君だけでも逃げた方がいい」

「なんだって......そんな、まさか」


 空間が歪み、穴が開いた中から現れたのは、男性の姿をした、しかし人間ではない何かだった。


「ここが人間界かー。なんか息苦しいとこだねー」


 彼の言葉は脳内に直接響いてくるような、そんな世界を超越したような力を感じた。


「何してるんだルート!早く逃げて!」

「ああ、君が『目印』か。ルートっていう名前なんだねー」

「目印......?」


 何を言ってるんだ?俺が目印?まさか、幽霊を呼び寄せるこの体質のことを言ってるのか!


「ルート君に生きていられると非常に困るんだよね。だから死んでもらうことにするよ」


 彼はそう言って俺に接近し、そして、俺の腹部に手を突き刺した。


「ぐ、がふっ」

「ん?あれー?人間ってここが急所じゃないの?中心にあると思ったんだけど」

「くそっ!ルートから離れろ!」


 シアンが彼に向かっていくのが見えた。


「んー、ダメだなあ。君じゃボクには勝てない」


 すると彼は右手をゴツゴツした、まるで異世界からの使者のような、そんな手に変化させた。


「でも楽しそうだ。ちょっと遊んであげるよ」


 シアンの剣と彼の手がぶつかった瞬間、ビリビリと衝撃が走り、建物が震えた。


「現実世界に干渉している......やっぱりお前は、悪魔か」

「ああ、人間の呼び方でいくとそうなるね」


 ああ、やっぱり悪魔か!でも悪魔は伝承上にしか存在しないはずだ!それがなんでこんなところに!


「それを知ってるならボクの強さも知ってるはずだけど?わざわざ殺されに来るなんてどうかしてるね」

「はは、ルートを殺させるわけにはいかないからね」

「へー、大切な人なんだね。まあ殺すけど」


 そして彼はシアンの剣を手で握り、粉々に砕いた。


「くっ!」

「ほら、無駄なんだって」

「ふふ、でもね。人間だって進歩してるのさ」

「進歩ねー。どんなことさ」

「それは、今から見せてやる!」

「やめろシアン!それをしたら!」


 シアンの背中から白くまばゆく翼が出現した。退霊師の奥義、天使化だ。


「......へー。これは、ボクでも負けるかもしれないよ」


 天使と悪魔の戦い。町が一つ吹き飛ぶくらいは覚悟しなければならない。


「殺す!殺してやるよ悪魔!」

「いいね!そのくらいの気概がとてもいい!」


 すると俺をシアンの羽が包んだ。


「天使の繭さ。お前じゃこれは壊せない」

「ちぇっ、意外に冷静じゃん。じゃあまず君を殺すしかないね!」


 くそっ、ここからだと戦いが見えない。今どっちが勝ってるんだ?シアンか?悪魔か?天使の繭が無くなってないってことはシアンは死んでないと思うけど。


 そして三十分くらい経っただろうか。天使の繭がボロボロと崩れ始めた。


「シ、シアン?シアン!」


 見渡す限り更地になった中で、目の前に倒れていたのは全身穴だらけになって変わり果てたシアンの姿だった。


「あ......ああ、ルートか......。私やったよ......悪魔を倒したよ......」

「やったって......でも!でもシアン!シアンが!」

「退霊師をやってる時点で......ごふっ、命は惜しくないと思ってたさ......でも、ルートを一人にするのは......心配だな......」

「だ、大丈夫だよ。俺ならちゃんとやってけるさ!」

「本当かなあ......心配だ......よ」

「シアン!シアン......!」


 天使化した時点でシアンの命は長くないことなんて分かってたけど、まさかこんなに早いなんて。


「ルート......最後に......一つだけ」

「何だ?何でも言ってみろ!」

「......大好き......だよ」


 そう言ってシアンは息を引き取った。最後はにこやかな笑顔だった。俺は応援に来た退霊師の皆が来るまで、泣き続けていた。


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