83-I 婚約者と練習
わたしが着いた時には、教室には既に皆揃っていた。少しして先生が入って来る。今日は一日魔術の授業だという事を説明される。
「………では、時間までに訓練場に来るように」
先生が出ていくと、シャルロッテとフローラがわたしの所に来た。朝の顛末を聞いてくる。
「クラウス様はともかく、レオンの方は怖かったわ」
どんな様子だったのか話しながら訓練場に向かう。話を聞いていたフローラが、まあと口に手を当てた。
「……確かにマイトールでアピールする事もありますけれど、そこまでするのは初めて聞きましたわ」
「そうですわ、でもまさかアイリーナ様をご存知ないなんて……」
続けてシャルロッテも呆れたように首を振った。あら、わたしそんなに有名ではないわよ?貴族なら名前くらいは知っていてもおかしくないけれど、わたしは朝彼らに対して名乗らなかったわ。
「シャルロッテ?彼らがわたしの事を知らないのは当たり前ではないかしら?」
「いいえ、そんな事はありませんわ」
即座に否定されてしまった。自信ありげな表情で言い切ったシャルロッテに、フローラまで賛同した。
「そうですわね、後一ヶ月もすれば流石に新入生でもアイリーナ様の事を知るでしょう」
「わたしの事を?………ああ、王太子様の婚約者という事かしら?」
でも、これはデビュタントの時に発表されたから、貴族中に広まっているはずよね。幾らその後のパーティーに姿を見せていなくても、流石にその事実くらいは知っているはずだわ。
「いえ、それもそうですけれど、それ以上に昨年アイリーナ様がなさった事をですわ」
「わたしがした事……実技指導していた事とかかしら」
試験前にしかやらないのだけれど、それくらいしか思いつかないわ。首を捻りつつ答えると、二人は曖昧に頷いた。
「………その程度の認識ですのね……」
「アイリーナ様ですから……」
二人が何か言った気がしたけれど、小さすぎてわたしには聞こえなかった。
訓練場にて、わたしはシリウスと向かい合わせに立っていた。今日の授業は様々な攻撃方法を試してみる事。再来年のモンスター退治に向けて、今からその練習をするという。
最もわたし達生徒会役員は今年からその授業に同行するのだけれどもね。
「シリウス様、どうぞお手柔らかにお願い致しますわ」
「それは僕の方こそ言いたいが…宜しくな」
型通りに挨拶をして、授業が始まる。まずはシリウスの攻撃を受けるわ。
「……『風刃』」
シリウスが瞳を緑に輝かせて攻撃して来る。とりあえず防壁で受け止めると、次々に攻撃が降ってきた。
まず手始めに、竜巻と風刃を組み合わせた『竜巻-刃』が飛んでくる。それを水砲でやんわりと無力化すると、続いてシリウスが泡を浮かべた。
「『泡弾』」
一瞬緑に輝いた瞳を青く染めて、泡を撃ってくる。だけれどそれだけではない。一瞬の緑の目、つまりは風属性魔術も発動していた。正面からだけと思わせておいて、実際には周りに浮かべていた泡が全て飛んでくる。
「『突風』」
全方位に風を吹き出させて泡を吹き飛ばす。シリウスの方を見ると、苦笑いを浮かべていた。そしてわたしに近づいてくる。人がいるとはいえ、わたし達の会話は聞こえないだろうと、普段の口調になる。
「やっぱり、リリーには通じないか」
「そうかしら?今の攻撃は、なかなか良かったわよ?」
「そう?」
相手がわたしだからこんな防ぎ方が出来るけれど、普通の人達なら少なくとも数個はくらってしまう攻撃だったわ。それでも鋭い人には気づかれてしまうわ。なぜなら………
「一つ直すなら、魔術の順番かしら。先に泡を浮かべておいて、何かの風魔術を使ってから『突風』、『泡弾』の方が良いわ。瞳の色の違いに気がつかれにくいわ」
「……なるほど。リリー、そんな一瞬の瞳の輝きなんて良く見てたな」
少し目を見はってシリウスが言う。真面目な表情ながらそこには嬉しさが滲んでいた。
そして次はわたしが攻撃する番。再び距離をとると、とりあえず水刃を出す。それが防がれたのを見てから、次の魔術を発動させる。
「『水砲』」
水の流れを二つに分け、捻るようにして攻撃する。シリウスがこれに対応するその瞬間を狙って、もう一つ。
「『滝行』」
シリウスが気がついた時にはもう手遅れ。水砲を相手していたシリウスの、油断している上からの水の攻撃は、容赦なくシリウスの制服を濡らした。
そこまで来れば、後は仕上げるだけ。わたしは氷属性魔術でシリウスを軽く凍らせた。
「……流石だな」
呟いたシリウスがゆっくりと腕を上げ、凍った体をどんどん動かしていく。わたしはシリウスに近づいていき、『加熱』でシリウスを手伝った。
「『乾燥』」
さらに濡れてしまったシリウスの制服を乾かす。そしてシリウスに意見を聞いた。
「今のはどうだったかしら?」
「……素晴らしかったよ。何も直すべき所が思いつかない」
真剣に考えてくれたみたいで、少し目を瞑ったシリウスは首を横に振った。
「次はまた僕の番だな?今度こそ驚かせてみせるよ」
「あら、それでは期待してお待ちしますわね」
わたしに思いつかないような方法を、是非とも実践して教えてくださいな、王太子様?
「ああ、惜しかったなあ」
「ええ、危うく一撃入れられる所でしたわ」
結局お昼になるまで攻防を繰り返し、わたしは様々な方法でのシリウスの攻撃を防ぎ切った。シリウスは若干残念そうに笑った。
「まあ、今までリリーに攻撃が通じた事なんて数える程しかないからな…」
「そうだったかしら?」
「そうだよ、それもレオンがレッスンに来る前の数回だけだ」
そういえばシリウスの水砲を受けた事があったかしら。あの時は確か、泡を防壁で受けていて、それを撃ち返そうと防壁を解除した隙の事だったかしらね。
シリウスもちょうど同じ事を思い出していたらしく、あの時のリリーは慌てててかわいかったと言う。
「服を濡らしてあたふたして。ただ、あの後の攻撃は怖かった」
「そうだわ、わたしは『シルもびしょ濡れにしてあげるわ』って言ったのよね」
話しながらもわたし達は、昼食を食べに特別ラウンジに向かう。そして、レオンハルト達を誘った事を思い出した。
「ねえシル、そういえばラウンジにクラウスとレオンも呼んだわ」
「えっ!?な、何で?」
告げた途端に驚きの声を上げるシリウス。朝あった事を説明すると、シリウスは複雑な表情になった。
「確かに父上に言われたからな………僕もそれなりだったとはいえ、放っておいたらいなくなってたけどな。ただ、本当にうんざりだった」
「シルもそうだったの?」
「ん?ああ、だけどもちろんマイトールなんて受け取ってないよ。そんなもの要らないからね」
言いながらわたしとの距離を少し詰めるシリウス。そして少し微笑んだ。
「僕には君という婚約者がいるんだから」
「……ふふ、ありがとう、わたしの婚約者様」
政略結婚だろうと、ここまでわたしの事を気にかけてくれるシリウスと婚約して本当に良かったわ。わたしは信頼と共にシリウスを見つめた。




