81-I 頑張って終わらせました
それから少ししてわたし達が着いたのは、嘗てわたしが二度レテフィア嬢と勝負した闘技場。舞台の真ん中で男の人が二人対峙している。
「こうして勝負の証人もやったりするんだ」
「そうなのですね」
わたし達が見ている前では、炎と風の魔術の応酬が繰り広げられていた。噴射された炎を風が吹き飛ばし、返す風刃は弾ける火球に阻まれる。
「『防壁』」
弾けた火の粉がわたし達のいる場所まで飛んできた。ローレンス様が防壁でそれを防ぎながらため息をつく。
「全くあいつらはいつもいつも周りに被害を及ぼすな。片づける身にもなれよ」
「お知り合いですの?」
「ああ、クラスメイトだ。しょっちゅう勝負しては周りまで被害を出すんだ」
話している間にも吹き飛ばされた、或いは弾け飛んできた魔術の欠片がどんどん飛んでくる。ただ、魔力的にもうそろそろお終いかしら。
予想通りお互いが最大威力の攻撃を放ち、そして風属性の方が膝をついた。それを見てローレンス様が二人の方に歩き出す。ついて行こうとすると、ローレンス様が振り返った。
「君はあちこちの火を消してくれ」
「分かりましたわ」
あちこちに弾け飛んだ火が着火し、燻っていた。まあ、そうなるわよね。弾ける火球を風で吹き飛ばすなんていう、火の勢いが増す事をしていたもの。
いちいち廻るのも大変なので、一気に終わらせるわ。
「『水砲』、『修繕』」
斜め上に水を吹き出させて火を消しつつ、燃えてしまった部分を修理していく。闘技場全体を元通りにするのにそんなに時間はかからなかった。
「…それで?今回は何なんだ?」
「いや……風と炎どっちが強いかと思って……」
「今更かよ」
わたしは何やら話し合っているローレンス様達の元に向かった。
「ローレンス様、片付け終わりましたわ」
「は?幾ら何でも速すぎ………!?」
ローレンス様に報告すると、怪訝な表情で辺りを見回すローレンス様。流石にわたしにもその表情は少し怖いわ。目を細めて睨みつけるように見回し、そしてそのままわたしの方を向いてきた。
「ど、どうやった?」
「……水をかけました」
「それは分かる!」
「………!」
その表情で、強い口調で言われて身体がビクついた。勝負していた二人がローレンス様に注意する。
「お前、後輩をビビらせてどうすんだ!」
「全くだ、せっかく話しかけてくれてるのに」
「あっ、いや、俺は…」
そしてわたしとローレンス様の間に立ち、わたしの視界にローレンス様が入らないようにしてくれた。
「ごめんな、怖かっただろ?」
「い、いえ、大丈夫ですわ」
「本当か?無理しなくて良いんだ。あいつはあの怖さで令嬢はもちろん、令息でさえ避けられてるんだからな」
「おい、要らないことを言うな」
二人の後ろからローレンス様が顔を出す。二人を軽く睨み、そしてわたしには申しわけなさそうに俯いた。
「すまない」
「いえ、本当に大丈夫ですので」
「そ、そうか」
ほっと息をつくローレンス様に、二人がにやりと笑いかけた。
「おいお前、この子どうしたんだ?」
「こんなかわいい上に、お前から逃げない子に出会うなんてどんな幸運だ」
「いや……俺は遅かったんだ」
楽しそうな二人に対し、ローレンス様は表情を暗くした。当然のようにそれを問われる。
「何が?」
「この子は……いや、この方は王太子様の婚約者、アイリーナ様だよ」
片方が口をぽかんと開けてこちらを見た。もう一人は半信半疑といった目を向けてくる。わたしはそんな二人に礼をした。
「申し遅れました、わたし、アイリーナ·フォン·セイレンベルクと申しますわ」
社交上の笑顔で自己紹介する。二人は暫し固まった後、ローレンス様につつかれた。
「お前ら自己紹介しろよ」
「あっ、そうだった。ええと……俺はグレン·ラ·モーガン……です」
「ヨゼフ·ラ·バナードです」
「グレン様と、ヨゼフ様ですわね?」
炎属性の方がグレン、風属性の方がヨゼフと名乗った。二人に聞き返すと、慌てたようにかぶりを振った。
「俺らは様なんてつけてもらう身分じゃないです」
「何なら呼び捨ててください」
「いえ、流石にそれは……先輩とお呼びして宜しいかしら?」
一応学院は平等を謳っているのでそう聞くと、二人は顔を見合わせた。
「今の聞いたか?」
「ああ、俺らが…先輩だって……」
あら、嫌だったかしら。少し心配になったわたしに、二人─グレン先輩とヨゼフ先輩が同時に振り向いた。その嬉しそうな顔を見て安心した。
「……片づけ終わったんだよな?」
「はい」
ローレンス様に思い出したように問われ、頷く。そして生徒会室での仕事の事を思い出した。
「あの、ローレンス様、わたし仕分け作業が残っているので……」
「すまん、そうだったな。手伝ってくれて助かった。戻って良いぞ」
「ありがとうございます。それでは失礼しますわ」
軽く礼をして元来た道を戻る。後ろでは三人の話し合いが始まったみたいだけど、わたしはわたしの仕事をするだけだわ。
生徒会室に戻ると、脇目も振らずに書類を仕分ける四人がいた。その真剣な顔を見て、呼ばれたとはいえ抜けてしまった事が申しわけなく思えてきた。
「ごめんなさい、手伝うわ」
「ああ、ならこれを頼む」
顔も上げずにシリウスが渡してきた書類を見て、そして四人の仕分けている内容を確認する。わたしの仕分けていた分は、ディランが代わってくれていたみたいだわ。
その後暫くは、生徒会室には書類を捲る音だけが響いていた。
「……うわぁ、やっと終わった」
最後の書類をかたすとシリウスが思い切り伸びをした。そうよね、外ももうすっかり暗くなってしまったわ。ぼうっと窓の外を眺めるわたしに、漸くシリウスが気がついた。
「……あれリリー、いつ戻ってきた?」
「…かなり前よ」
聞きながらわたしに近づいて来て、わたしの隣に座ると徐に手を握ってきた。疲れ切った声で謝ってくる。
「気づかなくてごめん……」
「…良いのよ、集中していたもの」
「…ごめん。………それにしても疲れたな………」
シリウスの呟きにその場にいた全員が同意を示した。そして仕分け終わった書類の山に目を向ける。
「結局、一日で終わったな……」
アレックスが目を瞬かせながらぼそりと言った。あんなにたくさんあった書類を全て仕分けたという達成感で、わたしは思わず微笑んだ。
それ以上何もやる気が起きなくて、皆で脱力していた所でドアが開いた。
「君達まだやってたのか。今日はもう良いよ、残りは明日やってくれ」
中にいたわたし達を見て驚いたように言いながら、ライアックス様が部屋に入って来た。しかし、机の上の書類を見て怪訝そうな顔つきになる。
「……どこまで終わった?」
「ええと、一応全て仕分けました」
ノエルが答えると、ライアックス様は一瞬固まり、疑いながら書類にざっと目を通していく。
「………嘘だろ……こんな早く……今までで一度だって……」
書類を確認するにつれその表情は驚愕に染まっていった。書類から目を離したライアックス様が、信じられないものを見るような視線をわたし達に向ける。
少しして、考えを振り払うように首を振ると、ライアックス様が口を開いた。
「…色々と聞きたい事はあるが……とりあえず今日はもう休め。疲れただろう」
それに従って順番に部屋を出る。最後わたしが出る時に振り返ると、わたし達の代わりに椅子に座り込むライアックス様が見えた。とりあえずお疲れ様ですと礼をして、先に出たシリウスの元に向かった。
「リリー」
またしても手を握られる。どうしたのと聞くと、シリウスは空いていたわたしのもう片方の手を自分の頬に触れさせた。
「疲れたから……リリーの魔力分けてもらってる」
「嘘…全然気づかなかったわ」
言われるまで何も気づかなかった。言われて意識して初めて魔力が流れていく感覚を認識した。
そっと手が離される。シリウスは疲れた表情の中にいつもの優しい笑みを見せた。
「…ありがとう、寮まで一緒に行こう?」
「ええ」
疲れたせいか、それとも夜で辺りが見えない不安からか、並んで歩くシリウスとの距離はいつもより幾分か遠く感じた。シリウスは何故か、何も話さなくとも、そこにいる、いると分かっているだけで心が落ち着く。だからこそ、わたしはシリウスにもっと寄り添った。
「どうした?」
「何となくよ…駄目かしら?」
いいや、そんな事ないとシリウスは嬉しそうに笑った。
自分の部屋に入れば、白い物体が飛びついてきた。
『アイリーナ、遅かったじゃない!』
「アイリス!」
そう、わたしの愛猫アイリス。ごろごろと喉を鳴らすアイリスをそっと抱きしめた。このふわふわの毛、疲れが癒されるわ。
『何してたの?』
「生徒会役員に選ばれて、少し仕事をしていたわ」
『そう、お疲れ様』
アイリスが冷たい鼻を頬につけた。そっと頭を撫でて寝転ぶと、わたしの横に丸くなった。
「おやすみ」
『おやすみ、良い夢を』
疲れ切っていたらしく、わたしはすぐに眠りについた。




