72-I 久しぶりの王都
結局、今まで見た事がないくらい厳しい表情をしたお父様に追い出されてしまった。ただ、クラウス殿下は楽しそうだった。
「僕、王宮を出るの初めて!」
「クラウス、そんな事を言っている場合じゃない」
「まあ、その気持ちは分かるわ」
エバートともう一人騎士を連れて、わたし達四人は馬車に乗せられた。去り際にお父様が囁いた。
「リーナ、頼んだぞ」
「お父様……」
わたし達を王宮から追い出すのは、王宮が危ないという事。そこに留まるお父様が心配で、だけど言葉が出て来なかった。お父様は厳しい表情になると、王宮へと戻って行った。
「い、一体何が起こってるんです?」
「僕にも分からない。だが、少なくとも……」
そう言ってクラウス殿下の方を見たシリウス。クラウス殿下は馬車の外を眺めてはしゃいでいた。
「……あそこまではしゃげる状況ではないだろう」
「………ですよね」
「あ、兄上、レオンハルト、あれは何!? これは?」
「クラウス、少し落ち着け」
「えっ、あ、兄上!」
はしゃぎまくりのクラウス殿下をシリウスが引っ張って大人しくさせる。それに不満そうなクラウス殿下は、わたしの方を見た。
「ねえ姉様、王都を見てみたい」
「クラウス、今は無理だ」
「ええ、そんな!」
そうね、シリウスの言う通りだわ。本来どこよりも警護が万全な王宮が危険に晒されているのなら、どこにいても危険が付き纏う。出来るだけじっとしているのが正解だろう。
だけど、いつまでも大人しくさせておくのは無理だわ。実際、クラウス殿下を大人しくさせているシリウスでさえも、羨ましそうに外を見ている。
押さえつけて爆発されても困るし、少しだけね。
「……一時間」
「えっ?」
「一時間だけ、王都を回りましょう」
「本当!? やったぁ!」
「リリー、だけどそれは……」
不安そうなシリウスに、それならと一つ提案した。
「なら、行きたい所を決めましょう。王都を散策するのはまた今度よ」
「それなら良いか」
そして、騎士達に許可を取ってから話し合いになった。
馬車を降りて目的の場所に向かう。久しぶりに来たそこは、相変わらず行列が出来ていた。
「……これ、一時間じゃ入れないぞ」
「そんなぁ」
わたしもまさかここまで混んでいるとは思っていなかったので、思わず立ち止まってしまった。どうしようかと思っていると、店の人がわたし達に気がついた。
「お久しぶりです、姫様!本日はどうなされましたか?」
「ええと、ケーキを食べに来たのだけれど……」
言いながら行列を眺めた。クラウス殿下達には悪いけど、これは諦めるしかないかしら。目的の店、トーパテリアの店員の声を聞き、並んでいた人達もわたしに気がついた。
「あっ、しろねこ姫様!」
「あら、本当!」
「もしかして、ケーキですか?」
「だったら俺達の前にどうぞ!」
「いや、何なら一番前に!」
その勢いに呆気にとられた。申し出は嬉しいのだけど、それでは並んでいた人達に申し訳ないわ。
「あの、それは流石に申し訳ないですわ」
ところが、並んでいた人達は首を振った。
「いやいや、姫様を待たせるだなんてそんな事は出来ない」
「そうだ、いつも俺らの事を考えてくれてるんだ、このくらいなんて事ないさ」
「それに、お友達も!是非どうぞ!」
そんな声があちこちから上がった。友達というのは、攪乱で髪を茶色くしたシリウス達の事だろう。そうね、案内すると言ったのはわたしだもの、少しだけ甘えさせてもらおうかしら。
「本当に良いんですか?」
「「「もちろんです!」」」
「……ありがとう」
感謝の意を込めて礼をすると、店の人について中に入った。後ろからレオンハルトがついてくる。呆気に取られているシリウス達を引っ張ってきた。
個室に案内されて店員が出ていくと、レオンハルトが大きく息をついた。
「全く、リナ姉様、今度は何をしたんですか」
「何って、特に何もしてないわ」
「……まあリリーだもんな、うん」
呆然としながらシリウスが頷く。その横では、クラウス殿下が早速ケーキを選んでいた。
「うわぁ、これ美味しそう!それに、これも!」
「クラウス……そうだな、食べようか」
皆でケーキを選んで、店員に注文した。少しして、ケーキが運ばれてくる。ショートケーキにチーズケーキ、モンブランとモモケーキ。それぞれ二つずつ並べられた。
とりあえずショートケーキを切って口に運ぶ。ふんわりと広がるクリームの甘さと、溶けて消えるような食感。
「ふわぁ、美味しい……」
頬まで蕩けてしまいそう。他の三人もケーキを食べて幸せそうに微笑んでいる。やっぱり来て良かったわ。無意識のうちに緊張していたみたい。それは、わたしだけでなくここにいる全員が。
「何これ、初めての味だけどすごく美味しい!」
そう言ってモモケーキに目を向けるクラウス殿下。あっという間に平らげてしまうと、じっとシリウスのケーキを見つめていた。視線に気がついたシリウスがケーキを引いた。
「これは僕の分だ」
「ああ、ばれちゃったか」
楽しそうに笑うクラウス殿下は、いたずらを仕掛けた陛下に似ていた。
「これあげるわ」
「ありがとう!」
わたしのモモケーキをクラウス殿下に渡し、その代わりにクラウス殿下のチーズケーキをもらった。甘さ控えめでチーズの風味が良く味わえる、滑らかなケーキに舌づつみを打って、わたし達は談笑した。
ケーキを全て食べてしまうと、ちょうど一時間程が経っていた。
「そろそろ行きましょうか」
「ああ、ありがとうな」
「美味しかった!」
皆で席を立ち、お店を後にする。シリウス達には先に行っていてもらい、改めて並んでいた人達にお礼をした。
その後馬車に向かおうとした所、一人の茶髪の女の子に引き留められた。大体六歳くらいに見える彼女は、灰色の瞳に涙を溜めていた。
「姫様、助けて!」
そう言いながらわたしにしがみついてきた。不安そうに辺りを見回している。わたしは屈んで目線を合わせた。彼女の手を取って両手で包む。
「どうしたの?」
「……………追っかけ…られたの」
「お母さんとかには言ったの?」
女の子は首を横に振った。
「ママは……他の子達を見てる。わたしの家、皆で暮らしてるから」
話を聞きながら紋章を使う。どうもこの子は教会の隣にある孤児院で暮らしているようで、今日は孤児院の皆で来たらしい。そして、広場の辺りで友達が向かった方を見たら、ちょうど友達が連れ去られる所だった。
相手に気づかれ、恐怖で反射的にそこから逃げ出し、迷子になってしまった。しかしどうしても広場に戻りたくなくて、暫く彷徨っているうちに、わたしを見かけたみたい。
「お願い、捕まりたくない」
「分かったわ。まずはお母さんを探しましょう」
「………うん!」
わたしは迷子を連れて馬車に向かった。女の子はフィナといった。
「姫様のこと、みんなで話してるんだよ!」
「そうなの?」
「うん、とっても優しいきれいな人だって!ほんとだった!」
「まあ、そんな事を言っているの?」
「そうだよ!」
馬車に着くまでの短い間に、手を繋いでフィナと色々な事を話した。孤児院の様子や、友達の事、どんな事を話すのか、など。
「わたし、姫様に会えて良かった!」
先程までの恐怖も忘れたように笑うフィナ。どんな事を話すのか聞いた所からずっとわたしの話になっていた。フィナ達にとってわたしは憧れなのだろうか。
「今度、みんなと遊んで?」
「ふふ、良いわよ。きっと会いに行くわ」
「ありがとう!」
そして、馬車に着いた。中からはシリウスが顔を出した。攪乱は既に解いてあり、いつもの銀髪が煌めいていた。
「リリー、遅かったじゃないか」
「ごめんね、その事なのだけど、迷子の子を見つけちゃって。保護者を探して連れて行って来るから、先に行っていてくださる?」
「迷子?……その子はどこにいるんだ?」
「えっ?ここにいる……あら?」
いつの間にか手を離していたらしく、そこには誰もいなかった。




