71-I いたずらで撃退
そこは最早戦場だった。訓練所の床は水浸しで、そこかしこから水が吹き出ている。その上、上からも雨のように降ってきて、視界がとても悪くなっていた。
「どうした、まだ半分も進んでないぞ!」
「くっ、何ていたずらだ……」
「ええと、こっちか?………うわっ」
「ああ、服がびしょ濡れです…」
「あっははは、これ楽しいわね!」
「そうだろう、楽しいだろう?」
「ええ!」
クラウス殿下は当てずっぽうに走り回り、あらゆる罠を発動させていた。巻き添えを食らってびしょ濡れのシリウスとレオンハルトは、いたずらとは思えない威力に驚いている。そしてわたしは、その場の魔力の流れから罠のある場所を見抜き、全て避けていた。ただ、それではつまらないので、クラウス殿下の発動させた罠を幾つか受けに行った。
「ほら、本番は半分を過ぎてからだぞ!」
陛下が無邪気な子供のように告げる。水のせいで何も見えないものの、声と魔力のおかげで皆の居場所は分かる。今のところ、最も陛下に近いのはクラウス殿下だわ。
「なっ、これで本気じゃない、だと……!?」
「陛下、いたずらの才能が溢れてますね」
「よし、今度はこっちだ!」
ワーワーギャーギャーと騒ぎながら、ジリジリと陛下に近づいていく。そして、漸く全員が半分進んだ所で、わたしは嫌な気配を感じた。
「威力二倍だ!」
「うおっ、危な」
「に、二倍……」
「……もう、こうなったらとことん楽しんでやります!」
他の人達は気づいていないわ。だけれど、間違いない。この訓練所には、今、六人いる。陛下を始めわたし達がかなり煩くしているので、声も聞こえない。ただ、魔力の流れだけは分かる。
「………!『水砲』!」
罠のある場所の外側から攻撃が来る。放っておいても誰にも当たらない方向だったけれど、一応相殺する。それにしても、地属性か。岩くらいなら陛下の罠で相殺できるけれど、地揺れが来たら面倒ね。
「『封印』―地揺れ」
幸いな事に、陛下の罠と騒ぎ声のおかげで、わたしが何をしているかなんて相手には分からない。『封印』された事も知らず、『地揺れ』を唱える謎の人物に近づいていく。
「……っ、一体どうなってやがる!『岩砲』は相殺されるし、『地揺れ』は使えないし。そもそも、俺の仕事は国王を倒す事だろ!何でこんな子供の遊び場みたいな所に来なくちゃいけないんだ!」
誰も聞いていないのを良い事に、大声で愚痴る謎の人物。そして、攻撃が無力化されることに痺れを切らしたか、罠のある場所、ちょうどそこを踏んだ。
「えっ、うわぁぁっ」
「『影縫』」
下から吹き上げる水に驚いて退こうとした相手に、その場に留める闇属性魔術をかけた。これで陛下が罠を止めるまで、ずっと下から水に襲われ続ける事になる。
「な、何で動けない!?嘘だろ!」
焦る声を聞いて、わたしは踵を返した。国王を倒す事が仕事だとか言っていたけれど、あそこから動けない上に攻撃も出来ないとなると、打つ手もないだろう。
ただ、一応存在は知らせようと陛下の元に向かった。
「アイリーナ、良く来たな!どうだった?」
「はい、とっても楽しかったですわ!それと、陛下を狙う不届き者が紛れているようです」
「何?僕を狙うだって?」
「見事に陛下の罠にかかっておりましたわ」
「はははっ、それは見ものだな!どれ、僕の所までアイリーナが辿り着いたので、今日はお前達の勝ちだ!」
その言葉と共に罠が全て解除された。とはいえ、未だ視界は悪いので、わたしは陛下を謎の人物の所まで案内する。
「陛下、この者です」
「ほう」
謎の人物、濃い茶色の髪と同色の瞳を持った男は、その場に蹲っていた。服は下半身がびしょ濡れになっていた。
「はは、まるで漏らしたみたいだな」
「………何だと!」
その何とも情けない姿を見て陛下が笑う。それに言い返そうと顔を上げた男は、陛下に気がついて腰の剣に手をかけた。しかし、先程までの水のせいか、立ち上がる事が出来ていなかった。
「そんな状態で私にかなうとでも?」
ひとしきり笑った陛下は、初めて会った時と同じ、国王の顔になった。しかし、今までのいたずらの感覚が抜けないのか、そっと囁いてきた。
「なあアイリーナ、剣はないか?」
「少しお待ちください」
男から見えないように『氷剣』を作って陛下に渡す。何となくわたしがそれなりに強い事は隠しておいた方が良い気がした。
「ああ、ありがとう」
剣を受け取った陛下は、軽く振るとふむと頷いた。
「なかなか扱いやすいな。どれ、軽く打ちのめしてやろうか」
次の瞬間、陛下の剣が男の剣を叩き落とし、平らな部分で首を叩いた。男は小さく呻いてその場に倒れた。
「随分弱いな。こんなので僕は倒せないぞ?」
そう言って剣を拾おうとした。
そこに、大声が飛んできた。
「触るな!それは猛毒だ!」
「うん?テオドール、どういう事………!?」
走ってきたらしく肩で息をするお父様は、王妃様を抱えていた。ぐったりとして苦しそうだわ。
「リーナ、頼む!」
「分かりましたわ!『快癒』!」
お父様が頼んできたという事と、先程の発言で大体の予想はつく。大方、王妃様に毒が盛られたのだろう。迷いなく光属性魔術を使った。
「………?」
しかし、何も変わった様子がない。
「リーナ?」
お父様が戸惑っている。陛下は王妃様を見て気を取り直したらしく、厳しい表情をしていた。そんな、どうして『快癒』が効かないの?確かに魔術は効いたはず……
魔力の流れを見ると、左腕から闇の魔力が出ていた。一言断ってそこに触れる。何の変哲もないように見えたその部分は、恐ろしく冷たく乾燥していた。
これは……毒ではなく、呪いだわ。そこに気がつくまでにも闇の魔力は広がり、左半身が覆われる。わたしは一度目を閉じ、息を大きく吸った。
「”強大なる光の精霊よ、我、その力を以て、かの者にあらん限りの祝福を与えん、『天女祝福』”」
温かい光がわたしとお父様も巻き込んで王妃様を包み込む。その間に後ろで風が吹き荒れ、シリウス、クラウス殿下、レオンハルトが姿を現したらしい。
「父上、何かありましたか?」
「……一体………?」
「あれ、知らない人がいる」
陛下は氷の剣を気絶している男に向けたままのようだ。話し声が聞こえる。
そして、光が収まった。お父様の腕に抱えられている王妃様は、先程までの苦しそうな表情から一転し、穏やかな顔になっていた。
「母上!」
シリウスとクラウス殿下が駆け寄ってくる。そして、王妃様がゆっくりと目を開いた。
「ああ、シリ……ウス、クラウスも……無事でよかっ…たわ」
「マリア、大丈夫か?」
陛下も心配そうにやって来る。そして、お父様に聞いた。
「どうしてこうなった」
「それが……」
お父様はわたし達の方を向いて口を閉ざした。暫くしてから、ゆっくりと言った。
「インヴェノ帝国が、動き出した」




