70-T 不穏な動き
全くユリウスは、昔から変わらない。学院で色々いたずらした時などは、本当にこの人が将来この国を支えるのだろうかと疑ったものだ。
思い出すのは、ユリウスと初めて会った時。王子は一人しかいなかったから、ユリウスが将来王になる事は決まっていた。だからこそ、立ち居振る舞いなどは、誰が見ても立派なものだった。
七歳になった頃、僕はユリウスを王子だと紹介された。当時の国王陛下に庭でも案内しなさいと言われたユリウスは、僕らだけになると年相応、いや、もっと幼くなった。
「なあテオドール、かくれんぼしないか?」
「殿下……?」
「ああ、ユリウスで良いよ。じゃあ、僕が隠れるから見つけてよ」
「えっ、ちょっ、待って……」
言うが早いか、ユリウスはさっさと庭園に入って行ってしまった。僕はそれを追いかけて、庭園に入った。
懐かしい二十数年前の記憶。あの時は、後ろから水をかけられて驚いたものだ。その時の庭園を横目に、アイリーナに言われた事を反芻する。
『感じた事のない魔力の、火属性の人影がいました』
それも、ユリウスの休憩室の近くに。あの近くには王家の私的空間の入り口もあるし、執務室なども近い。もし他国のスパイだったら、国家機密が駄々漏れになってしまう恐れもある。さらにそれがセトルータ王国のものだったら……
我がアイルクス王国の西にある隣国セトルータ王国は、国土こそ広大なアイルクス王国に及ばない。しかし我が国より広く、軍事国家である北の大国、インヴェノ帝国と密接な関係にある。両国が我が国の東にある海、その恵みを求めているという情報もある。二十年近く前にも不穏な動きを見せていた。
アイルクス王国の同盟国、南にあるファルク王国はこの動きを危険視し、第一王女セシリアをアイルクス王立学院に留学させる事でアイルクス王国の味方となった。そして……
『闇の邪王』ヴィレヒト·マイド·ヴァイスによる、長きに渡る混乱のためか、ある時を境に不穏な動きが止んだ。その機を逃さず相互不可侵条約を締結し、目先の危険はなくなったと思っていたが……甘かったか。
考え事をしながらも人影を探す。ふと違和感を感じて横を向くと、国王の執務室の前に立つ人影があった。騎士と何やら話しているその人影は確かに僕に似ている。だが、それはきっと……
「『攪乱解除』」
呟くように唱え、怪しい人影に向ける。瞬く間にその正体を明らかにした。茶髪に赤い瞳の男、アイリーナが言った通りだな。ただ、珍しい模様の入った衣を着ていた。
「………!」
「ここはお通し出来ません」
「ん?……なっ、魔術が……!?」
あっという間に騎士に捕らえられた侵入者だったが、僕は安心できなかった。あの模様は、どこかの国の物だったはず。つまりは他国からのスパイ。だが、普通はあんなに目立つ事はしないはず……目立つ……………!?
「ま、まさか……」
陽動か!?だが、たくさんの機密があるだろう執務室を陽動で使うなど、普通は考えない。そこまでしてでも成し遂げたい目的ともなると、流石に限られてくる。かといって、陽動を放って置く事も出来ない。
全く、用意周到な計画だ。陽動がばれてしまっても、本来の目的は果たせる。逆に本来の目的こそ果たせなくとも、陽動で大量の情報が持ち帰れる。
ここまで大規模に動いたとあらば、僕の執務室も狙われているだろう。だが陛下の執務室の情報を奪われるわけにもいかない。本来の目的であろう、ユリウスか王妃様の暗殺も防がなくてはいけない。八方塞がりだ。
「おいテオドール、そんな所でどうした」
すぐにでも行かないと間に合わないというのに、どれも守りたいという甘い考えで動けない僕に、助けが来た。そう、先程アイリーナ達を連れて来てくれた、ゲオルグ様とカリオン様だった。
「ゲオルグ様、カリオン様……!良かった、少し手伝って頂けますか」
「それは良いが、何があった」
「説明している時間がないので、後で伝えます。まず、ゲオルグ様は陛下の執務室に行って頂けますか。それと、カリオン様には僕の執務室に。どちらにも侵入者がいると思われます」
「分かった。テオドールはどこへ行くんだ?」
「僕は王妃様の元に。僕の杞憂だったら良いのですが」
「執務室は任せろ」
焦っているせいか早口になってしまった。しかし、おかげで急を要する事態だと伝わったようだ。力強い二人の声を聞いて、僕はお辞儀して先を急ぐ。
そう、僕の勘違いなら良い。ただ、あの模様が頭から離れない。絶対にどこかで……
『テオ様、この模様はモノグラムといって、イニシャルを組み合わせて作る物だそうですよ。インヴェノ帝国の皇族方はそれぞれ固有の模様を持ってらして、配下の方にも自分のだと分かるように模様の入った物を差し上げなさるそうですわ』
そうだ、モノグラム!イニシャルを組み合わせるという事は、あの侵入者の主も分かるだろう。確か、あの模様に使われていたのは、E、それにPだった。そのイニシャルに当てはまるのは………エドワード·ホスフィン·サンタ·インヴェノ。インヴェノ帝国の皇太子その人だ。
正直セトルータ王国の人の方が良かった。というか、今インヴェノ帝国が動く理由が分からない。しかし、皇太子殿下の配下が勝手な行動を起こすとも思えない。
考えているうちに王妃様の執務室に辿り着く。部屋の前に立って警護しているはずの騎士の姿はなく、扉は少し開いていた。最悪の事態を想定し、しかしきちんと礼をしないと、と声を上げた。
「王妃様、失礼致します!」
同時に扉を開け放った。そこに広がっていたのは、最悪ではなかったものの、それに近い光景だった。普段は整然としている執務室には本が散らばり、美しい絨毯は微かに血で汚れていた。
部屋の中央には、剣を構えた我が国の騎士姿の男。その剣の切っ先に、左腕を庇う王妃様が座り込んでいた。男は剣を向けたままこちらを見た。緑の目が覗く。
「ふん、この剣には毒が塗ってある。今更来たところで遅いわ!お前も一緒に死んでもらおうか」
言うが早いか切りかかってくる男。攻撃を難なくかわすと、剣に向かって魔術を放った。
「『雷鳴』」
剣に落ちた雷は、柄を伝って男の体にも流れた。その衝撃で剣を取り落とす。
「あぁ、うぅぁっ」
「『麻痺』」
少し強めに魔術をかけると、男は完全に動けなくなった。取り落とした剣に目を向けると、柄の部分にまたしてもモノグラムがあった。だが、今はそれよりも。
「王妃様、大丈夫ですか?」
「え……ええ…少し……苦し…けれど………ぶよ」
「…………!」
時折苦しそうに咳き込んでいる。声も掠れており、到底大丈夫だとは思えない。一刻も早く毒をとらないと。
そこに、騒ぎを聞いて駆けつけてきた騎士が集まってくる。念のために全員の攪乱を確認すると、本物の騎士達にその場を任せ、王妃様を抱えた。
「無礼をお許しください。少し揺れますが、必ず助けます」
「…………」
王妃様は小さく頷いて目を閉じた。苦しそうな姿は見ていられない。治癒をかけながら訓練所に急いだ。




