69-I 意外な一面
ゲオルグ様達に静かについて行くと、やがて見覚えのある場所に来た。つい先日、クラウス殿下と初めて会った場所。陛下の休憩室だった。
ゲオルグ様がドアを軽く叩いて開ける。わたし達もそれに続いて入室した。
「ユリウス、連れて来たぞ」
「父上、ありがとうございます。四人とも、そこに座りなさい」
それだけ言うと、ゲオルグ様とカリオン様は部屋を出て行った。
ソファの前に立った陛下の横には、お父様が並んでいた。とりあえず言われた通りに腰かける。右にレオンハルト、左にはシリウスが座る。クラウス殿下はシリウスの隣に座った。
どうしてここに呼ばれたのだろう。もしかして、何か怒られるかしら。
不安になってお父様を見つめると、お父様が優しく微笑んで頷いた。その笑みに少しだけ安心する。
「今日呼んだのは他でもない、クラウスの事だ」
陛下が話し始める。曰く、シリウスと違って隠されて育てられたクラウス殿下が、来年学院に入学するという。しかし、そこに問題が一つ。そう、呪いの副作用だ。
「……クラウス、学院で一人でやっていけるか?」
「…………」
そうよね、確かに王宮ですれ違う騎士や侍女にさえ怯えてしまうのだから、学院生活は辛いものがあるわね。案の定クラウス殿下は小さな声で否定した。
「そこでだ」
そう答えるのが分かっていたのだろう、陛下は頷くとレオンハルトの方を見た。隣でビクッとしたのが伝わる。陛下はレオンハルトに一体何をさせようとしているのかしら。
「レオンハルト、お前を一年繰り上げで学院に入学させる」
「…………!?」
なるほど、学院にはシリウスやわたしもいるけれど、授業まで一緒に受けるわけにはいかない。その分レオンハルトを一緒に入学させれば、クラスは異なってしまうものの、ある程度は手助け出来る。
「……僕で宜しければ、是非」
「ああ、ありがとう。それと、昼休みや授業終わりは、シリウス、そしてアイリーナもクラウスを頼む」
「分かりました」
シリウスと一緒に頷く。それを見た陛下は安心したように息をついた。それにしても、陛下のシリウスとクラウス殿下に対する態度、差があり過ぎる気がするわ。先日の挨拶の時は、シリウスは真剣に注意されていた。その一方でクラウス殿下には優しかった。
こちらを見ていたお父様が陛下に告げた。
「ユリウス、シリウス殿下が不満そうだぞ」
「クラウスの今まで奪われていた物を考えれば不公平ではないだろう」
「……ああ、確かに」
お父様が納得し、横でシリウスが小さく頷いた。それもそうよね、呪いのせいで人に逃げられていたクラウス殿下と違って、シリウスの近くにはいつも人がいたもの。皆から少しずつもらうのと、一人からたくさんもらう事の違いかしら。
考えるわたしの耳に、お父様達の会話が飛び込んできた。
「ところでテオドール、少し時間はあるか?」
「…おいユリウス……まさか……?」
「流石はテオ、よく分かってるな」
顔を上げると、ああ、とため息をついて頭を押さえるお父様。その横には、子供のような笑顔を浮かべる陛下がいた。ええと……?さ、さっきまで真剣にクラウス殿下の入学について説明していた人と同一人物には、どう見ても見えないわ……?
「父上……?」
「父上、どうなさったの?」
シリウスとクラウス殿下も今の陛下に困惑しているみたいね。
「……それで?今回は何をするつもりだ?」
「もちろん、魔術対決だ」
魔術対決……な、何か陛下がとても幼く見えるわ………
無邪気に笑った陛下は、先に行くからと言って部屋を出て行った。それを見送ってお父様が大きくため息をついた。
「全く……あいつのいたずら好きは…昔から変わらないな……」
呟きながら立ち上がったお父様は、部屋を出ようとして振り返った。
「……一緒に来るか?」
「えっと…父上は一体何を……?」
「魔術対決だ。とは言うが、魔術を使ったいたずらみたいな物だ」
「楽しそう……!行っても良い?」
「もちろん、さあこっちだ」
お父様は目を輝かせたクラウス殿下に頷いた。仕方ないと言いつつ、どこか楽しそうなお父様について行く。
「兄上も、ほら」
「えっ、あ、クラウスっ」
クラウス殿下がシリウスの手を掴んで連れていく。部屋に残されたわたしはレオンハルトの方を見た。
「レオン、どうする?」
「………」
「レオン?」
レオンハルトは先程まで陛下が座っていた所を見つめていた。心ここに在らずといった表情をしている。わたしはレオンハルトの正面に回り込んで、頬にそっと手を伸ばした。
「…………!リナ姉様、な、何ですか?」
「ふふ、レオンが珍しくぼうっとしてたものだから」
笑いかけると、レオンハルトは少し頬を膨らませた。
「もう、びっくりさせないでくださいよ。ただでさえ陛下の変わりように驚いているんですから」
「そうね、あれは驚いたわ。それで、陛下の所にお父様とクラウス殿下、シルが行ったのだけど、わたし達はどうする?」
「…行ってみたい……」
「それなら行きましょう」
部屋を出ると、既にお父様達の姿はなかった。とりあえず来た方向に向かう。少し歩いて角を曲がると、お父様らしき姿を見つけた。だけど、あれは……
「…………」
「………?」
そちらに行こうとしたレオンハルトをそっと止めると、首を振って指を唇に当てた。わたしの行動の意味を理解したレオンハルトは、気配を消してわたしに寄り添った。そのまま気づかれないように通り過ぎる。
見覚えのある庭園まで来た所で、再びお父様を見つけた。後ろにシリウスとクラウス殿下がついている。今度こそレオンハルトが駆け寄った。
「父上!」
「ん?ああレオン、遅かったな。だが王宮で走っては駄目だ」
「…はい、すみません」
謝ったレオンハルトがこちらを振り向く。その目には疑問が浮かんでいた。先程の人物についてだろう。わたしは分かってるわ、と頷いた。だけど、あれを話すのはここでではいけない。せめて、どこかの部屋に入ってからだわ。
やがてお馴染みの訓練所に着いた。中では、奥の方に陛下が立っていた。
「さあ、ここまで来れたら僕の負けだ。かかってこい!」
「父上、僕もやっても良いですか?」
「もちろんだ、クラウス、シリウスも。ただ、あちこちに罠を仕掛けたから、引っかからないようにな!」
楽しそうに一歩踏み出したクラウス殿下。その後をシリウスが追う。しかし、少し進んだ所で泡に取り囲まれた。
「うわっ!?」
「はははっ、そんなのはまだ序の口だ」
「絶対父上に勝ってやる!『突風』!」
クラウス殿下が瞳を緑に輝かせて泡を吹き飛ばす。一方でわたしとレオンハルトはお父様を捕まえた。
「父上」
「何だ?」
「あの、先程お父様に良く似た人影を見かけたのです。陛下の休憩室の近くで。しかし、感じた事のない魔力だったので、もしやと思いまして」
「……分かった。調べてくるからここにいなさい」
「あっ、あと、その人恐らく火属性ですので。お気をつけて」
「ああ、大丈夫だ。ユリウス、少し出て来るから、この子達を頼む」
お父様は微笑んでわたし達の頭を撫でると、真剣な表情になって部屋を出て行った。
「リナ姉様、もしや、って……?」
「簡単に言えばスパイね。ああ、重要な書類が燃やされなければ良いけど……」
「アイリーナ、レオンハルト!お前達も来なさい!」
陛下の声に二人して苦笑いする。そして、陛下の罠があるかもしれない場所に飛び込んだ。難しい事は後で考えれば良いわよね!




