68-I 姉弟と兄弟
訓練所に入った途端、どこからか水刃が飛んできた。咄嗟にクラウス殿下の前に出て手を前に出す。
「『防壁』」
きっちりと水刃を防ぐ。そして、飛んできたと思われる方を向くと、そこでは水と炎がせめぎ合っていた。
「……て……さい!」
「……ろん、や……く…!」
シリウスとレオンハルトが戦っていた。双方の手から吹き出した魔術が二人の中心でぶつかる。炎は水に弱いはずだけど、レオンハルトの火炎はシリウスの水砲をしっかり受け止めていた。
「……すごい…兄上も…レオンハルトも……」
いつの間にか横に来ていたクラウス殿下が呟く。その横顔からは先程の不安や怯えは感じられない。寧ろ楽しそうに笑顔を浮かべるとその瞳が緑色に輝いた。
「僕も入れてください!『風刃』っ」
数個の風刃を飛ばしながら、クラウス殿下が二人の所に駆けていく。わたしもその後を追う。
飛んでくる攻撃に気がついた二人は、攻撃の手を止めて風刃に対応した。そして漸くわたし達に気づいたらしい。二人してハッとした後、レオンハルトが駆け寄ってきた。
「リナ姉様!」
「ふふ、レオンお待たせ。魔術の練習を致しましょうか?」
「はい!」
笑顔でわたしを見上げていたレオンハルトは、そういえばと振り返る。
「どうしてクラウス殿下がいらっしゃるのですか?」
「ここに来る途中でお会いしたのよ。ところで、わたしは一言もクラウス殿下とは言ってないのだけれど、どうして分かったのかしら?」
うっと詰まったレオンハルト。瞳の奥が揺れ動いていたけれど、ゆっくり瞬きすると意を決したように口を開いた。
「……実は、リナ姉様が学院に通うようになってから、魔術のレッスンが終わった後に、アイリスと一緒に殿下の部屋に遊びに行ってました」
「そうだったの」
「レオンハルト!」
クラウス殿下に呼ばれ、レオンハルトがそちらに向かう。それを見ていて何かが引っかかった。何だろう、何か重要な事のような気がするのだけれど………
「リリー」
「リナ姉様」
「アイリーナ姉様」
三人に同時に呼ばれ、考え事を中断する。重要な事なら、その内思い出すわよね。軽く頭を振って切り替えると、三人の元に向かった。
「何でしょう?」
「リナ姉様、早く魔術の練習を始めましょう」
「その次は僕だからな」
「あっ、兄上ずるい!僕も一緒に練習したい!」
「え、えっと……」
いつの間にシリウスとクラウス殿下ととも練習する事になったのかしら?それは良いのだけれど、二人待たせるのも悪いわね。
「でしたら、三人同時にお相手しますわ」
一人ずつでなくてはいけない理由なんてないし、まとめてしまいましょう。そうすればわたしの練習にもなるわ!それぞれの強さに合わせて魔術を調節する練習、魔力変質以降はやってなかったし、ちょうど良いわ。
「…そうだった、リリーはこういう人だった」
「僕が約束してたのに……」
「わあ、姉様と練習出来るんだ………!」
三人はそれぞれ何事か呟いていたけれど、やると決めたらすぐ行動するわたしの耳には届かなかった。
ある程度離れた所で、振り返って泡を浮かべる。それが、練習開始の合図だった。すぐさま攻撃が来る。
「『氷矢』、『防壁』」
とりあえず氷矢をお見舞し、攻撃を防ぐ。相手の大体の防御力、攻撃力を推測する。シリウスはさほど変わらない、レオンハルトは少し強くなったわ。クラウス殿下は、今の魔術こそ弱いものの、練習すればかなり、シリウス並に強くなるだろう。
三人が氷矢を防ぐのを見た所で、三人を別々に相手する事にする。まずはシリウス。いつも一緒に練習していたので、普通の攻撃には慣れている。だけど、確かこれはやってないはず。
「『麻痺』」
防壁くらいならすり抜けてしまう状態異常の攻撃。動きや魔術の威力を落とすような攻撃は、今までして来なかった。わざわざそんな事をする必要がなかったから。しかし。シリウスはかなり強い。今後、戦う相手が皆正攻法で攻めるかというと、きっと勝ちに来るだろう、このくらいの攻撃が来てもおかしくないわ。
シリウスに麻痺をかけてしまうと、レオンハルトを見据えた。もう一度、今度は少し威力を上げて氷矢を撃つと、レオンハルトの防壁が崩れた。さらに攻撃を加えようとすると、レオンハルトは急いで防壁を張った。
「『氷矢』、『封印―”防壁”』」
再び防壁を崩すと、防壁が張れないように『封印』をかける。闇属性上級魔術で、指定した魔術を使えないようにするもの。レオンハルトは攻撃力こそ申し分ないものの、防御を防壁に頼りすぎている。その戦い方では、相手に連撃されると弱い。だから、防壁なしで攻撃を受け止められるようになってもらわないと。
麻痺で思うように動けないシリウスと、防壁が使えないレオンハルト、そして魔術をあまり練習していないと思われるクラウス殿下。さあ、これからが本番よ。
三人に向かってかなり威力を落とした水球を飛ばす。これは皆難なく防ぐ。そこからだんだん威力を上げていき、一般的な威力の水球を防げるようになると、水刃に切り替えた。これもかなり低威力から始める。
ある程度の攻撃が防げるようになった頃には、三人とも疲れ果てていた。体には幾つか傷がついている。そろそろ終わりかしら。
「ふふ、お疲れ様。『快癒』」
シリウスの状態異常と合わせて、それぞれの傷を治す。三人の方に近づくと、シリウスが苦笑いしながら聞いてきた。
「今の、リリーの練習になってないだろう」
「そうかしら?」
「そうですよ、僕達だけ強くなって、リナ姉様は……」
「そうでもないわよ」
心配そうに見上げてくるレオンハルトの頭を撫で、微笑む。
「『麻痺』や『封印』がかけられた人の反応が見れたわ。それに、威力をあれだけ落とすのは大変なのよ?」
「本当?」
「ええ」
「良かった」
ほんのり笑ったレオンハルトは、わたしの後ろを少し見てあっと声を漏らした。振り返るとそこには、いつの間にか入って来ていたカリオン様とゲオルグ様が立っていた。
「陛下が少しお話されたいそうだ」
「ああ、四人ともにな」
それを聞いて、わたし達は顔を見合わせた後、頷いた。




