66-S 僕の婚約者
今日のアイリーナは格段にかわいい。というか寧ろ美しくて綺麗だ。目の色に合った滑らかな水色のドレスは彼女のしなやかな体を強調し、胸元のサファイアが全体を彩っている。それでクラウスの部屋に行くなんて、嬉しい反面心配だ。一体何をするつもりなんだと思っていたら。
「"強大なる光の精霊よ、我、その力を以て、かの者にあらん限りの祝福を与えん、『天女祝福』"」
王宮ではあまり魔術は使えないんだが、僕はそれどころではなかった。呪文を唱えたアイリーナから光が溢れ出し、クラウスを包み込んだ。その様はおとぎ話に出てくる女神様のようで、後ろ姿ながら僕はアイリーナに見惚れた。
しかし、光の中から現れたクラウスを見て、アイリーナの事すら頭から吹き飛んだ。頬の火傷のような跡は消え去り、青白くて心配だった肌も血の気を取り戻している。瞳には輝きが宿り、王家の証である銀髪を揺らしていた。
ま、まさか、クラウスの呪いが…………解けた……?
信じられない事態に僕の頭は追いつかない。漸く周りを見れるようになった時には、クラウスがアイリーナの手を握っていた。えっ、僕はまだ手を繋いで歩いた事なんてないのに。思わず聞いてしまった。
「クラウス、何で僕の婚約者と手を繋いでいるんだ?」
「少しくらい許してよ、外に出たの久しぶりなんだよ」
「……今だけだからな」
クラウスの返しに納得するしかない。今まで呪いのせいで全然部屋の外に出なかったから。だけど、クラウスの喜んだ表情からは、それ以上の物を感じて、僕は不安になった。
父上、母上とクラウスが感動の再会を果たし、遂にデビュタントの時が来た。そっとアイリーナの手を握ると、どうしたのかと聞かれて、また不安になる。クラウスは良くて僕は駄目なのか?
『そんなわけないじゃない』
紋章を通じてアイリーナが言う。しかも、僕のおかげで緊張せずにすんでいると言われれば、もっと頼られるように、しっかりしなくてはと思う。だけど、アイリーナには知らせていないが、婚約発表と同時に僕が王太子になる事になっている。父上には頷いたが、こんな僕が、本当に王太子なんて務まるのか?
不安が伝わったのか、アイリーナが心配そうに聞いてきた。
『緊張してるの?』
『………少しだけ』
『何か緊張が解れる事、ある?』
優しく聞いてくるアイリーナ。ああ、こんなんじゃ駄目だ、もっとしっかり、頼れる人にならなきゃ。少なくともアイリーナには頼ってもらいたい。何でも出来るアイリーナに任せてばかりではいられない。
考えていると、アイリーナがそっと手を離した。どうしたのかと思って見ると、僕を見上げてくる不安気なアイリーナと目が合った。
「シリウス様、わたしも緊張してきましたわ」
滅多に見ないアイリーナの不安気な姿に、驚くと共に安心した。そうだよな、いくらアイリーナがすごい事をしても、僕と同じ、緊張もするし不安にもなるんだ。だったら、その時は僕が支えるんだ。そっと手を差し伸べる。
「大丈夫、僕に、僕のエスコートに任せて」
「…はい」
アイリーナが僕の手を取った。大丈夫だよ、アイリーナが不安な時は僕がいる。あの魔獣の時みたいに。そして、その時は僕がしっかりするんだ。アイリーナをしっかり支えられるように、頼れる王太子になってみせる!決意と共に真っ直ぐ前を向いた。
「……王太子シリウス、そしてその婚約者アイリーナ、入りなさい!」
やがて聞こえてきた父上の声でドアが開けられる。ホール内の人々の視線に横のアイリーナが小さく震えた。大丈夫だよと囁く。怯える事なんてない、僕がついてるよ。
アイリーナを安心させるためにしっかりと歩き出す。ホールを歩く僕達を見てくる人々からアイリーナを守るように。
ある程度進んだ所で、周りの空気が一変した。それまで驚きと不満がほとんどだったのが、一気に好意的な雰囲気になった。急な変化に驚きつつも父上の所まで辿り着く。宣言と共に父上の隣に立ち、人々に向かって礼をした。これでやっとアイリーナが僕の婚約者だと言える。アイリーナに近づいてくる奴らを今まで以上に牽制出来る。
そうして安心したが、それも父上の宣言で崩れ去る。
「今年のデビュタントは、若き二人に託す」
デビュタントを託す?ファーストダンスなら分かるが、どういう事だ?
「ダンス前のイリュージョン、アイリーナがやりなさい」
ああ、そういう事か………………って、はぁっ!?
僕が驚いている隙に、アイリーナは納得したらしい。一歩前に出たアイリーナは大きく深呼吸した。いきなりそんな大役を任されて大丈夫だろうか。
そんな僕の心配とは裏腹に、アイリーナはバラを大量に増やし、宙に放って花びらを舞わせる。人々が舞い散るバラの光景に呆然としていると、自然な流れでアイリーナが花びらを一ヶ所に集めた。人々がこれで終わりかと思った所で、アイリーナが魔術を発動させた。僕はそのいつもの魔術を見て安心する。良かった、アイリーナ、あまり緊張していないみたいだ。
「まさかここまで……」
凍りついた後弾ける、色とりどりに煌めくバラの花びらを見ながら父上が小さく呟いた。ああそうか、僕は良いけれど、他の人々にはこれはやり過ぎだったか。そう思ってホールを見回すと、アイリーナを見る子息達の視線が普段と違う事に気がついた。まさか、今のでアイリーナに恋愛感情を持ったのか?駄目だ、アイリーナは僕の婚約者だ!
牽制するように、礼をしたアイリーナの手を取ってホールの真ん中に向かう。そしてダンスを踊り始める。何度も授業で踊ったダンス、アイリーナと息を合わせて踊る。学院では制服だったせいで分からなかったが、ドレスで踊るアイリーナは本当にきれいでかわいい。誰にも盗られたくない。
踊りながらアイリーナに文句を言う。理由が僕の嫉妬だと知られたらちっぽけだと思われるだろうか。
「父上が固まってたよ。まさかそこまでするなんてって呟いてた」
事実を述べる事で僕はそんな臆病な自分を隠した。だから、小さく吹き出したアイリーナの言葉に動揺した。
「だって、シリウスが王太子になるんでしょ?豪華に祝わないと」
大事な事を忘れていた。そうだ、他の奴なんて関係ない、大事なのはアイリーナが僕を見てくれる事。聞き返せばもちろんだと言われた。
「今日のシル、頼もしくてとても格好良いわ。流石王太子様ね?」
続けてこんな事を言われる。きれいなドレスに身を包んで、頬をほんのり赤く染めた大切な人に笑顔で、となると破壊力抜群だ。たとえ顔が赤いのがダンスのせいであっても。
「………っもうっ、リリー、それずるい。リリーだって、どんな人よりかわいいよ、離したくないくらい」
我慢できなくなってアイリーナを引き寄せる。不審に思われないようにそれに合わせてステップを変えても、アイリーナは微笑んでついてくる。ねえアイリーナ、そうやって純粋についていくのは僕だけにして?
ダンスを踊り終わると、父上に呼ばれた。
「シリウス、今日はデビュタントだ」
「それは存じてますが……?」
「アイリーナ以外の令嬢とも踊ってあげなさい」
アイリーナ以外とも………?そんなつもりなんて端からないのに。僕はアイリーナとだけ踊れれば十分なのに。
「どうしてです?」
不満を隠さずに言えば、父上が苦笑した。
「…全く。お前はアイリーナに依存し過ぎだ。他の人、状況を見る事も重要だ」
そんな事を言われても仕方ない。だが、父上に押し切られてしまって、僕は令嬢達と踊る事になった。王子としての笑顔を張り付け、やって来た令嬢達とダンスする。漸く父上に良いと言われた時にはクタクタになっていた。
アイリーナを探せば、すぐに見つかった。控えめに言ってもこのホールで上位三人に入るくらいの美貌の持ち主のアイリーナは、どんなに囲まれていても目立つ。それでいて無防備で純粋で。今だって子息達、令嬢達に狙われているとも知らずに、一人で飲み物を持って何事か考え込んでいる。
僕は周りを牽制しながらアイリーナに近づいて声をかけた。顔を上げて僕を見つめたかわいいアイリーナは、真顔で僕に爆弾を落とした。
「ねえシル、『かわいい天使に集まってくる堕天使に気をつけろ』ってどういう意味なのか、分かるかしら?」




