65-I 二人の忠告
「本当にきれいですわ!」
「ええ、わたし達には決して真似出来ませんわね」
令嬢達と踊るのに忙しそうなシリウスを置いてシャルロッテとフローラを見つけて近づくと、婚約を祝われた後にそう言われた。
「ただでさえお美しいのに、踊るとまた違った魅力が溢れて……」
うっとりとわたしを見ながらフローラがそんな事を言う。わたしは思わず苦笑いした。わたしはそこまで美しくないわよ。王妃様とか、お母様の方が断然お美しいわ!
「そういえば、二人はもう踊ったのかしら?」
「ええ、案外緊張はありませんでしたわ」
「わたしもです。結構楽しかったですわ」
「ふふ、良かったわ。もう踊らないの?」
それに顔を見合わせた二人は、曖昧に微笑んだ。
「いえ、その、相手が……」
「お相手?」
まさか、相手がいないから踊らないとかいう感じかしら?二人ともまだ踊りたそうにしているし、どうしましょうか。
そこにノエルとディランがやって来た。
「…アイリーナ嬢、婚約おめでとう」
「おめでとうございます」
「あら、ありがとうございますわ」
笑顔で祝福してくれる二人。そしてノエルは飲み物を持ってきてくれていた。相変わらずノエルはお兄ちゃんみたいだわ。一方のディランは目を輝かせている。
「なあリリー、さっきのイリュージョン凄かったな」
「ありがとう。出来が不安だったのよ」
「まさか。いつも以上にきれいな魔術だった」
興奮したディランが笑顔で言い切る。実技重視のディランが言うならきっと大丈夫。わたしも微笑んだ。ちょうど曲が終わり、ノエル、ディランが動くより少しだけ早くわたしに手が差し出された。
「アイリーナ嬢、私と踊って頂けますか」
「喜んで」
わたしをダンスに誘ったのはアレックス。断るわけもなく、その手を取った。一口飲んだグラスを給仕の人に渡すと、ある事を思いつく。
「シャルロッテ、フローラ、ノエル様とディラン様と踊って頂いたら?」
「えっ!?」
「ア、アイリーナ様っ」
どこか慌てたシャルロッテとフローラをノエル達に任せて、わたしとアレックスはダンスを踊り出す。少ししてアレックスが小さく囁いた。
「リーナ、婚約おめでとう」
「ありがとうアレク」
「今日のリーナは一段とかわいいな。まるで天使が降りてきたみたいだ」
アレックスが真顔でそんな事を言うから、思わずその顔をまじまじと見つめてしまった。天使?かわいいって…………わたしが?
「嘘じゃない。こんなかわいい天使を婚約者にしたシリウス殿下が羨ましい」
「ア、アレク……?」
どうしたのかしら?お父様やお母様はいつもの事だとしても、今日はシリウスにも言われたし、シャルロッテやフローラにも言われた。ドレスのおかげかしら?
そう思って改めてアレックスを見ると、確かに衣装が紅い髪に合って普段とは違って見える。シリウスと同じくらいに輝いて見えた。
「ふふ、アレクも、いつも以上に格好いいわよ」
そう言うと、アレックスが少し目を見張った後、ふっと微笑んだ。
「そういう事じゃないんだが……ありがとう」
笑顔のアレックスは本当に格好良くて、真顔でさえ令嬢達が放っておかないのに大変ね。だけど、そういう事じゃないって、ならどういう事だったのかしら。
曲が終わる直前に、アレックスに言われた。
「リーナ、天使には色々な人が集まってくるから気をつけなよ。特にリーナを堕とそうとする堕天使にはね」
「て、てん……? アレク、それってどういう……」
聞こうとした時にちょうど曲が終わる。礼をして改めて聞き直そうとすると、やって来た給仕の人に何事か告げられていた。振り返って言われる。
「ごめんリーナ、行かないといけなくなった。ダンス楽しかったよ、気をつけてな」
「あっ、わたしも楽しかったわ」
わたしが慌てて言うと、アレックスは少し微笑んで行ってしまった。それにしても、天使とか堕天使とか、どういう意味なのかしら?
再び飲み物を持って考え事をしていたわたしは、後ろから近づく人に気づかなかった。いきなり肩を叩かれて、同時に声をかけられる。
「アイリーナ」
「………っ」
驚いて声を上げそうになり、思わず口を押さえながら振り向く。飲み物が零れる寸前で止まった。そこにはきらきら光る真っ黒な髪の、なかなか顔立ちの良い男の子が立っていた。
「……?ええと、貴方は……」
「あれ、分かんない?ボクだよ、フォナム」
「まあ、全然気づきませんでしたわ」
率直に言うと、フォナムは苦笑いした。だって普段のフォナムと全然違うのよ。髪は輝いているし、表情も生き生きとしている。まるで別人みたいになっていた。
「今日はどうなさったの?いつもそんなに格好良くないじゃない?」
「地味にひどいな」
そう言って笑ったフォナムは、どう見てもどう考えても普段のフォナムとは結びつかない。ぼうっとしているとフォナムが真剣な顔になった。
「気をつけて。今まではボクが見ていたけど、これからは自分で注意するんだ」
「えっ?フォナム、どこか行ってしまうの?」
「ああ、今年度で学院を辞めるよ」
「そんな…」
「だから、アイリーナとセシリア王女様にお別れを言いに来た。もう一度言うけど、気をつけるんだよ。これから学院を卒業するまでは、特に」
「どうして?」
「今は分からなくて、知らなくて良いから、心に留めておいて」
「……分かったわ」
釈然としないながらも頷くと、フォナムは満足げに笑った。
「またどこかで会いましょう、『しろねこ姫』様」
それだけ言って、フォナムは人混みに消えていった。
残されたわたしは二人の忠告について考える。だけど、二人して"気をつけて"なんて、一体どういう事?というか、そもそも同じ事を心配して言ったのかしら。きっと違う、二人とも別の事についてだわ。
アレックスの『天使』はドレスを着たわたし、つまり今日初めてのはず。だけど、フォナムは『今までボクが見ていた』と言った。
だけれど、わたしは一体何に気をつければ良いのかしら。それも二つもだなんて、全く分からない。飲み物を飲みながら暫く考えていた。




