64-I 三つの祝い事
中から陛下の声が漏れ聞こえてきた。
「……そして、第一王子もだ」
その声に横で深呼吸する気配がした。
「ここに、第一王子シリウスを、王太子とする事を宣言する」
えっ、嘘!? シリウスが、王太子!? わたしは驚いてその横顔を見つめてしまった。しかし、当のシリウスは強い瞳をドアに向ける。その姿に頼もしさを感じ、そっと寄り添った。だけれど、わたし、王太子様の横にいて大丈夫かしら?シリウス、王子様より数段上に行ってしまった気がするわ。
「……王太子シリウス、そしてその婚約者アイリーナ、入りなさい!」
陛下の命令と共にドアが開かれる。煌びやかな装飾のなされたホール内は、陛下の言葉に騒然として、そしてドアの方を見て静まり返った。
人々の視線を一心に浴びたわたしは思わず怯んだけれど、大丈夫だよとシリウスが囁いた事で不安と怯えを押さえ込んだ。
しっかり前を向いたシリウスが一歩踏み出す。それに合わせるようにわたしも歩き出す。正しく王子という堂々とした歩みのシリウスの横で、公爵令嬢としてのマナーを完璧に守り、シリウスを引き立てるようにエスコートされる。
ホール内の注目を集めながら歩くわたし達に、誰も、何も言わない。そんな反応に逆に不安になってきたわたしは、それを払拭するように微笑みを浮かべる。うん、笑っていれば大丈夫!
そして陛下のいる壇に辿り着く。シリウスと共に礼をとった。
「父上、ただ今参りました」
「顔を上げよ。今ここに、シリウス·サン·アイルクス王太子とアイリーナ·フォン·セイレンベルク公爵令嬢の婚約を発表する」
この言葉と同時にわたし達は陛下、そして王妃様の横に並び立つ。そして、ホール内の人々に礼をする。これで婚約発表は大丈夫ね。
顔を上げたわたしはお父様を見つけた。優しく微笑んでいて、わたしが見ている事に気がつくと小さく頷いた。その横にはお母様が寄り添っている。
そして、陛下が声を響かせる。
「今年のデビュタントは、若き二人に託す」
ん?ファーストダンスではなくて、今年のデビュタント?思わずお父様を見れば苦笑いしている。混乱したわたしは陛下にそっと言われた。
「ダンス前のイリュージョン、アイリーナがやりなさい」
「大丈夫、リーナなら上手くいくわ」
え、ええぇぇ!? ダンス前のイリュージョンを、わたしが!? この国の王家主催のダンスパーティーではダンスの前に王妃様が軽く魔術で盛り上げるという風習があるのだけど、それ、わたしがやるの!?
ちらと横を伺えば、イタズラが成功したような表情の陛下と、優しく見守る王妃様。これは、やるしかないわ。
諦めて一歩前に出ると、大きく深呼吸する。そして、イメージを膨らませる。シリウスの王太子、そして婚約の発表に、デビュタント。三つも重なっているのだから、少し豪華にしましょう!
「『成長』」
まずは飾られていたバラを成長させて数を増やす。ある程度増やした所で、全て宙に放った。
「『突風』」
そこに風をあて、花びらを舞わせる。間違っても床に落ちたりグラスの中に入ったりしないように気を使いながら風を操る。そして、花びらを一ヶ所に集めると。
「『凍結』、『発光』」
こういうイリュージョンには欠かせないわよね、『発光』は。集めたバラを凍らせて、弾けさせると同時に光を当てる。ホール中が一層煌めいた。全て舞い落ちてから、邪魔にならないように『掃除』をかけて礼をした。
イリュージョンが終われば次はファーストダンス。シリウスに手を取られてホールの真ん中に向かう。そして曲が流れ出す。わたしとシリウスは同時に一歩を踏み出した。
「リリー、さっきのはやり過ぎじゃないか?」
「イリュージョンの事?」
踊りながら聞いてくるシリウス。聞き返すと頷いた。
「父上が固まってたよ。まさかそこまでするなんてって呟いてた」
わたしはそれを聞いて小さく吹き出した。少なくともクラウス殿下を治した時よりは簡単な魔術だったと思うわよ?
「だって、シリウスが王太子になるんでしょ?豪華に祝わないと」
笑顔で言えば、シリウスが目を見張った。そして優しく微笑む。
「僕のために?」
「もちろんよ。今日のシル、頼もしくてとても格好いいわ。流石王太子様ね?」
「………っもうっ、リリー、それずるい。リリーだって、どんな人よりかわいいよ、離したくないくらい」
呟くと同時に腰を抱き寄せられる。そのまま別のステップを踏むシリウスに驚きながらも微笑んでついていく。最後にターンを決めて曲が終わると、ホール中から大きな拍手が巻き起こった。
「……では、各々楽しんでくれ」
そう言った陛下にそっと呼ばれる。踊り始めた人々の間を縫って陛下の元に向かうと、そこにはお父様もいた。
「リーナ、派手にやったな」
「やり過ぎでしたか?」
「いいや、やろうと思えばもっと出来ただろう?」
「まあ、そうですわね」
楽しそうなお父様に聞かれて話していると、それを聞いていた陛下が苦笑いした。
「いや、私は泡を光らせるくらいかと思ってたんだ」
「折角託されたリーナがそれで終わらせるわけがない」
「全くその通りだな」
一方で王妃様は笑顔で褒めてくれた。
「リーナ、良くやったわ!今までで一番のイリュージョンだったわ!」
「王妃様、ありがとうございます」
「それに、そのドレス!リーナに良く似合っていて、とってもかわいらしいわ」
「良かったです、実は少し不安だったんです」
「不安になる事ないわ、堂々としてなさいな」
その言葉にやっと不安も緊張も消え去った。それにしても良かった、ちゃんと役目を果たせたみたいだわ。いきなり言われた時は何かと思ったけれど、きっとこれが最後の打ち合わせの内容だったのね。




