63-I 最後の打ち合わせ
どうした物かと悩んだ挙句、クラウス殿下を打ち合わせの場に連れて行く事を思いついた。未だぼうっとわたしを見つめているクラウス殿下に話しかける。
「あの、クラウス殿下?」
その声に一つ瞬きをして、ゆっくりとわたしに焦点を合わせる。そして呟いた。
「………な、に……?」
「これから陛下にお会いしに行くのですけど、一緒に行かれますか?」
「……父上に…」
クラウス殿下が小さく頷いた。わたしは振り向いてシリウスにも声をかける。
「シル、打ち合わせ場所に行きましょう?」
「…………ああ…」
まだぼうっとしているシリウスに続き、部屋を出て打ち合わせ場所に向かう。左には怯えたようなクラウス殿下。だけれど、しっかりとわたしの手を握って歩いている。そして、そんなわたし達を不思議そうに眺める王宮の人々。そうよね、王子とその婚約者が、よく分からない王子に似た人を連れて歩いていれば気になるわよね。
歩くうちに気を取り直してきたシリウス、もう少しだと言って振り返るなり不機嫌そうな顔になった。
「クラウス、何で僕の婚約者と手を繋いでいるんだ?」
「少しくらい許してよ、外に出たの久しぶりなんだよ」
「……今だけだからな」
わたしにも不機嫌だと視線で訴え、シリウスは前を向く。一方でクラウス殿下は嬉しそうにしている。今まで呪いのせいで出歩けなかったのよね、こうして普通に出歩けるのが嬉しいに違いないわ。
打ち合わせ場所に着き、シリウスがドアの前にいる侍女に取り次ぎを頼む。礼をして不思議そうにクラウス殿下を眺め、侍女が中に入った。すぐにドアが開けられ、シリウスを先頭にわたし達は部屋に入った。
部屋に入るなり礼をしようとしたわたし達に陛下が良いと言う。
「そこに座りなさい。今日は楽しみだよ、シリウス、アイリーナ。そして、君は……」
「父上、クラウスです」
怪訝な顔をしてクラウス殿下を見た陛下は、クラウス殿下の言葉を聞き目を丸くした。
「はっ?クラウスって、いや、まさか、クラウス?」
「本当なの?」
混乱する陛下。その横に座っていた王妃様がクラウス殿下を見つめながら立ち上がる。そして、クラウス殿下に近づいた。
「本当なのね、クラウス、良かったわ……!」
「……母上…」
しっかりとクラウス殿下を抱きしめる王妃様。そして、それを信じられないように見つめる陛下。
「信じられん………クラウス、だと……」
「はい、間違いないです」
「……呪いは、呪いはどうした?」
「それは……」
陛下と話していたシリウスがわたしを見る。つられて陛下もこちらを向いた。
「呪いでしたら、恐らく解除出来たかと思いますわ」
「なっ……!? 呪いを、あの呪いを解除だと!? そんな馬鹿な…」
「父上……僕だってこの目で見たのにまだ信じられませんよ…」
えっと、わたしはどうすれば良いのかしら…… シリウスと陛下は呆然としているし、王妃様はクラウス殿下を抱きしめたまま。とりあえず座ろうかしら。確か陛下が座れと仰っていたわ。
しかし、座った途端に全員の視線を感じて、反射的に立ち上がってしまった。そんなわたしは、クラウス殿下を離した王妃様に抱き寄せられた。
「えっ、お、王妃様……?」
「ありがとう、ありがとうねアイリーナ……シリウスも、クラウスまでも救ってもらって……」
「あ、あの……」
しっかりと、だけど髪を崩さないように抱きしめる王妃様は、優しいオレンジの香りがした。わたしは暫くそのままでいた。
漸く我に返ったらしい陛下が言う。
「……すまん、打ち合わせだったな」
「あら、残念ながら時間になってしまったみたいですわよ?」
「母上……わざとですか……?」
「いいえ?そんな事ないわよ?ところでアイリーナ、リーナって呼んでも良いかしら?」
わたしが頷くと、王妃様は笑顔になった。一方で陛下とシリウスは苦笑いしている。
「では、そろそろ行こうか。クラウス、お前はどうする?」
「……まだ慣れないので、部屋で待ってます」
「そうか、分かった」
去り際、振り返ったわたしに、クラウス殿下が寂しそうに微笑んだ。わたしも微笑み返す。きっとまた独りなのが寂しいのね。今度レオンハルトでも連れて来ようかしら。同じくらいの男の子同士、きっと話が合うわよね。
ダンスホールに移動する間、わたしはシリウスの左側でずっと手を握られていた。
「シリウス様……?どうなさったのです?」
一応前に陛下と王妃様がいるので、かしこまった言い方をすると、繋いだ右手を強く握られた。
「………リリー……僕は駄目なのか……?」
わたし以外に聞こえないように囁く。そんなわけないわ。わたしは首を振ると、そっと握ってくるシリウスの手を両手で包み込んだ。
『駄目なわけないじゃない。寧ろ、わたしの緊張を解してくれてありがとう、シル』
『……良かった』
それ以上は流石に歩きにくいので、再び手を繋いで歩き出す。そして、ついにダンスホールの入口に着いた。
「では、私達は先に行くが、シリウス、分かってるな」
「はい父上」
「リーナ、緊張しなくて良いのよ、ただ歩くだけよ」
「はい、ご心配ありがとうございます」
陛下と王妃様が入口の人に何か言う。すると、ホール内に陛下方の入場が知らされ、ドアが開けられて中へ入っていった。わたし達は呼ばれるまではここで待機という事になっている。
繋いだ手が震える。どうやらシリウスも緊張しているらしい。最近王宮に来る度にシリウスに緊張を解してもらっているから、今はわたしの番ね。先程のように両手でシリウスの手を包み、紋章の力を発動させた。
『シル、緊張してるの?』
『……リリー………少しだけ、な』
『何かして欲しい事、緊張が解れる事、ある?』
色々考え出したシリウス、その考えがわたしにも伝わってくる。それを自然に実行する。
少しだけわたしより高いシリウスを、より見上げるように少し屈む。そして、握っていた手を離して不安そうに胸の前で交差させた。
「シリウス様、わたしも緊張してきましたわ」
これを見て、一瞬驚いたシリウスはやがて微笑んだ。手を差し出してくる。
「大丈夫、僕に、僕のエスコートに任せて」
「…はい」
再びその手を取れば、シリウスは毅然と前を向く。もう緊張の欠片もないその横顔に、安心を抱くと共に少しだけ胸が高鳴った。




