60-I 本番
ついに迎えたダンスパーティー、わたし達のデビュタントの日。午前のダンスの授業が終わると、わたしはセイレンベルク公爵家の屋敷に帰る事になっていた。
「アイリーナ様、いよいよですわね」
「そうね、だけど授業と変わらないわ、普通に踊るだけよ?」
「流石にそれは無理ですわ……」
本番前の最後の授業が終わり、今から緊張した風のシャルロッテとフローラ。そんな二人にのんびりと言えば、逆に緊張させてしまったよう。これは失敗したかな、そう思った時、後ろから声をかけられた。
「ダンスパーティー、楽しみだな、リリー?」
その言葉に困ったように振り向く。もう、シャルロッテやフローラは慣れたとはいえ、他に人もいるのにリリーなんて呼ばないで欲しいわ。
そう思って辺りを見たけれど、いつの間にかわたし達六人─わたし、シャルロッテ、フローラにシリウス、ノエルとディラン─以外はいなくなっていた。というか、だからこその呼び方よね。
「そうね、楽しみではないと言ったら嘘になるわね」
「素直に楽しみだって言えば良いのに……」
「まあ、不安はあるだろうな」
少し頬を膨らませたシリウスに、ノエルが宥めるように言う。シリウスはそんな事と言って首を振ろうとして、あっと納得した。
「そっか、そうだよな」
そしてなぜかとても嬉しそうに笑った。
「楽しみにしてるよ」
「では、準備してきますわ」
「ああ、王宮で会おう」
それだけ言って、わたしはその場を離れた。
家に帰る途中で『ランブランド』に寄る。そして出来上がったドレスを見て感嘆の声が漏れる。
「どうでしょう?」
「素晴らしいわ!流石フィリップさんとカイルだわ!」
「それは良かったです」
「ミル、着付けは任せるよ」
「はい、もちろんですお父様」
「ドレス、ありがとうございます!」
そして今度こそ家に帰った。
家に着くと、まずはお風呂に入った。ダンスの授業で汗ばんだ体を清め、すぐに上がる。すると、即座にミル達侍女に囲まれ、あっという間に体を拭かれると、手早くドレスを着付けられる。
「まあアイリーナ様、このドレスとてもお似合いです!」
「本当、瞳の色と良く合ってます」
「それにこのデザイン!アイリーナ様の美しさ、かわいらしさを良く引き立ててますわ!」
フィリップさん達に作ってもらったドレスは、ぴったりわたしの体に吸いつき、上半身のラインをしっかり引き立てている。一方でスカートは吸いつかず、少しだけ広がるデザイン。試しにその場でターンすると、ふんわりと広がった。
「まあ、これは踊っているアイリーナ様にかなう者はいませんね!」
そして、無駄な装飾はなく、ただ一ヶ所胸元にさり気なく猫が刺繍されていた。
「まさに『しろねこ姫』様にぴったりですわ!」
「ふふ、ありがとう皆。このブローチをつけてくださる?」
着付けながら頬を赤くして騒ぐ侍女達に、アレックスからもらったサファイアのブローチを渡す。胸元、刺繍の横につければ、蒼い輝きでドレスまで煌めいた。
さらに、火属性が使える侍女に髪を巻いてもらい、それを元に髪の毛もセットした。
鏡を見れば、そこにはいつもより数段輝いたようなわたしがいた。まるでわたしではないみたい。サファイアの蒼がドレスと瞳を引き立て、金色の髪に交じるピンクまで輝く。そこにお母様がやって来た。
「リーナ、どうかしら?」
「お母様」
侍女達がさっと捌けて、わたしはお母様に向き直った。紅いドレスを纏ったお母様は、いつも美しい姿をより美しく見せていた。
「まあリーナ、とても綺麗でかわいいわ!」
「お母様もとても美しいですわ」
「ふふ、リーナには負けるわよ」
微笑むお母様。わたしも微笑んだ。
「それでは、また後で会いましょう?ダンス楽しみにしてるわ」
「はいお母様、ありがとうございます」
そう、そろそろ時間だわ。ダンスパーティーまではまだあるけれど、その前に打ち合わせがあるので早めに王宮に行く必要がある。わたしはドレスに気を使いながら馬車に乗って、王宮を目指した。
馬車の中で深呼吸する。ダンスは大丈夫、婚約発表も何とかなるだろう。気にしているのはクラウス殿下の事。
結局、魔術が一度も成功しないままこの日を迎えてしまった。だけど、出来る事は全てやった、呪文を唱えれば自然の魔力さえ動かせるようになった。後は、わたしの心の強さ、イメージの強さだけ。大丈夫、きっと、いや、絶対に成功させるのよ!
王宮で最後の打ち合わせをする前に、シリウスに会った。今日も白いタキシード姿で、だけど前回とは少し違うものだった。そんなシリウスは、わたしを見るなり顔を赤く染めた。
「かっ、かわいい……」
「シルも、とても格好いいわ」
そっと言われたその言葉に嬉しくなりながら返す。そして、その流れで頼み事をした。
「ねえシル、もう一度クラウス殿下にお会いしたいのだけど、連れて行ってくれません?」
「クラウスに?………良いけど、そんなに長くはいられないよ」
優しく見つめられる。そこには心配の色があった。大丈夫という意を込めてお礼をした。
「ありがとう」
シリウスに連れられて王宮を歩く。そして、ダンスパーティーで騒がしいのにも関わらず人っ子一人いない区画にある部屋に辿り着く。軽くノックして、シリウスが部屋に入った。わたしもシリウスに続く。
「クラウス、急に来てごめんな」
「いえ、それより何かあったんですか?」
突然の来訪者に驚くクラウス殿下。わたしとシリウスを交互に見て困惑していた。
「わたしがお願いしましたの」
言いながら決心する。絶対に成功させる、失敗は許されないわ。その決意のままに一歩前に出ると、深呼吸してイメージを膨らませる。クラウス殿下に纒わりつく闇の魔力を打ち払うように、光が包み込むように。
「"強大なる光の精霊よ、我、その力を以て、かの者にあらん限りの祝福を与えん、『天女祝福』"」
慎重に魔力を紡ぎ、イメージに合わせて魔術を発動させる。部屋中が光に包まれ、思わず目を閉じた。
光が収まってきた頃に目を開くと、目の前にはどことなく王妃様の面影のある男の子。輝くような銀髪に、ふっくらとした頬、そして輝きを取り戻した薄緑の瞳。目を開けると、可笑しそうに笑った。
良かった、成功したわ!
後ろからシリウスの呆然とした声が聞こえた。
「クラウス、お前、その顔……」
その声にキョトンとしたクラウス殿下は、引き出しから鏡を取り出して覗き込む。そして、驚きの声を上げた。
「!?なっ、まさか………」
食い入るように鏡を見るクラウス殿下。呆然としたように口を開け、徐に頬を抓った。
「……痛い………なら、これは……」
呆然としたままわたしを見上げるクラウス殿下は、静かに涙を流し始める。慌てて振り返ると、シリウスもまた口を開けたまま固まっていた。
わたし、どうすれば良いの!?
顔立ちの良い男の子が、涙を流しながらわたしを見上げてくるという謎の状況のまま、わたしは立ち尽くした。




