53-I 集まる理由
シリウスとの勉強会のおかげで、わたしの試験勉強は大体終わった。ただ、その後に婚約を申し込まれた時は本当に驚いた。わたしの前で跪いたシリウスは見た事もないくらい真剣で、そのおかげかわたしは迷ったものの婚約を受け入れた。
わたしも貴族令嬢だもの、どうせ政略結婚するなら知り合いの方が良いわ。その点、こうして優しく抱きしめてくるシリウスなら心配いらないと思った。
それから試験までは、わたしは実技指導に明け暮れた。行くたびに指導を受けに来ている人達の顔ぶれが変わっていた。そのせいで一々同じ事を言う羽目になったけれど、それも楽しかった。時には一年生も混じっていて、わたしは皆の意欲の高さに驚いた。
さらにAクラスでは、わたしは常に囲まれた。そのほとんどが男子で、勉強を教えて欲しいやら一緒にお茶会しないかやら。果てはマイトールを持ってきた者もいた。
そんな中、シリウスとノエル、ディランはいつも一緒にいてくれた。もちろんシャルロッテとフローラもいる。廊下を移動する時などは、集まってくる人達からわたしを守ってくれる。
試験まで後二日となった時、毎回人が集まってくる理由を五人に聞いてみた。
「何で皆様わたしなどの所に寄ってくるのかしら?」
「えっ?」
「それは本気で言ってるのか?」
「ええ、わたしなど少し勉強と魔術が出来るだけですわ。勉強ならそれこそシリウス様やノエル様の方が宜しいのではなくて?」
本当にそうなのよ。特に男子は同じ男子であるシリウス達の方がやりやすいと思うのよ。何せ向こうから聞いてきたのに緊張していたりするの。
「アイリーナ様、彼らの本当の目的はきっと勉強ではないですわ」
「だったら何なの?」
「本当に分からないのですか……?」
わたしが頷くと、五人で顔を見合わせた。えっ、本当に何なのかしら?わたしは囲まれた状況を思い浮かべる。皆わたしの方を見て、わたしの気を引こうとしている。それは何のため?
もしかして、セイレンベルク公爵家の権力かしら。それとも宰相のお父様の権力?或いはわたし自身の魔力?
「貴方方はご存知なの?」
「知っているというか、気づいてないのはアイリーナ嬢だけというか……」
「気づく?何にです?」
「………」
ディランが小さく駄目だこりゃと呟く。他の面々も頷いた。わたしは寂しくなってきた。わたしだけ何も分かっていない。目の前にいたシリウスを見つめて聞いた。
「どうして教えてくれないの?」
「……っ」
シリウスが息を飲み、その横のノエルとディランが固まった。シャルロッテとフローラは呟いた。
「これで無意識……」
「……ですわね…」
一方、目の前で少しずつ頬を赤くしていくシリウス。何度か目を瞬いた後、わたしの方に歩み寄ってきた。
「リリー、わざと教えなかったわけじゃないんだ。皆リリーの事を大切に思ってるよ」
「本当?」
「もちろん」
優しく微笑むシリウスに安心した。
「それでどうしてなの?」
「それは、その……」
「アイリーナ様」
シリウスは口ごもってしまった。代わりにシャルロッテに呼ばれる。振り返って何かと聞いた。
「きっと皆様、アイリーナ様と仲良くなりたいのですわ」
「あら、そうなの?それなら言ってくれればいいのに」
そんな事だったのね。それなら皆と仲良くしましょう。ただ、もう取り囲まれるのは嫌だから、条件でもつけようかしら。
「シ、シャルロッテ嬢、何て事を……」
「間違ってはいませんわ」
「いや、しかしそんな事を言ったら…」
歩きながら言い合うシリウスとシャルロッテ。わたしはフローラと話していた。
「アイリーナ様、本当に皆様と仲良くされるのですか?」
「そのつもりだけど……何かまずかったかしら」
「……一応お聞きしますけれど、先程の言動はわざとですか?」
「先程の言動?どれの事かしら?」
「……いえ、それなら良いのです……」
何だろう、先程の事があってから皆おかしいわ。シリウスは何だか焦っているみたいだし、シャルロッテはどこかそれを楽しんでいる。フローラも何かを諦めたみたいに見える。ノエル、ディランに関しては二人して何かを決意したようだわ。
暫くして皆と別れる。寮に入ろうとしたわたしは呼び止められた。
「リリー、話があるんだ」
「シル?」
シリウスについて少し場所を移動する。立ち止まって改めて向き合った。
「何かしら?」
「先程の話だが、集まる人達と仲良くするのは止めてくれ」
「どうして?」
「……まだ公表前とはいえ、リリーは僕の婚約者だ。だからこの先令嬢達に色々言われるだろう。そんな人達に、リリーを貶す格好の材料を渡さないでくれ」
切羽詰まったように訴えてくるシリウスの言葉に納得した。そうよね、王子の婚約者ともなれば、その評価は王子であるシリウスにもつきまとう。わたしが貶されるのはシリウスが貶されたような物だろう。それは避けなければ。
「分かったわ。でも、今みたいに勉強や魔術を教えるのは良いかしら?」
「……仕方ない、ただ僕も一緒にいる」
「シルも?」
それは嬉しい申し出だわ。一人であちこち駆け回っているから、とても疲れるのよ。だけど、良いのかしら。シリウスは王子だし、今後忙しくなっていくのではないの?
「シルも来るのなら、あの魔術指導の回数を減らすわね」
「本当に?ありがとうリリー」
嬉しそうに笑ったシリウスは、わたしの頭に手を載せた。やっぱり忙しいのね。
少しして手を離すと、優しい瞳で見つめてくる。
「もう一つあるんだ。実は、父上にリリーを連れて来いと言われたんだ」
「あら、いつですの?」
「試験が終わり次第だよ。リリーに僕の弟を紹介するって」
「弟?」
えっ、待って。シリウスって弟いたの?初めて知ったわ。でも、どうして今まで気づかなかったのかしら。魔術のレッスンでかなり王宮に行ったのに、一度も会ってないわ。
「ちょっと事情があって、弟、クラウスって言うんだけど、クラウスはほとんど人と会わないんだ」
「そうなの。初めて知ったわ」
「一応生まれた時に発表はしてるらしいけど、僕と違って全然出てこないからね。寧ろ父上が存在を隠したんだよ」
「その事情のせいで?……かわいそうに」
どんな事情かは分からないけれど、そのせいで隠れるしかなかったなんて、かわいそうだわ。わたしに出来る事なら何とかしてあげたいわ。
「せっかく会えるのですもの、仲良くなりたいわね」
「むやみに仲良くならないでって言ったばかりなんだが……是非ともクラウスとは仲良くなって欲しい。あいつには僕ら家族以外に話し相手もいないんだ」
そんな、ずっと独りぼっちなの?それは何とかしなくては!会う機会があるのだもの、何としても友達にしましょう!
「引き留めてごめんね、それじゃあまた明日」
「ええ」
最後にそっと頭を撫でてシリウスは男子寮に向かっていった。わたしも自分の部屋に向かう。
シリウスの弟、どんな人なんだろう。やっぱりシリウスみたいに銀髪なのかしら。独りぼっちだと言っていたけれど、どんな性格なんだろう。隠されてしまう事情というのも気になるわ。
試験の事など忘れてその日は眠りについた。




