2-I 街の白猫
久しぶりに街にやってきたわたしは、あまりの人の多さに、はぐれないようにしっかりと両手を握った。お父様は、わたしとレオンハルトのことを気にしながら、どんどん進んでいく。
「お、ねえしゃま、つかれた」
「レオン、もうちょっとよ、がんばって」
「うん、レオンがんばる」
やっと人ごみを抜けた時には、わたしとレオンはくたくたになっていた。広場にあるベンチに座って一息つく。
「お父様、歩くのが速いです。わたしもレオンもへとへとです」
「ご、ごめん、リーナ、レオン」
「レオンもううごけない」
「ごめんよ」
お父様は心配そうな表情でわたしたちの頭を優しく撫でた。そして徐に立ち上がると、ここで待っているように言い、近くのお店に入っていった。お父様が見えなくなると、レオンがしがみついてきた。
「おねえしゃま」
「大丈夫、怖くないよ」
不安そうに揺れるレオンハルトの瞳を見つめながら、優しく頭を撫でる。そして、不安の色が消えたレオンハルトは、あたりを見回して声を上げた。
「おねえしゃま、あっち、ねこ」
「本当ね。こっちへおいで」
わたしが手をのばすと、真っ白な毛並みに青い瞳をした子猫が近づいてきた。ベンチに飛び乗ると、わたしの隣に丸まる。
「きれいな毛並み。かわいい」
「おねえしゃまみたい」
わたしが子猫を撫でて、そのかわいさに目を奪われていると、レオンハルトが言った。いつの間にか立ち上がっていた彼は子猫の前まで来て子猫とわたしを見比べている。
「この子、おねえしゃまそっくり」
無邪気な笑顔で言い、子猫に笑いかけながら手をのばす。子猫の頭に手を乗せた彼は目を輝かせた。
「わぁ、ふわふわであったかい」
「レオン、リーナ、何してるんだ?」
「あっお父様、おかえりなさい」
「おかえりなしゃい」
不思議そうにするお父様の手には、コップが握られていた。
「ほら、これを飲みなさい。元気が出るよ」
言いながらコップを渡してくる。中を見ると、茶色い液体がはんぶんくらい入っている。わたしは恐る恐る口をつけた。
(甘いけどほろ苦い、何これ、おいしい!)
思わず笑みがこぼれたわたしを見て、お父様も微笑んだ。そしてレオンハルトにも飲ませようとしたお父様は、わたしの隣に丸まっている白猫に気がついて目を丸くした。
「おや、こんなところに綺麗な子猫か。珍しいけど、まさか……」
ぶつぶつ呟いているお父様からそっとレオンハルトの飲み物を受け取ると、レオンハルトを座らせてコップを渡した。彼もこの飲み物が気に入ったようで、渡すとすぐに口をつけ、おいしそうに飲んだ。
「お父様、この飲み物はなんて言う─」
いつの日かもう一度飲みたいと思ったわたしは、名前を聞こうとお父様を見上げて、彼の瞳が茶色く光っているのに気がついた。何かの魔術を使った彼は、子猫を見てつぶやく。
「……『変身者』じゃないよな、さすがに」
「お父様…?」
お父様の瞳はすでに元の色に戻っていたが、いつもと違う姿を見たわたしは、声をかけるのをためらった。ちょうど飲み物を飲み終わったレオンハルトがお父様の手を引っぱる。
「おとうしゃま、これなに?」
「ん?ああ、これはココアという飲み物だよ。おいしかったか?」
「うん、おいしかった!」
すっかりいつも通りになったお父様に、少し安心した。レオンハルトは、目の前の子猫について説明している。
「でね、おねえしゃまがおいでってしたら、きたの。やっぱりおねえしゃまそっくり」
「そうだね、リーナそっくりだ」
「おとうしゃま、いえ、いっしょかえりたい」
「子猫を連れて帰るって?リーナ、いいか?」
二人に笑顔で見つめられて、断れるわけがない。それに、子猫をかわいいと思うのはわたしもいっしょだ。
「もちろん!」
「じゃあ決まりだね、そうだ、名前をつけてあげようか」
「そっか、うーん、どうしよう?」
「レオン、アイリスがいい!」
「アイリス?なんで?」
「おねえしゃまそっくりだから!」
これで四回目になる、レオンハルトの「おねえしゃまそっくり」発言に、わたしは苦笑いした。だけど、こんなきれいでかわいい子猫─アイリスと似ていると言われて、悪い気はしない。
「アイリスか、良い名前だ。まるでリーナが二人になったみたいだ」
「お父様まで…」
「アイリス、よろしくね」
「もうっ!」
ふてくされたわたしは、アイリスを抱き上げた。
『ありがとう、これからよろしく』
どこからか聞こえた女性の声に驚いてあたりを見回した。しかし、どこにも姿が見えない。
「リーナ、どうした?」
「え…?あ、ううん、なんでもないの」
不思議そうにわたしを見つめるお父様とレオンハルトの様子からすると、さっきの声はわたしにだけ聞こえたらしい。とっさにごまかすと、レオンハルトが不満そうに声を上げた。
「おねえしゃまずるい、レオンも」
「そっとだよ、そっと」
「……わぁ、ふわふわ、かわいい」
目を輝かせたレオンハルトは、アイリスに頬ずりすると、そっと降ろした。
「そろそろ行こうか」
お父様に続こうとしたわたしは、アイリスを抱いていこうと手をのばした。すると、またあの声が聞こえた。
『心配しなくても大丈夫、ついていくわ』
わたしはあることに気がついた。このタイミングでこんなことを言うのは──
(えっ、まさかこの声……アイリス!?)