48-I 本当のズル
闘技場は一瞬の後静まり返った。
「あの金髪の子、土壁を透明化した?」
「それに、同時に違う属性の魔術を展開したぞ」
「す、すごい……」
もちろんわたしはそんな事は聞いてなどいなかった。真っ直ぐレテフィア嬢を見据える。少し動揺したようなレテフィア嬢は、しかし直ぐに気を取り直した。
「まさかそれで終わりじゃないでしょうね?『地揺れ』」
「『防壁』」
少し飛び上がって足元に防壁を張り、地揺れに対応する。効果は前回の勝負で確認済み。わたしは地揺れなどものともせずに、突風で泡を飛ばした。
それを見計らったようにレテフィア嬢が砂塵を展開する。それも風で吹き飛ばした。しかし、レテフィア嬢の目は爛々と輝いている。何かしらと身構えるわたしに、レテフィア嬢が魔術を発動した。
「『成長』」
『成長』ですって?植物を成長させる魔術。戦闘では、植物の茎や蔓で相手の動きを止める効果もあるけれど。ここに植物なんてあったかしら?
ところが、わたしの横から植物の蔓が伸びてきて、気づくのが遅れたわたしは捕まってしまった。しっかり腕に絡みついてきて、わたしは宙に浮いた。これを見てしたり顔のレテフィア嬢。
「さあ、これで私の勝ちかしら」
そう言いつつ『岩砲』を作っていくレテフィア嬢。どうしよう、どうやって抜け出しましょう!考えている内に魔術が発動して岩が飛んでくる。
「これは詰んだな…」
「ああ、だけど地属性に水属性、風属性まで持ってるなんて、すごいな」
「こんなに強いのに、ズルをした事にされるなんて可哀想に……」
いつの間にかアイリーナ側についていた観客がざわめく。そう、勝負は決した────
────かに思えた。
わたしは迫る岩を見て──微笑んだ。一言呟く。
「『成長』」
「今さら何をしても無駄だわ!」
レテフィア嬢は勝利を確信したように叫んだ。そうよね、だけどわたしは諦めないのよ。
魔術は普通手元で発動する。『地揺れ』なども、手を向けた先に発動する。だからこの状況からの脱出は不可能なのよ。炎で蔓を焼き切って逃れても岩を防ぐ時間がない。先に土壁を出そうにも手を向けられないし、防壁では防げない。
そこで、わたしは手に絡みつく蔓を逆に利用する事を思いついた。幸いにも手元には植物がある、成長させて思い通りの形を作り出せる。わたしの前に、蔓で網が作られた。岩が網に触れる直前、もう一つ魔術を使う。
「『凍結』」
蔓を凍らせて、尖っている岩が網を切ってしまうのを阻止する。
闘技場は完全に静まり返った。観客は一切口を開かない。
「なっ、そんな……!?」
「ふう、危なかったわ」
岩を防がれて驚くレテフィア嬢。わたしは蔓に捕まったままため息をついた。ただ、蔓を凍らせてしまったので、焼き切るのには時間がかかってしまうわね。いっそ切ってしまおうかしら。
一方でレテフィア嬢は、流石に暫し呆然としていた。それもそうよね、わたしが防がなかったらかなり有利、或いはもしかしたら勝っていたかもしれないもの。
さて、風刃で蔓を切り、解放されたわたしが次の攻撃を考えていると、静かな闘技場に声が響いた。
「これは、何の騒ぎだ?」
入り口に姿を見せたのは、学院長。後ろにディランがついてきていた。どうもこの勝負の事をお祖父様に伝えたらしい。お祖父様が静かに告げる。
「何の騒ぎだと聞いている。単なる勝負にこんなに観客がいるはずがない。かといって私は試合の許可を出した覚えはないが?」
「ほら、やっぱり来たわ。皆、これがズルの証拠ですわ。たかが勝負に学院長様が出てきた事、どう思います?」
お祖父様に被せるようにレテフィア嬢が訴える。静かだった観客の半分がその言葉に怒りを顕にした。
「そうだ、家族贔屓だ!」
「成績も改竄したんだろう!」
残りの半分は静かに反論する。
「それは言い過ぎだろ」
「ああ、あの子は十分に強い。ズルなど必要ない」
そして、レテフィア嬢が勝ち誇ったようにお祖父様に告げた。
「全く、貴方も馬鹿ですわよね、まさかここにのこのこやって来てくださるとは思いもしませんでしたわ。ですが、これでこの方のズルはハッキリ致しましたわ!」
「………」
それでようやく状況を理解したお祖父様、呆然と立ち竦んだ。反論しようにも、自分が来てしまった以上言い訳にしかとられない。
わたしはレテフィア嬢の発言の途中から怒りが湧いてきた。この、わたしだけならともかく、お祖父様まで馬鹿にするなんて……
「……許せないわ」
「何よ、暴露されたのがかしら?オホホ、これで貴女もおしまいね!」
これを聞いてわたしの中で何かが吹っ切れた。抑えきれない魔力が漏れだし、周囲の温度を下げていく。さらには強風が巻き起こった。
「………今、わたしに対して少しでも疑いを持っていらっしゃる方、全員ここにいらしてくださる?そう、全員ですわ。同時にわたしにかかって来なさい。その怒りをわたしにぶつけてくださって構わないですわ」
その言葉に驚き、そして嬉々として降りてくる人々。或いは冷気や風に慄く人々。結局観客の四分の一程が降りてきて、わたしを取り囲んだ所で、静かに告げた。
「……では始め」




