46-I 怒りました
無事に試験も終わり、わたしはアレックスとお茶している。今日はサファイアのお礼のために、お母様に頂いたあれを用意した。
「アレク、これ、サファイアのお礼よ」
「お礼なんて良いのに……」
そう言いながらカップを覗き込んだアレックスは、その体勢のまま固まった。
「ど、どうして……」
「ふふ、お母様に頂いたのよ」
「セシリア叔母上が……」
そう、アレックスに差し出したカップの中身は、ファルク王国産のココア。お礼といったらこれくらいしか思いつかなかった。
「王国でも珍しいのに、よく集めたな」
「あら、そうなの?」
「ああ。病気の時に飲むくらいだ」
そう言いつつカップを傾けるアレックス。驚いたせいか真顔になっていたアレックスは、だんだん笑顔になってきた。良かったわ、嫌いだと言われたらどうしようかと思ってたのよ。
「リリー!探したよ」
アレックスと談笑していた所に、わたしを呼ぶ声がした。振り向くと、こちらに歩いてくるシリウスがいた。とても探していたようには見えないけれど……
「どうかしたのですか?」
わたしの問いかけには答えず、シリウスはアレックスに詰め寄った。笑顔で、だけど怒っている。
「アレックス殿下、こんな所で何をなさっているのです?」
「見たままですよ。リーナとお茶してました」
「リーナ?」
そこでわたしの方を見る。笑顔なのに鋭い視線がとても怖い。
「どういう関係だ……?」
「従兄弟同士ですわ」
「従兄弟?」
「ええ、お母様がファルク王国の王女でしたの」
「な……」
固まったシリウス。わたしはアレックスと顔を見合わせた。もしかして機密事項だったかしら?
「秘密だった?」
「いや、そんな事はないと思うが…」
一方でシリウスは色々呟いていた。
「…確かに聞いた事が……いや、でもだからって……」
考え事をしているシリウスをそっと椅子に座らせて、目の前にココアを差し出した。シリウスはぼうっとしながらカップを手に取りそれを飲む。途端、驚きの表情になった。
「……っ、何だこれは」
「ファルク王国産のココアですわ。お口に合いませんでしたか?」
「…いや、美味しい。初めての味だな。甘くて、それでいて適度に苦くて……」
ココアを飲みながら呆然と呟く。シリウスにも気に入ってもらえて良かったわ。あれ、でも何でシリウスが来たんだっけ?
一息ついたシリウスに問いかける。
「ところで、わたしに何の用事があったのですか?」
「ああ、そうだった。シャルロッテ嬢が探していてな」
「シャルロッテが?何かあったのかしら」
「分からないが、何か慌てていたようだった」
「シャルロッテはどこに?」
「女子寮じゃないか?」
「分かりましたわ。シリウス様、ありがとうございます。アレックス様、ごめんなさい、ここで失礼しますわ」
シリウスとアレックスに礼をして寮に向かう。
寮の手前でシャルロッテと会えた。
「シャルロッテ、どうしたのかしら?」
「ああ、アイリーナ様、探しましたわ!実は、アイリーナ様の部屋にレテフィア嬢達が来て……」
あらましを聞きながら部屋に向かう。どうも、わたしの部屋を通りがかった所、中でレテフィア嬢達が何かをしていたらしい。そんな大したものはないと思うのだけれど。
部屋に着いて中を覗き込む。わたしは中を見て呆然と呟いた。
「これは、どういう事……?」
部屋は足の置き場もないくらい荒らされていた。本棚の中身や教科書は全て床に散らかされている。そして、その上に何かを探し回るレテフィア嬢達がいた。
わたしを見たレテフィア嬢は、わたしの本を踏みつけて迫ってきた。先程のシリウス並に鋭い目付きをしている。
「貴女、頂き物はどうなさったの?」
「頂き物……?何の事かしら?」
「とぼけないで!貴女がアレックス様から何かを贈られたって、そう聞いたのよ!」
「ああ、あれですか」
アレックスがファルク王国の国王陛下からの物だと言っていた、あのサファイアのブローチかしら。……まさか、それを奪おうとしたのかしら?侯爵令嬢であるレテフィア嬢が?
「貴女だけ貰うなんて狡いわ!」
「………くだらないわ」
たかがそんな事でわたしの部屋を荒らしたのかしら?狙われたらしいブローチは、わたしがちょうど持ち歩いていたので見つからなかったようだ。しかし、その分本が犠牲になってしまった。
わたしは伝鳥を飛ばした。そしてレテフィア嬢達に向き直る。
「貴女達、ここがどこか分かってるのよね?」
「もちろんですわ!貴女の部屋でしょう!」
「そうよ、わたし、セイレンベルク公爵令嬢の部屋ですわ。身分が上の人の部屋に勝手に入った挙句、そこを荒らすなんて一体どんな教育を受けたのかしら?」
わたしは怒っている。部屋を荒らされたのは良い。勝手に入られたのもまだ良い。問題は、散らかされた物だった。わたしが大事にしている本を、無造作に散らかした上、踏みつけるなんて許せない。
冷たく言い放つと、取り巻き二人、レニア嬢とベネジット嬢は俯いて押し黙った。ただレテフィア嬢は言い返してきた。
「だったらアレックス様に頂いた物を寄越しなさいよ!」
「何だと……!」
支離滅裂な発言に呆気にとられたその時、後ろから怒りの声がした。ちょうど良い時に来たわね。
「あれには父上の意も込められている。それを、お前如きが、寄越せだと!?」
「な、んで………」
現れた人を見て絶句するレテフィア嬢。しかし、来客はアレックスだけに留まらなかった。
アレックスの後ろからやって来たのは、先程と同じ、いやそれ以上に怒ったシリウス。そして、その後ろからは。
「これはどういう事だ!」
わたしと同じ事を言ってお祖父様が入って来た。良かった、ちゃんと連絡出来たわ。本来女子寮に男性は入ってはいけないのだけど、この場合は仕方ないだろう。
「レテフィア·フォン·ディアクト侯爵令嬢、ベネジット·アル·アロー伯爵令嬢、レニア·ラ·ゴートン子爵令嬢。これをやったのはお前達か?」
「………はい」
「「……………」」
「分かった、話を聞こうか」
ああ、お祖父様、静かだけれどかなり怒ってらっしゃるわ。それ以上何も言わずに、問題児三人を引き連れて去っていった。一方でわたしは大きく深呼吸した。
「『浮遊』、『掃除』」
部屋全体に魔術をかけ、一気に元通りにした。それを見てだんだん怒りが収まっていく。しかし、アレックスとシリウスはまだ怒っていた。
「全く、下手したら外交問題だっていうのに」
「部屋を荒らすなんて………」
とりあえず何か盗られた物がないか確かめて、一息ついた。物は揃っていたけれど、胸騒ぎがする。何だろう、何か見落としてるような……
その日は何もしないで寝た。




