43-I ノエルとユリアンナ
しばらくの間、猫に変身出来るようになった事で浮かれていた。もちろんあの時の約束、花壇で植物を育てるというのはしっかりやってるわ。水やりをしながら猫になった時を思い返したり、ソーア様とお喋りしながら花について話し合ったり。
ソーア様は自分で精霊だと言ったけど、わたしが彼女を最初に見て思ったのは、この世界の成り立ちについて。つまりは伝説という所だけれども。
この世界は、女神様が創り上げた。初めは女神様しかいなかったこの世界に、まず精霊が生まれた。水と雷の精霊、火と地の精霊、風と闇の精霊、そして光と氷の精霊の四大精霊。
そして、それに対抗するように四大魔王という者達が生まれる。その者達によってこの世界は保たれている。それが、伝説の内容。
正直そんなものを本気で信じている人はいないと思っていた。確かに女神信仰はあるし、伝説は絵本になって語り継がれているけれど、そんな昔の事を信じるも何もない。だから、ソーア様を見て思わず精霊だと言ったのも本気でそうだと思っての事ではなかった。
ところが、まさかの本人に肯定された。わたしは言われた時は変身者の事で頭が一杯だったので深く考えていなかったのだけど、後でよくよく考えればそれはかなりの衝撃だった。何せ、伝説の存在が目の前にいたのだから。そして今その人はわたしとお喋りしている。
もう一つ。ソーア様が自分を精霊だと言った事で、わたしは伝説が事実ではないかと思い始めた。世界を創ってはいないにしろ、四大精霊と四大魔王、そして女神様の存在は事実だろうと。
だってわたしは魔王を一人知っている。十年も前の事だけど、鮮明に思い出せるわ。
『我は魔王、ヴィレヒト·マイド·ヴァイス』
わたしを殺そうとした、通称『闇の邪王』、ヴィレヒトは二歳のわたしにそう名乗った。恐らくこれは本当の事。どうせ殺すのだから、と事実を告げたのだろう。
それに、あのわたしのお気に入りの本、『最高峰魔術の危険性』にも『女神』なる能力が載っていたし。確か、歴史上存在した事のない能力故、伝説ではないかとも言われていると書いてあったわね。
『ねえ、アイリーナ』
「何でしょうか?」
『そちは次のテスト対策は良いのかい?』
「……そうだったわ」
考え事をしていたわたしに、ソーア様が忠告をくれた。そう、夏に一度、冬に一度、学院でテストが行われるの。三年生までは筆記と実技試験、四年生からは実技試験が試合形式となる。ちなみに、昨年わたしは夏の試験は受けたけれど、冬は家にいた為に受けていない。
「ソーア様、忠告ありがとうございます。しっかり勉強致しますわ」
『いいえ、頑張ってちょうだいね』
その言葉を最後にソーア様は消える。のんびりしていられた時間も、終わりを告げた。試験は後二週間後。悠長な事は言ってられないわ。
その日から、わたしは図書室で勉強を始める事にした。別に部屋でも良いのだけど、何か雰囲気的に?
フローラ、シャルロッテも連れて三人で図書室に入ると、そこにはノエルがいた。さすが学年一位、勉強量も多いわ。ノエルの座っている机の上には、所狭しと本が積み上がっている。
声をかけようと近づいて、本に隠れていた隣の人物に気がついた。無駄にノエルの近くで勉強を教えてもらっているようなのは……
隣でシャルロッテが震えていた。今にでも怒鳴り掛かりそうで、必死に堪えている。
「フローラ、あの方は?」
「ユリアンナ·ラ·クレノール男爵令嬢ですわ」
まあ、ユリアンナ嬢?とても雰囲気が変わったわね。三ヶ月の間に何かあったのかしら。
それにしてもノエルの態度は驚きだわ。手取り足取り優しく教えている。この前聞いた限りではもっと邪険にしててもおかしくないのに、どういう心境の変化かしら。
「アイリーナ様、あれを追い払ってきて良いですか」
「シャルロッテ……」
そういえばシャルロッテはノエルがどうとか言ってたわね。だけど、追い払うのはいけないわ。
「駄目よ。挨拶して奥に行きましょう」
「どうして……」
「わたしはノエル様の友達。それ以上でもそれ以下でもないわ。だからノエル様があれで良いのなら応援する。たとえ身分の壁があっても。シャルロッテ、貴女はノエル様の何なのかしら」
「っ、そ、それは…」
「婚約者ならまだしも、今の貴女にとやかく言う権利はないわ。だから、あの座を奪いたいのなら正々堂々と戦いなさい。どうせ向こうも同じ条件だわ」
「…………っ」
黙り込んだシャルロッテ。うっすらと涙が浮かんでいる。しかし、納得してくれたらしく、小さく頷いた。それを確認して、わたし達はノエルの前に行った。
「ノエル様、ごきげんよう」
「ああ、……アイリーナ嬢か。勉強しに来たのか?」
「ええ」
そこでユリアンナ嬢に向き合う。
「初めまして、わたしセイレンベルク公爵家長女、アイリーナ·フォン·セイレンベルクですわ」
「……ユリアンナ·ラ·クレノールよ」
まあ、昨年から薄々思っていたけれど、礼儀が全然なってないわ。合計四ヶ月の特訓で何を学んだのかしら。
「これ以上はお邪魔になりそうですし、ここで失礼致しますわ」
「………」
ノエルが何か言いたそうだったけど、シャルロッテの怒りがそろそろ爆発しそうだったのでそそくさとそこを去った。
「シャルロッテ、ごめんなさいね。ユリアンナ嬢、かなり攻撃的だと聞いたから。ここで争いになっても困るわ」
「……いいえ、大丈夫ですわ。それに、アイリーナ様のおかげで目が覚めました」
「それなら良かったわ」
小声で話しながら奥へ行くと、そこにも先客がいた。二人合わせてノエルと同じくらいの本を積み上げ、会話しながら勉強している。
「………それで、113年には、何があったんだっけ?」
「…ええと、セトルータ王国で反乱があって、名前なんだっけ……」
「……イードル反乱でしょうか?」
思わず口をはさんでしまった。これを聞いた二人はそうそうと頷く。
「そうだよ、イードル反乱……ん?」
「……リ、違っ、アイリーナ嬢?どうしてここに?」
「勉強しに来たのですわ、シリウス様、ディラン様」
ちょうど横にもう一つ大きな机があったので、そちらに座る。シャルロッテとフローラも椅子に座った。
「ノエルに会ったか?どう思った?」
「ええ、驚きましたわ。まさかあそこまで勉強しているとは思っておりませんでしたの」
「………そうじゃなくて…」
苦笑いするディランと、力が抜けたように机に突っ伏すシリウス。くぐもった声が聞こえる。
「天然すぎるだろ……」
そして、そのシリウスの呟きにわたし以外の全員が頷いた。えっ、何で?
「……あいつと一緒にいたやつの事だ」
「ああ、ユリアンナ嬢の事ですか?」
「そうだ。昨年は僕しか眼中にない感じだったのに、今年は三人ともに声をかけてきた。それで……」
「……見事にあいつが引っかかったんだ」
シリウスとディランが呆れたように言う。
「全く、昨年の事を忘れたわけじゃないだろうに」
「昨年の事……?」
ここにシャルロッテが食いついた。シリウスに詰め寄る。
「教えてくれませんか?」
「シャルロッテ嬢……?良いけど」
そのまま二人で語りだした。一方でディランはフローラに話しかける。
「フローラ嬢だよな?」
「は、はい、ディラン様」
「いつからアイリーナ…様と一緒にいるんだ?」
「少し前ですわ。ちょっと色々ありまして……」
「色々?」
そこまで言って俯いてしまったフローラ。ディランは代わりにわたしに聞いてきた。
「あの勝負の後、レテフィア嬢にいじめられたのを助けたのよ」
「ア、アイリーナ様……!」
驚いたように顔を上げたフローラ。顔が真っ赤になっていた。まあ確かにあれは黒歴史だわね。ごめんよフローラ。
話が終わった所で、わたし達はやっと勉強を始めた。




