42-I 夢の実現
『それで、願いというのは何だい?』
「はい、わたし、変身者になりたいのですわ」
『おやまあ、それかい。確かにそれは私の協力が必要だが………』
そこまで言って精霊さまはいたずらっぽく瞳を輝かせた。
『そちの力は如何程かな?』
「お見せしますわ!」
昨日程ではないがまだ暖かい陽気の中、わたしは一人、約束通り昨日の場所にやって来た。やっとわたしの夢が叶うのよ、歓喜に震えそうになるのを堪える。そして、いつも以上に慎重に魔力を操り、呪文を唱えた。
「『地揺れ』」
精霊さまの足元だけに範囲を絞り、徐々に威力を上げていく。魔力変質が起こる前と同じくらいの魔力量になった頃、精霊さまを取り囲むように土壁を出した。そしてとどめに。
「『岩砲』」
上から岩を撃ち込んだ。そして、全ての魔術を解除する。土壁の中から現れた精霊さまは、しかし傷一つなく微笑んだ。
『……合格ね。貴女、本気じゃなかっただろう?』
「……見抜かれてましたか」
『ふふ。私は火と地の精霊、ソーア。そちに協力するよ』
「ありがとうございます、ソーア様!」
『では早速、………………』
わたしはソーア様に言われるままに行動を始めた。まずはイメージの具現化。砂塵を器用に操り、わたしのイメージを形にしていく。頭にあるのは、家に置いてきてしまったアイリスの姿。今年は連れてくるつもりだったのだけれど、レオンハルトに反対された。
「リナ姉様、せめて来年まで待ってもらえませんか…?」
その時のレオンハルトの懇願するような声と、今にも泣きだしそうな瞳に、こちらまで泣きそうになった。結局レオンハルトの言う通り、来年まで待つ事にした。それを聞いたレオンハルトの喜びようはとてつもなかったわ。
気を取り直して作業を続ける。ここからは繊細な作業。壊れないようにソーア様が固めてくれるけれど、それでも崩れそうになる。
全身の細かい毛並みまできっちり再現した時には、既に陽が傾き始めていた。
『お疲れさん。ここまで上手く形作るとは思ってなかったよ。そしたら次だな。ちょっと手を借りても良いかい?』
頷くとわたしは手を差し出した。ソーア様はわたしの手を握ると、もう片方の手をわたしの目に翳した。
『私が良いと言うまで、絶対に目を開けちゃいけないよ』
「分かりましたわ」
言われるままに目を閉じる。それを確認したのか、ソーア様が何やら呪文を唱え始めた。それを聞くほど周囲が冷たくなっていく。一体、今何が起こっているのかしら?とても気になるけれど、ソーア様の言いつけを守って目は開けない。
少しすると、逆に暖かくなってきた。何か大きくて暖かいものに包まれているような感覚。何だか安心する、まるでお父様みたいだわ。
しかしほっとしたのも束の間、いきなり全身が揺れたかと思うと、どこか細い所に無理矢理押し込められる。だけれど、不思議と痛みは感じない。そんな不思議な感覚を味わっていると、広い所に出たらしい。体がその空間に適応していく。
『ちょっと体を動かしてみてくれるかい?』
ソーア様の声が、先程までとは違って聞こえる。疑問に思いつつもとりあえず言われた通り背伸びをする。
そこでやっと気づいた。
な、何か足が短くなってないかしら!?それに、背伸びをしたはずなのに、なぜか頭が下がる感覚もするわ。こ、これは一体……?
『……よし、これで良いな。お待たせさん、もう目を開けて良いよ』
言われて目を開けると、地面がものすごく近かった。まるで寝そべっているくらいの高さだわ。首を回してソーア様を見つけて驚いた。レイチェルくらいの高さだったソーア様は、今やわたしの三倍くらいの大きさになっていた。
「ニャア?」
どうして、そう言おうとしたわたしの口からはそんな声が出た。……ニャア、ですって?って事は、つまり、今わたしは………
『今そちは可愛らしい子猫の姿だよ』
な、なんて事……!わたし、ついに成し遂げたのね!感激のあまりその場を駆け回る。ああ、四つ足で走るのも気持ちいいわ。それに、尻尾まである!
『ソーア様、ありがとうございます!』
『喜んでもらえて良かったよ。さて、人に戻すからまた目を閉じてな』
今度は速かった。一瞬の後、再び二本足で立つ感覚。
『目を開けて』
そこには今まで通りの風景。レイチェルくらいの大きさに戻ったソーア様が言う。
『次からは、イメージしながら『変身』と唱えれば猫になれる。戻る時も同じだ。喋れないから心の中で言うんだよ。変身する時は目は閉じといた方が良いよ。やってご覧』
「『変身』」
目を閉じて唱えると、足が短くなり、四つ足で立つ感覚。目を開ければ、先程の猫の視点だった。もう一度目を閉じて心の中で唱えると、ちゃんと人型に戻れた。
わたしは改めてソーア様に向き直り、お礼を言う。
「ソーア様、本当にありがとうございます!何とお礼をすれば良いのでしょう…」
『ふふ、そこまで喜んでくれたかい。良かったよ。お礼はいいよ、これが私の役目だ』
「いえ、是非何かさせてください!」
『………決意が固いねえ。だったら一つだけ良いかい?』
「もちろんですわ!」
『そちの部屋のすぐ外に、花壇を作ってくれないかい?育てる作物は私が用意するよ』
「それで良いのですか?」
『それで良いんだ』
微笑むソーア様。わたしの答えは決まっている。
「もちろん、全力で育てますわ!」
『ありがとう』
そしてソーア様は消えてしまった。わたしはしばらくソーア様のいた所にお辞儀をしていた。




