40-I 辛い過去
あの勝負があった次の日の授業終わりの事。アレックス様に呼び出されたわたしは、中庭で待っていたアレックス様の所に行った。中庭にはお茶会が出来るようにテーブルと椅子がいくつか用意されていて、アレックス様はその一つに紅茶を用意して待っていた。
「いらっしゃい、アイリーナ」
「アレックス様、お待たせ致しました」
わたしが着くと笑顔を見せたアレックス様は、礼をすると途端に真顔に戻ってしまった。不満そうに口を尖らせる。
「だからアレクで良いよ。それに、敬語もいらない。従兄弟同士でしょ?」
「……分かったわ、アレク」
だけど、とシリウス達と同じように人前ではきちんとした態度になる事は許してもらえた。
「…本当はいつもアレクって呼んで欲しいんだけどな…」
「……何か言ったかしら?」
「ううん、何でもないよ。それより、贈り物があるんだ。ほら、これ」
笑顔に戻ったアレックスが取り出したのは、かなり上質な箱。受け取ってゆっくり開けると、蒼い煌めきが目に飛び込んできた。
「……きれいだわ………」
思わず感嘆のため息が漏れる。箱に入っていたのは、大粒のサファイアのブローチ。日光でキラキラ輝くそれは、わたしの視線を釘付けにした。
「一年待ったかいがあったな」
アレックスが嬉しそうに呟く。わたしはサファイアをそっと手に取ると、アレックスを見た。ここまで立派なサファイア、本当に良いのかしら?
「アレク、これ本当に良いの?」
「ああ。父上が是非って言ってたよ」
「それなら……ありがとう、アレク」
こんな立派な物を頂けるなんて、逆に申し訳ないわ。だけど、ここまで嬉しそうなアレックスもなかなか見ないわ。そうだわ、何かお返しをしましょう!
その後色々話す中で、ずっと笑顔のアレックスを見ていてわたしは一つ疑問を持った。
「ねえアレク、そういえば何であまり笑わないの?」
「……実は、私は真眼持ちなんだ」
一瞬躊躇ったアレックスは、真顔に戻って告げた。つまり、その能力のせいで寄ってくる人達の思惑が分かってしまうから、次第に笑えなくなっていった、と。
それを淡々と話すアレックスに、わたしはその時のアレックスの気持ちを考えて泣きそうになった。
「そんな、辛い事が……」
「アイリーナ、泣かないで。大丈夫、私は大丈夫だから。それに、一番辛かったのは昨年で…………あ」
「昨年?どうして………あっ」
そうだわ、真眼を持っているなら攪乱なんて意味を為さない。つまり、わたしが昨年平民として学院に通っていた事に、アレックスは気づいていた……?
「……近くでアイリーナが色々されてるのを、見るしか出来なかった。ごめんな、辛い思いさせて」
「ううん、大丈夫よ。気にしないで」
「だけど……」
尚も後悔して俯いているアレックスに、大丈夫だと笑いかける。
「アレクは笑っていた方がアレクらしいわ。だから笑って?」
「アイリーナ……」
わたしの言葉に顔を上げると、アレックスは呟いた。
「そんな事を言ってくれるのは、アイリーナだけだよ。あの時も、今も」
「そうかしら?普通だと思うけれど…」
「そもそも私という人を真っ直ぐ見てくれるのは、家族とアイリーナだけなんだよ。その中でも、私の家族は王族だし、私含め周りの人間を利用しようとするんだ。だから、いつも変わらず私を見てくれるのはアイリーナだけだよ」
アレックスの言った事に言葉を失う。もしわたしがそんな環境にいたら、お父様やお母様にちゃんと向き合ってもらっていなかったら。周りの人にも爵位だけ気にされていたら。そして、それに気づいていたら。
アレックスみたいに笑わなくなるのも当然だわ。それどころか、もっと無口で我慢していたかもしれない。
真っ直ぐアレックスを見て、わたしは思った事を言った。
「辛かったらわたしがいるわ。だから、我慢しなくていいのよ。ねえアレク、昔みたいに一人きりじゃないわ」
「………ありがとう、アイリーナ……」
そんな辛い思い、二度とさせたくない。そう決心してアレックスの手を握ると、しっかり握り返してくれた。
その後、わたしの手の紋章についても話し、驚いたようなアレックス。少しお互いの能力について話して、改めてサファイアのお礼を言った。
「ありがとうアレク」
「お礼を言うのは私の方だよ。ありがとう、リーナ」
「えっ?」
「リーナって呼んでも良いでしょ?」
「ふふ、もちろんよ。これからよろしくね」
頼もしい従兄弟だわ。わたしは微笑んだ。
その後、わたしは寮の部屋でのんびり本を読んでいた。それは、家から持ってきた古い魔術の本。真眼についての所を読んだ後、その変身者の所を繰り返し読む。
『大地の協力を得て、変身する動物のイメージを具現化する。そして自らをその中に収める感覚で変身する。一度変身した後は、頭にイメージを浮かべ、『変身』と唱えることで変身が可能となる。』
何度読んでも『大地の協力』が理解出来ない。その他は大体分かるのに、初っ端が分からないと何も出来ないわ。
「大地の協力……大地の……」
今度大地に話しかけてみようかしら、駄目元でそんな事を考えた時。部屋に控えていたミルが来客を告げた。
「アイリーナ様、フローラ·アル·コーネル様がお見えです」
「あら、お一人で?」
「はい、お一人だけです」
「お通ししてちょうだい」
「かしこまりました」
読んでいた本を閉じてしまうと、フローラ嬢を笑顔で迎える。
「いらっしゃい、どうしたのかしら?」
昨日勝負したばかりよね、何か問題が起こったのかしら?
「……先日は、申し訳ありませんでした」
「勝負の事かしら?」
「はい、四対一で追い詰めてしまって…」
「良いのよ、もう終わった事だわ。それより、何か別の用事があったのではないの?」
この問いに真剣な顔で見つめてきた。かなり迷ったようだけど、意を決したように口を開いた。
「厚かましい頼みだと思いますが……どうかわたしを助けて頂けませんか?」
「助ける……?どういう事かしら?」
「実は、レテフィア様が………」
あの勝負の後、レテフィア嬢に散々言われたらしい。それどころか、以前のようにいじめられた、と。
「以前のように…?」
「はい、昨年の初めに嫌がらせを受けて、それ以来レテフィア様に従っていたのです。二度と嫌がらせされないなら、と。ですが……また嫌がらせが始まってしまって……」
涙を流しだしたフローラ嬢の手には、痛々しい傷跡。わたしは言葉が出て来なかった。昨年のわたし、ミレイルでもここまでの事はされなかった。思わずその手を取る。反射的に手を引こうとするフローラ嬢に微笑みかけた。
「ごめんね、わたしのせいだわ。『治癒』」
そっと治癒をかける。涙で濡れたフローラ嬢の瞳が驚きに染まった。呆然と見上げてくる。
「アイリーナ様……」
「レテフィア嬢に従う必要はないわ。また何かされたらわたしの所にいらっしゃい」
「…………!」
驚いて目を瞬かせるフローラ嬢。その瞳から涙が一筋流れ落ちた。
「ありがとう、ございます……っ」
そして、次の日からフローラ嬢はわたしについてくるようになった。




