37-A 気づいているのに
私は地、そして氷属性のため、地術クラスに分けられた。教室に入った私は、言葉を失った。特徴的なピンクがかった金髪に、吸い込まれそうな空色の瞳。かつて見た面影そのままのアイリーナがそこにいた。どうして、ここにいないはずなのに、そう聞こうとした私は、父上の言葉を思い出した。
『迂闊に暴露しないように』
まさか早速この教訓を実践する事になるなんて。しかも、相手はアイリーナ。他の人によると、ミレイルという名前で平民として通っているらしい。髪も瞳も茶色だという。何でそんな事をしているんだ、アイリーナ。
ある日の魔術の授業。早々に課題をこなした私は周りを見渡してアイリーナが困っているのに気がついた。珍しい、あのアイリーナが土壁を作れないなんて。気づけば私はアイリーナに話しかけていた。
「力を抜いてみな」
言ってからしまったと思ったがもう遅い。困っているのを見たら、勝手に体が動いていた。こうなったら仕方ない。私は声をかけられて慌てているアイリーナの肩に手を置いた。
「ほら、深呼吸」
深呼吸して落ち着きを取り戻したらしいアイリーナが改めて唱える。
「『土壁』」
すると、二十センチ程の土壁が出来た。そこでようやく気づく。見た目だけじゃなく、魔力量も制限されてるのか。アイリーナが苦労するわけだ。それにしても、アイリーナは私の事を覚えていないようだ。それとも、気づかれないようにしているだけなのか。
アイリーナと目が合った。彼女はきっちりと礼をした。
「王子殿下、ありがとうございます」
「上手くいって良かったな」
それだけ言ってそこを離れた。本当は笑顔を見せたかったが、出来なかった。クラスの他の令嬢がこちらをじっと見つめていたから。これ以上すれば、アイリーナが何されるか分からない。しかし、話しかけるのも駄目だったらしい。
授業が終わった後、アイリーナの事が気になって訓練所を覗くと、彼女は数人の令嬢に囲まれていた。さらに代表らしい令嬢に押し倒された。私は飛び出したいのをじっと堪えた。ここで出ていったら困るのはアイリーナだ。これ以上関わってはいけない。
令嬢達が出て行った後、アイリーナがそっと辺りを見回した。私は気づかれないように身を潜める。すると、少しして汚れをすっかり落としたアイリーナが出てきた。その姿を見て、私は何も言えなくなった。彼女は彼女なりの覚悟を持っているのだ、私が邪魔しては駄目だ。
それからはひたすら我慢した。私の肩書き目当てだと分かり切った令嬢達に囲まれるのも、アイリーナが嫌がらせされているのを助けに行けない事も我慢した。
そして、半年程経ったある日、私は事件に出くわした。ちょうど通ろうとした通路の奥が一瞬光った。何だろうとそちらに向かうと、そこには。
「……っ!?大丈夫か!?」
階段の下に人だかりが出来ていた。そこに誰かが倒れているらしい。その切羽詰まったような声に、只事ではないと悟る。
少しして先生がやってきた。先生が人をかき分けたその隙間から、倒れている人が少しだけ見えて、私は息をのんだ。倒れていたのは、特徴的な金髪の令嬢。見間違えるはずもない、アイリーナだった。
近づいた先生が魔術をかけ、そっと抱え上げた。私はそれを見送るしか出来ない。声をかける事も許されない。
アイリーナが連れていかれた後も、その場に呆然としていた。周りにいた人達がひそひそ話を始める。
「なあ、見たか?」
「ああ、あの平民の子、突き落とされていたよな」
何だって……!他の人も言う。
「レテフィア様、恐ろしいわ」
「ええ、逆らったらわたしもああなるのかしら、怖いわ」
「ユリアンナ嬢も、まさか水をかけるなんて」
ユリアンナ嬢というのは初めて聞く名前だが、レテフィア嬢の方は知っていた。そう、前に授業終わりにアイリーナを押し倒したあの令嬢だ。しょっちゅう私に話しかけてくるが、その目にはやはり私の肩書きしか映っていない。そうか、あの令嬢が、アイリーナを……
その日はもうそれ以上何も考えられなかった。気がつけば寮の自分の部屋に戻っていた。力なくベッドに座り込む。
アイリーナ、無事だろうか。元気で私に笑いかけてくれたアイリーナだと分かっているのに、普通に話せないのが辛かった。
だが、あの時以来一度も話したりしてはいない。遠くからたまに見つめるだけにしていたのに、どうしてこうなるんだ。私はどうすればアイリーナに迷惑をかけないでいられるんだ?一体どうすれば………
しばらく会えない事を覚悟していた私は、翌日の午後の授業に来たアイリーナを見て驚いた。そんな早く戻ってきて大丈夫なのか?
いつの間にかクラス全員がアイリーナを見ていた。そんな中をしっかりと歩いていくアイリーナは、昨日階段から落とされたとは思えない。私はひとまず元気そうなアイリーナを見て安心した。
一ヶ月間、レテフィア嬢は授業に来なかった。どうも例の事件で処罰されたらしい。しかし、安心しているのも束の間だった。
ある日、教室にアイリーナの姿がない事に疑問を持っていると、先生がある知らせを持ってきた。
「突然ですが、ミレイル·エンジュさんは昨日をもって学院を辞める事になりました」
ミレイル、つまりアイリーナが、学院を辞める……?どうして、まさかまた何かされたのか?アイリーナと仲の良かった令嬢が質問する。
「せ、先生、どうしてですか?」
「詳しい事は分からないが、心に大きな衝撃を受けたようです」
その言葉に、固まっていた教室全体から残念そうな声が上がった。アイリーナは割と人気者だったようだ。一方でレテフィア嬢やその周りの令嬢はしたり顔だった。そのうち私に微笑みかけてくる。ああ、やっぱりアイリーナがいないのは辛い。
「それと、今日からしばらく魔導院の調査が入るので、邪魔しないようにしてください」
魔導院の調査……?この言葉にざわめきが大きくなった。魔導院は、私の国にもある、主に魔術の研究をする国の最高研究機関だ。最高機関だけあって滅多な事では動かない魔導院が、この学院の調査?それに、このタイミングで?そこに思い至ったのは私だけではなかった。どこかから質問が飛んでくる。
「……まさか、それとミレイルの事と関係が?」
「………」
先生は分からないと首を振る。そんな大事件に巻き込まれたのか……?まさか、最悪の事態が思い浮かぶ。
「……一つだけ確実なのは、ミレイルさんは生きているという事です」
安堵のため息が漏れた。無事で良かった、それは、レテフィア一行以外のクラス全員の総意。恐らく先生も。
それから三ヶ月、少し大人しくなったレテフィア嬢達に相変わらず取り囲まれながらも一年生としての学院生活を送った。
二年生になり、クラスを確認しようと掲示を見た私は、そこにあった名前に歓喜した。私と同じAクラスには、アイリーナ·フォン·セイレンベルクの文字。やっと、本当のアイリーナと会える、ちゃんと話せる。しかし、同じクラスとなったレテフィア嬢達に阻まれ、なかなか話せないでいた。
機会が巡ってきたのは、魔術の授業だった。先生が二人組を作ってきたのだが、その相手がアイリーナだった。向かい合うと、アイリーナはきっちりと礼をとった。
「アレックス様、よろしくお願い致しますわ」
「ああ」
だが、その瞳には昔のような輝きがない。期待と違って、思わず聞いてしまった。
「君は、セイレンベルク公爵家のアイリーナで間違いないのか?」
「えっ?あ、はい、間違いないですわ」
戸惑ったようなアイリーナ。これは、もしかして……
「私の事、覚えてないか……?」
その言葉に首を傾げるアイリーナに、確信した。これは、覚えてないな。
「やっぱり覚えてないか……」
「あの、アレックス様……?」
だが、私はもう一度あの笑顔を見たい。一緒に遊ぼうと言ってくれた、もちろんと言って笑ってくれた、あのアイリーナに会いたい。だから、あの時と同じ事を言ってみた。
「………私と一緒に、遊んでくれるの?」
これで駄目だったら諦めよう、そう覚悟した私の前で、空色の瞳が大きく見開かれた。その口から呟きが漏れる。
「まさか……アレク、なの……?」
私の事をアレクと呼ぶのは、アイリーナだけ。私が、留学が決まってからずっと会いたかったあのアイリーナがそこにいた。私はあの時以来初めて、心からの笑顔を浮かべた。
真眼について、補足です。
・攪乱がかけられていてもその本当の姿が分かる
・人の下心が見えてしまう
・人が何を思っているか、どんな気持ちなのかは分からない




