35-I 貴族として
新しく作ってもらった制服を着て、馬車で学院に向かう。今日からわたしは学院二年生。一応昨年も通ってはいたが、セイレンベルク公爵令嬢のアイリーナとしては初めての学院。今年はどんな生活になるのかしら。
期待を胸に馬車を降り、まずは寮に向かう。わたしの部屋は、昨年とは違う所にあった。普通は学院に通っている六年間は同じ部屋を使うのだけど、わたしは途中で入って来た扱いになっているから、違って当たり前よね。
それに、部屋が昨年より豪華になっていた。ベッドもふかふかだし、何より一人部屋だった。昨年のあれは人数が多かったための特別措置だったけど、今年は元から一人。わたし、何か特別扱いされてないかしら?
後でお祖父様に聞いた所、侯爵家までは自動的に一人部屋らしいけど、この時は知らなかった。
そして、ミルに準備を整えてもらうと校舎に向かう。そう、ここも昨年と違う所。何と身分の高い者は、使用人を連れて来て良い事になっているという。確かに昨年苦労したものね。
校舎の入り口にはクラス発表の張り紙があり、人だかりが出来ていた。掲示を見て喜ぶ者、ガックリと肩を落とす者。
わたしも何とか人混みをかき分けて掲示を見た。自分の名前を探す。果たしてAクラスの所にあった。
そう、この学院は、一年生は属性で、二年生からはその成績で四つにクラス分けされる。Aクラスが一番上で、Dクラスまである。
とにかく、これ以上押しつぶされる前に、教室へと向かった。
「やあ、リ……アイリーナ嬢」
「おはようございますシリウス様、同じクラスですのね。一年間よろしくお願いしますわ」
「あ、ああ、こちらこそ」
教室に入って自分の席に着くと、既に教室にいたシリウスが話しかけてきた。わたしは公爵令嬢として礼を返す。
そう、いくら親しいと言ってもここは公衆の面前。王子であるシリウスにきちんと礼をしなくてはならない。顔を上げれば、シリウスはどこか寂しそうに微笑んだ。
「あ、おはよう、……っ」
「おはようございます、ノエル様、ディラン様」
そこにノエルとディランがやって来る。わたしは同じく礼をとった。二人も少し固まった。不満げな顔で見つめられる。そんな顔されても、仕方ないわ。
真剣に見返すと、三人は他の人に気づかれないようにため息をついた。
しばらくしてクラス全員が揃った。シリウス、ノエル、ディランの他にも知り合いがいた。
まずはフォナム。本当に学院に通っていたのね。クラスの中でもその艶のある黒髪が目立つわ。
そして、レテフィア嬢。昨年わたし、ミレイルを階段から突き落とした張本人の彼女も同じクラスなのね。その取り巻き達も何人かいるみたいだわ。
その彼女がしきりに目を向けているのは、隣国の王子、アレックス様。しかし、アレックス様はそんな視線には見向きもせず、真顔で前を見ている。そして、先生が教壇に立った。
「皆さん、おはようございます。もう既にご存知の人もいると思いますが、初めましての人もいるので、自己紹介から始めましょうか」
その一言で順番に自己紹介し始める。少ししてわたしの番になった。
「皆様、おはようございます。わたくし、アイリーナ·フォン·セイレンベルクと申します。諸事情ありまして昨年は学院に通っておりませんでしたけれど、これからよろしくお願い申し上げますわ」
にこりと微笑むと、優雅に一礼して着席する。周囲からはため息が漏れた。ざわめきが大きくなる。一瞬固まった先生だったけれど、すぐに気を取り直した様子。
「……聞こえないので少し静かにしてくださいね。次の方、どうぞ」
無事に自己紹介も終わり、今後の授業についての説明を受けた後、休み時間となった。しかし、わたしはクラスの貴族令嬢達に取り囲まれてしまった。
「ごきげんよう、アイリーナ様。私、ディアクト侯爵家の娘、レテフィア·フォン·ディアクトと申しますの。今後ともよろしくお願い致しますわ」
「あら、ありがとう。わたし、昨年学院にいなかった分、皆様と仲良くなりたいわ。よろしくね、レテフィア嬢」
笑顔で返すと、レテフィア嬢はうっと詰まった。どうやらその事でわたしに嫌味を言いに来たようね。誰が相手でも、自分が上に立ちたいらしい。続いて薄めの水色の髪に茶色の瞳の令嬢が話しかけてきた。
「初めましてアイリーナ様、わたしはコーネル伯爵家の娘、フローラ·アル·コーネルと申しますわ」
「よろしくね、フローラ嬢」
その後も色々な令嬢に挨拶された。これは所謂、牽制ってものかしら?だって皆さん目が笑っていないもの。むしろ時々睨みつけてくるくらいよ。わたしはマナーとしての笑顔を張りつけていたけど、正直逃げ出したかった。そんな争いになんて関わりたくないわ。
結局逃げ出せないまま次の授業が始まってしまった。わたしは小さくため息をついた。仲良くなりたいけど、これは疲れるわ。だけど、挨拶だから最初だけよね?
そんな期待は、早々に打ち砕かれる事となった。
それは、ある日の魔術の授業。その日は二人組になって、お互いに魔術をかけ合うものだった。わたしはアレックス様と二人組になった。別にわたしが声をかけたわけでも、アレックス様に声をかけられたわけでもない。先生の方で考えられていたものに従っただけよ。
「アレックス様、よろしくお願い致しますわ」
「ああ」
それで早速始めるのかと思いきや、アレックス様が口を開いた。
「君は、セイレンベルク公爵家のアイリーナで間違いないのか?」
「えっ?あ、はい、間違いないですわ」
意味が分からないまま頷くと、アレックス様が真剣な顔で聞いてきた。
「私の事、覚えてないか……?」
その言葉に首を傾げる。何の事かしら?アレックス様と、何かあったかしら?従兄弟同士ではあるけれど……
そんなわたしの様子を見てアレックス様が残念そうに呟いた。
「やっぱり覚えてないか……」
「あの、アレックス様……?」
何かわたし気に障る事したかしら?不安になって謝ろうとしたわたしは、だったら、と何かを決心したようなアレックス様の言葉に遮られた。
「………私と一緒に、遊んでくれるの?」
朱色の髪に触れ、不安げにその薄茶の瞳を揺らすアレックス様に、かつて同じ言葉に同じ仕草でわたしに話しかけた七歳くらいの男の子が重なった。それは、わたしが七歳くらいの頃の記憶。わたしが魔術のレッスン終わりに王宮の庭園を散歩していた時に、大きな木の下に蹲っていた男の子に言われた光景そのまま。
わたしは驚きと共に思わず呟いた。
「まさか……アレク、なの……?」
それが聞こえたのか、アレックス様、いや、アレクが嬉しそうに微笑んだ。学院に入ってから初めて見るアレックス様の笑顔は、かつて見たアレクの笑顔とそっくりだった。




