33-I 特別な能力
「シル、ネル、ディル、元気にしてたかしら?」
部屋に通されて、ミルが紅茶を配膳するのをじっと待ち、ミルが一礼して部屋を出てから口を開いた。しかし、怒ったようなシリウスに否定されてしまった。
「元気に?してられるわけが無いじゃないか!ずっと心配してたんだぞ!リリーが気を失って宰相に連れられた後、熱を出したって聞いて、居ても立ってもいられなかったんだよっ」
「すぐにでもお見舞いに来たかったんだけど、学院に調査が入ったり、僕らも色々聞かれたりして、時間が取れなかった」
「ごめんねリリー、今になっちゃって」
「……ごめんなさい」
三人にもものすごく心配をかけたらしい。とても申し訳なくなって俯く。すると、手を取られた。温かいその感覚に驚いて顔を上げれば、真剣な顔つきのシリウスと目が合った。
「今度からは一人で危ない事しないでよ?」
「うん、約束するわ」
その言葉にようやく安心したらしく、シリウスは手を離すと紅茶を飲んだ。今度はノエルが話し出す。
「リリー、もう身体の調子は大丈夫なのか?」
「うん、元気いっぱいよ」
「よかった」
「リリー、これお土産。王都にある有名なケーキ屋さんのショートケーキだよ」
「わあ、ありがとうディル!」
ディランが取り出したのは、わたしの大好きなトーパテリアのケーキ。わたしはミルを呼んでケーキの準備をしてもらうと、一口食べた。クリームのほんのりとした甘さといちごの甘酸っぱさがとても合っていて美味しい。
「……ふふ、美味しいわ」
その美味しさに笑顔になる。同じく一口食べたシリウスも笑顔を見せた。
「これは何?」
ノエルが指し示したのは、机の真ん中に一つだけ置かれた淡いピンク色のケーキ。どこか見覚えあるわ。もしかして、あれかしら?
「モモケーキ?」
「当たり!人気らしくて、一つしか買えなかったんだ。だけどリリー、よく知ってたね」
「だってこれ、わたしのために考えられたらしいからね」
「えっ?」
「つまり、リリーのマイトール?」
「ううん、マイトールは断ったの」
この一言に驚く三人。なんで皆そんな反応をするのかしら?一年くらい前にお店で言った時もこんな感じだったわよね。
確かに人と違う事をしているのは分かっているけど、そこまで驚く事かしら?
そんな事を考えつつもケーキを四等分する。そして、シリウス達のお皿に一切れずつ載せた。それを見ながらシリウスが呟く。
「マイトールを断るなんて……」
「リリー、マイトールは断るものじゃないよ」
呆れたようなノエルに言われる。
「マイトールって、つまりその貴族が職人達に認められた証なんだよ。この人はすごい人ですよっていう目印。それを断るなんて事、初めて聞いた」
「うう、だってマイトールにしたら独り占めになっちゃうじゃない」
「職人達が認めた人だけに作るんだから、仕方ないさ」
「それは嫌よ。その職人達が他の人達に認められないじゃない」
「リリー……」
大きくため息をついたノエルは、何か小さく呟いた。真向かいのわたしには聞こえなかったけど、机を囲むように座っているので、両隣の二人には聞こえたらしい。何やら頷きあっていた。
うう、わたしだけ仲間はずれにされてるわ。ふてくされてケーキを口に入れた。口にひろがる甘さで嫌でも笑顔になってしまう。
ケーキを食べ終わり、紅茶を一口飲んで一息ついたわたしに、シリウスが問いかけた。
「そういえばリリー、あれは何だったんだ?」
「あれって?」
「イメージみたいなのが頭に浮かんだんだ」
「それ、僕も浮かんだ」
「僕も」
ノエルとディランも言う。そうよね、そうでなきゃ困るわ。それで魔力を使い果たしたのだし。
「わたしが送ったの。魔獣と戦った時にわたしが見た事、その時の気持ちを、あなた達に。わたしの思っていた事、伝わったかしら?」
「あれでかなり心配したんだ。話に聞く以上に怖かったから。リリーが一人であんな思いをしてたなんて」
横に座っているシリウスがそっと言う。ディランも続いた。
「しかも、気がついたらリリーが動かなくなってて、声をかけても何の反応もなかったから、シリウスが確認するまでリリーが死んじゃったかと思った」
しかし、正面のノエルだけは違った。
「確かに心配はしたよ。それこそ食欲がなくなるくらいには。だけど、そもそもどうやってあれを送ったんだ?」
「ああ、それは……」
そこまで言って思い出した。お父様が、あまり紋章の力の事を言わないようにと言っていたわ。どうしよう、説明しないといけないわよね。
「……お父様に何か言った?」
「うん、リリーが倒れた後、その理由を聞かれて、分かんなかったから何があったか全部話したよ」
「何か言われた?」
「特には何も言われてないけど…」
「……そういえば、この事を聞こうとしたら、それは本人に聞いてって言ってたよ」
それなら言ってもいいのね。紅茶を飲んで、不思議そうな三人に向き直る。
「実はね、わたしの手に紋章があるんだけど、これのおかげなの」
言いながら左手を見せる。
「ちょっと三人とも紋章に触れてみて?」
三人とも素直に紋章に指を乗せた。それを見て、力を発動させる。
『聞こえる?こうやって、紋章を通じて直接働きかけられるの』
「えっ?」
「えっ、どうやって……」
三人が驚いてじっと紋章を見つめる。それぞれが思っている事も、聞こえてくる。
『そんな、こんな事聞いたことない』
『何でこんな紋章があるんだよ?』
『普段からこの力を使ってるのかな』
「違うわディル、いつもは使ってないわ」
「なっ、ど、どうして……」
ディランの心の呟きに答えれば、ディランが驚いた顔でこちらを見た。一方でシリウスとノエルはキョトンとしてディランを見た。わたしはそっと手を離し、紋章の力を収めた。
「ディル、どうした?」
「いや、いつもこんな力を使ってるのかなって思ったら、リリーが答えたから……」
「だから、わたしの心の声も伝えられるけど、相手の思っている事も伝わってくるのよ。もちろん、いつもこんな事してるわけじゃないわ。どうしてもっていう時だけよ」
それを聞いて何かに納得したようなシリウス。
「そうか、僕の力みたいなものだな?」
「シルの力?」
ディランが首を傾げる。ノエルは分かったようで、確かにと呟いた。わたしも、一つだけ心当たりがある。シリウスと初めて会った時、シリウスは怯えていた。自分が他人に触れると相手の意識を奪ってしまう事に。
それは、たぶんあの本、変身者が載っていた本に書いてあった能力。
「僕、吸収持ちなんだ」
シリウスが静かに告げる。本来この能力を持つ人は、他人にひどく畏れられ、たとえどんな権力者であっても必要以上に嫌がらせされる。何故なら、触れた相手を無力化するから。
だから、シリウスは吸収持ちという事をずっと隠しているらしい。わたしも察していたとはいえ、今初めて聞いた。そんなシリウスにディランがあれ、と声を上げた。
「えっ、でも僕シルに触って倒れた事なんてないよ?」
「そりゃ、いつも使ってるわけじゃないからな。リリー、つまりこういう事だろ?」
「……ええ、そうね。それより、わたし達に吸収持ちだって言って良かったの?」
「ああ。それと、ごめんな。実は、リリーの魔力、たまにもらってた」
えっ、いつの間に?全然気が付かなかったわ。驚いてシリウスを見れば、シリウスはやっぱりというように笑った。
「言えば怖がられると思って、なかなか言い出せなかった。これ聞いてどう思う?やっぱり僕の事怖い?」
「「そんな事ない!」」
不安げなシリウスの一言に思わず首を振ると、ディランと声が重なった。そのままシリウスに言う。
「どんな能力があろうと、シルはシルよ。そんな事で怖がったりしないわ」
「そうだよ。シルがたとえ僕の意識を奪う事があっても、友達なのは変わらない、怖いだなんてそんな事ない」
「リリー、ディル……」
「ほら、だから言ったでしょ?二人なら受け入れてくれるって」
瞳を揺らすシリウスにノエルが言う。そうだな、とシリウスが頷いた。
「あれ、そういえばネルは知ってたの?」
「うん。学院で力が発動しないように、たまに僕の魔力をあげてたんだ」
「そのために同じクラスのネルにだけは言ったんだ。本当は今まで通りリリーにもらうつもりだったんだけどな」
初めて知った。ディランも頷く。
「そうだな、この中じゃ一番魔力あるのはリリーで、その次がネルだもんな」
「ディルはその分剣が強いじゃない」
「じゃあ僕はどっちも中途半端なのか?」
「そうかもね?」
「なっ、リリー、ひどいじゃないか!」
わたしの一言にふてくされるシリウス。しかし、すぐに笑顔になった。そういえば、渡すものがあったんだったわ。
「そうだわ、わたしお礼をしようと思って」
言いながらハンカチを取り出した。それぞれに渡す。
「これ、リリーが?」
「そうよ。頑張って作ったわ」
「ありがとうリリー、大事にするよ」
喜んでもらえたようで良かったわ。その後もしばらく笑いながら色々な話をした。




