32-I 心の支え
元気になったので、さっそく魔術の練習よ。家の訓練所に行って魔術を使ってみる。
「『水泡』」
普通に泡を出そうとしてイメージした。しかし。
「なっ、うわっ!?」
体が埋まる程大量の泡が出てきた。慌てて泡を消す。えっ、どういう事、いつも通りにイメージしたのよ。
気を取り直して、次の魔術。本当は突風でも起こそうと思っていたけど、この勢いでは家を壊してしまうわ。
「『発光』」
少し部屋が明るくなるくらいに魔力を込めてイメージして使う。今度は、部屋の中全体が白い光に包まれ、眩しさに目を開けていられない。
光を消して、しばらく立ち尽くす。今の、結構魔力を使った時の明るさだわ。え、どうしよう、普通の威力の魔術が出せないわ。これじゃ、レオンやチェル達と遊べないわ。
しばらく悩んで、一つの結論に辿り着く。やっぱり、練習するしかないわ!
そして、ひたすら泡を作り続けた。体が埋まるくらいの量を出し、全て消してはまた作る。これを一日中やりまくり、やっといつもの五倍くらいの数まで減らす事が出来た。
だけど、まだまだね。治癒や防壁にはちょうど良さそうだけど、攻撃力が高すぎるわ。
一度氷矢を軽く飛ばしてみたら、普通に壁を突き抜けた。さすがに驚いたわ。この建物は、かなり魔術に耐えられるように造られている。いつもなら氷矢が当たってもビクともしないのよ。
呆然としつつも修繕で直してため息をついた。
その日の夜、お父様の部屋に向かった。
「リーナ、どうした?体はもう良いのか?」
「はいお父様、すっかり治りましたわ」
心配気なお父様に大丈夫だと告げる。そうかと頷いたお父様に座るように促された所で、お父様の向かい側に座って切り出す。
「実は今日、魔術を使ってみたのですが、威力がとても高くて。お父様、理由が何かご存知ですか?」
「それは『魔力変質』だろう。魔力量は変わらないが、前よりも少ない魔力で同じくらいの魔術が使えるんだ」
「そうでしたか。普通に泡を出そうとして、部屋を埋め尽くす手前までいってしまったので、慌てましたわ」
良かった、最初に使ったのが攻撃魔術でなくて。そしてお父様は呆然としたように聞いてくる。
「そ、そうか。他のはどうだった?」
「家を壊してしまうと思って、『水泡』と『発光』しか練習してませんが、部屋が真っ白くなりました」
「……分かった。今度外にでも行こうか。そこで思い切り練習しよう」
「……仕事は良いのですか?」
宰相のお仕事、大変でしょうに。休んでも大丈夫なのかしら。そう聞くと、お父様は微笑んだ。
「ああ、一日くらい何とかなるさ。そうしたら、レオンとチェル、シシーも連れていくか」
「楽しみですわ!」
お父様の仕事が心配だけど、そう言うなら楽しまなくちゃ!久しぶりの外、いつ以来かしら?
「リーナ、それと、もう一つ話があるんだ」
「何でしょう?」
「あの魔獣の事なんだが」
真剣な顔で話し始めたお父様、その話は驚きのものだった。
「まず、あれを作ったのは奴で間違いないだろう。そしてあれは、首元の核部分を壊さないといくらでも復活する事が分かった」
「えっ、では、また戦うのですか?」
「いや、核は見事に壊されていたよ。問題は、リーナが切ったと言った尻尾の方だ。傷口すら残さず、完全に元通りになっていた。リーナに教えてもらっていても、切られていたとは信じられない」
「そんな、つまり無傷だと、そういう事ですか?」
「そうだ。核だけ壊されても、体の自己回復機能は働くみたいだ」
じゃあ、もう少し倒すのが遅ければ、尻尾を切ったのが意味ない事になっていたという事?そんな事になってたら負けて倒されてたわ。今更ながらに震える。
「それと、リーナが消し去った闇の魔力だが、リーナの予想通り魔力を吸収するようだ」
「やっぱり……」
うう、こう考えると、やっぱりあれに勝てたのは偶然の産物だわ。もう一度やれと言われても、同じ事をしても、勝つ自信は全くと言っていいほどない。
「それで、今回の件で、ミレイルを閉じ込めたクレノール男爵令嬢は、話を聞いた限りでは、あれの事を知らなかったらしいので、不本意ながら三ヶ月の停学処分とした」
苦い顔をしながら言ったお父様。だが、と続けた。
「僕としては、退学にしてやっても良かったんだがな」
そう言ってわたしのほっぺたに触れた。
「大事なリーナをこんな目に遭わせるなんて」
「ごめんなさい」
少し俯いて言うと、ほっぺたを軽くつねられた。
「全く、自分の安全も考えなさい」
つねられたのに驚いて顔を上げると、嬉しそうに微笑むお父様が目に入った。
「ありがとうリーナ、僕らを心の支えにしてくれて。だけど、それは僕らも同じなんだ。僕らもリーナを支えにしているんだよ、だからな、何よりも無事でいて欲しい」
「…お父様………はい、分かりましたわ」
しっかりお父様の言葉を心に刻む。支えになっている人達が、わたしを支えにしてくれている、それはとても嬉しかった。そんな人達を悲しませてはいけないと強く思った。
そして。そういえば助けてくれたシリウス達にお礼もしていないと思い、刺繍入りのハンカチを贈る事にした。
柄は何が良いかしら、図鑑を見ながら考える。
かなり悩んだ末、シリウスは白くて凛として咲くシュンクの花。ノエルは優しい青色のビラートの花。そしてディランは、燃えるように赤い花のユジミナテに決めた。
まずはシュンクの花から。白い糸を使って丁寧に刺繍していく。シュンクは、茎がすっと真っ直ぐ伸びていて、その上に一輪の白い大きな花を咲かせる。まさにシリウスぴったりな、気品のある花なのよ。
次に、ビラート。これは群生していて、ふんわりとした優しい香りと柔らかい六枚の花びらが特徴。青色の他に、黄色やピンク色などいろんな色があるけれど、やっぱりノエルには青よね。
そして、ユジミナテの花。まさしく炎が咲いているような雰囲気の花で、ディランと似ていると思うの。特に、この花はシュンクの花の周りに咲いて、まるで守っているようだから、騎士のディランにはぴったりだわ。
一日半程かけて、三枚のハンカチを仕上げた。右下にそれぞれの花と、小さく猫の肉球が刺繍してある。だけど、これをどうやって渡そうかしら。学院には入れないし、いつ会えるのかな。
ぼんやりと窓から街を眺めていると、馬車が家の前に停まった。あら、お客様かしら?今日はそんな予定はなかったと思うけれど。
馬車から降りてきたのは三人。光を反射して輝く銀髪の人。燃えるような赤い髪と流れるような青い髪の人達。シリウス、ノエル、ディランが家に来ていた。
ちょうど会いたい時に来てくれた。部屋から飛び出したいのを堪え、ミルが呼びに来るのをじっと待った。こういう時、使用人が呼びに来るのを待たなくてはいけないのが焦れったい。
「アイリーナ様、お客様でございます」
「分かったわ」
やっと来たミルに付いて三人のいる部屋に向かった。




