31-I 心配する家族
な、なんか、お父様とお母様が怒ってる……?
「リーナ、今、何て言った?」
「最後に、何をしたのかしら?」
「お、お父様?お母様…?」
お母様に紋章の力の事を説明して、シリウス達にも使った事を言ったのだけど、ど、どうしてそんなに笑顔が怖いの?
「もう一度言ってくれ」
「え、えっと、シル……王子様達がわたしの恐怖を教えてって仰ったので、紋章の力を使いました」
「その後よ」
「え?王子様に抱きしめられた状態で三人同時に使った所ですか?」
「そこだ。抱きしめられただと?まだ婚約もしてないのに?」
「そうよ。いくら仲が良いからってそれは……」
「だめなのですか?」
えっ、だっていつもそんな感じよ。嬉しい時、落ち込んでいる時、シリウスもノエルも、ディランも抱きしめてくれるし、それが普通じゃないの?
「男友達同士は良くて、わたしはだめなのですか?」
「えっ?」
「え、あ、まさか……リーナ、王子殿下達の事、どう思ってるの?」
「皆大好きな友達ですわ」
「やっぱり……」
「ああ、そういう事か……」
何かに納得したようなお父様。そして、お母様は温かく微笑んだ。
「あんまり期待させちゃだめよ」
「期待……?何の事ですか?」
訳が分からなくて聞き返す。後ろでお父様が頭を押さえた。何か呟いている。お母様も、小さく呟いた。
「まあ、これは……娘ながら恐ろしいわね…」
わたしが、恐ろしい?わたし何かしたかしら?というか、そもそも何でこの話になったんだっけ?学院でモンスターを倒して……学院だわ!
「お父様、学院にはいつ頃戻れますか」
「それなんだが、来年はアイリーナとして通うのはいいな?」
「はい」
「今年度は学院には行かせない」
「えっ?どうしてですか?」
驚いてお父様を見る。そんな、あと三ヶ月あるのよ。
「魔獣を調べた結果、大量の闇の魔力が編み込まれていた。恐らく奴が作った物だろう」
奴、ヴィレヒトが作った……道理で感じた事がある気がしたのね。ん?という事は……
「偶然とはいえ、平民として通っても、奴の魔の手が伸びてきた。なら、アイリーナとして通った方が安全だ。公爵令嬢という立場と、王子殿下達がいるからな」
「では、どうして……」
「今回の件で、平民ミレイルは大きなショックを受けて、学院を退学する事にした」
「リーナ、今回の事もあるし、少し家でゆっくりしなさい。公爵令嬢のマナーも、復習しなくてはね」
「………分かりました」
そうね、少し休んだ方が良いわよね。わたしは頷いた。
次の日から何もしない、退屈な日々が始まった。起きてもベッドの上でじっとしているのは、とても辛いわ。お母様に頼んで魔術の本を取ってもらおうとしたら。
「熱を出してまで勉強しなくても良いのよ」
刺繍をしたいと言ったら。
「怪我したらどうするの」
うう、やる事がないわ、どうしようかしら。
三日程で我慢できなくなり、ある時、お母様に聞いた。
「お母様、わたしは何ならしても良いのですか。一日中じっとしている事なんて出来ません」
「リーナ、何も考えないで寝ていれば良いのよ。ちゃんと頭も体も休めるためよ」
「何も考えないで………」
それだけ言って部屋を出て行ってしまった。わたしはベッドに寝そべってぼうっと天井を見つめる。
しかし、何も考えないようにすればする程、今までの事が浮かんでくる。
ああ、あの時本を読まなければ、ドアを開けなければ、こんな事にはならなかったかしら。
いいえ、いずれ誰かがあれと戦う事になっていたわ。お母様の記憶によれば、あれには普通の攻撃は通らない。通るのは、光属性の攻撃のみよ。
今、王宮に光属性の魔導師はいなかったはず。きっと倒されていたわ。
だけど、何もわたし一人で戦う事はなかったのではないかしら。そうよ、少なくとも誰かが助けに来るのを待っていれば良かったかしら。
でも、今回はシリウス達がわたしに気づいたから良かったけれど、本当なら知らないはず。
それに、カリオン様の話も大きいわ。下手をすれば、一生あそこに閉じ込められたままだったかもしれないわね。
だとすれば、わたしが助けられる事はほとんどありえないわ。
わたしは、どうすれば良かったのかしら………
ほっぺたに何か温かい物が当たってるわ。それが離されて、思わずつかんだ。ああ、温かいわ。
「リナ姉様……?」
レオンハルトの声がする。どうもいつの間にか寝ていたらしい。わたしはゆっくり目を開けた。横を向けば、心配そうな瞳が見つめていた。
「レオン、おはよう」
「おはようございます。リナ姉様、起こしてしまいましたか」
「ううん、良いのよ」
微笑むと、レオンハルトがわたしの胸に頭を埋めてきた。切羽詰まった声で言う。
「リナ姉様、もうどこにも行かないでっ、危ない目にあって欲しくないっ」
「レオン……」
レオンハルトが頭をグリグリ擦ってくる。レオン、擽ったいわ。わたしはレオンハルトの頭をそっと撫でた。
「うう、姉様、無事でよかった……」
レオンハルトは頭を上げると、ぎゅっと抱きしめてきた。
「ごめんねレオン、心配かけて」
「もうこんな事しないでくださいね?」
耳元で呟かれる。わたしはそっと頷いた。もう一人でこんな危険な事は絶対にしないわ。
わたしが頷いたのを感じて、レオンハルトがそっとわたしを離した。真剣な瞳で見つめられる。
「約束ですよ」
「分かったわ、約束ね」
しっかり頷いたその時、ドアが開いた。
「お兄様、ここに入ってはだめと………」
レオンハルトを見ていた鋭い視線がこちらを向いた。途端、蒼い瞳が大きく見開かれる。呆然としたように呟いた。
「お、お姉様……?」
「あら、チェル、どうしたの?」
声をかけると駆け寄ってきた。しかし、突然立ち止まると、恐る恐るという感じに手を伸ばしてきた。
「何してるの?」
伸ばされた手がわたしに届く前に、その手をしっかり握った。レイチェルは少し震えると、大粒の涙を零して飛び込んできた。
「お姉様、会いたかったっ!」
「チェル、リナ姉様は休んでるんだぞ」
「そういえば、どうしてここにいるのです?」
「えっ、お母様かお父様に聞いていないの?」
レイチェルが首を振った。じゃあどうしてレオンハルトは知っていたのかしら?レオンハルトの方に目を向けると、答えてくれた。
「僕は、シル兄様方から聞いたんです。お母様からは、リナ姉様の部屋には入ってはいけない、としか言われてません」
「そうなのね。ちょっと色々あって、来年度が始まるまで、わたしは家にいるわ」
「本当ですか!」
「やったぁ!」
レオンハルトとレイチェルが喜びの声をあげる。その次の日からは、レッスンがない時はわたしの部屋に来てくれるようになった。良かったわ、この二人と話していると、時間があっという間に過ぎていくのよ。
そうして二週間が経った頃、わたしはすっかり元通り元気になった。




