28-I 戦いの恐怖
書類を見ていたお祖父様が顔を上げながら言う。
「シリウス殿下、どうした………」
そして、シリウスの後ろにいるわたしを見て目を見開いた。
「……アイリーナ?」
「お祖父様……」
「!?ど、どうしたんだその格好は!」
慌てて防音を施し、書類を乱暴に置いて駆け寄ってきた。肩に手を置かれる。
「な、何があった!まさか、この三人に…」
「いや、僕ら何もしてないです!」
お祖父様が魔術で制服を直し、体をきれいにしながら三人の方に目を向けた。問い詰めるような口調に、シリウスが慌てて答える。お祖父様、怖いわ。シリウス達は何も悪くないわ。わたしは肩に置かれた手をそっと握った。
「お祖父様、違うわ。助けてくれたのよ」
「助けて……?どういう事だ?」
とりあえず座りなさいと言われ、ソファに座る。そして、どこからか持ってきた毛布にくるまった。一方でシリウス達は立ったまま。
「さあ、最初から話してくれ」
わたしは頷いて、今日あった事を話した。
朝、シリウス達に会ってユリアンナ様に叩かれた事。
図書室に行こうとしたら連れ去られた事。
部屋に閉じ込められた事、そこに合成魔獣がいた事。
全力でそれを倒した時に、シリウス達が来た事。
「……それで、ここに連れてきてもらったの」
「そ、そうか。すまない、少し誤解していたようだ」
話を聞いたお祖父様は立ったままのシリウス達にそう言うと、ソファに座らせた。よかった、すっかりいつものお祖父様だわ。
「それにしても合成魔獣か……一人で倒すなんて……」
「あの、お祖父様?」
しばらく何事か呟いていたお祖父様は、どこかに伝鳥を飛ばしてこちらを向いた。そして、ハッとした顔つきになった。
「待ってくれ、つまりシリウス殿下達は、アイリーナがここに通っていたのを知っていたのか?」
「ええ、まあ」
「いつから?」
「確信したのは今日の朝だな」
今日の朝……?わたし、何か分かるような事言ったかしら?……いえ、いつも通りよ。きっちり臣下の礼をして、挨拶したわ。どうして分かったのかしら?不思議がるわたしに、シリウス達が笑顔で答えた。
「髪の色と瞳の色が違っても、リリーの笑顔は分かるよ」
「五年間一緒にレッスンしてたからね」
「絶対間違えないから」
あれ、わたしの笑顔、そんなに分かりやすいかしら。少し不安になる。
「笑顔、変かしら……?」
「えっ、いや、そういう事じゃなくてだな?」
「っ、ああもうっ」
「まあ、リリーだしな……」
慌てるシリウスに、頭をかきむしるノエル、どこか諦めたようなディラン。わけが分からなくて思わずお祖父様の方を向くと、何か温かい笑顔で見守っていた。
「あの、お祖父様、ごめんなさい。ばれてしまいましたわ」
「いいんだ、これは仕方ないよ。さて、来年はどうするか」
「来年?」
「また平民として通うのかしら?」
「えっ?」
その言葉に驚いたのはシリウス達三人。一瞬固まった後、三人してお祖父様に詰め寄った。
「それはだめだ、半年どれだけ心配した事か」
「そばにいれないなんて、意味ないですよ」
「せっかく学院生活がより楽しくなると思ったのに……」
「いや、しかし……」
「リリーはリリーとして通うべきです!」
「父上に言って……」
シリウスの訴えはしかし、飛び込んできた声に遮られた。
「リーナ!無事かっ、ああ、心配したよ!」
ドアを勢いよく開けて駆け込んできたその人影は、真っ直ぐわたしの所へ来た。そのまま強く抱きしめられる。
「お、お父様、どうして?」
「父上から連絡が来たんだ。リーナが合成魔獣を倒したらしい、と」
「本当なら確認しなくてはならないからな」
「ああ、そんな事よりも、リーナ、無茶しないでくれ。どれだけ心配したか、合成魔獣だなんて。どうしてそんな事に」
「ちょっと閉じ込められまして」
「何だと?リーナを、閉じ込めた?一体誰が!」
「ユリアンナ·ラ·クレノール男爵令嬢だ」
それを聞いたお父様が震えたのが伝わってくる。お父様、さっきのお祖父様より怖いわ。
「ゆ、許さん……」
「テオドール、一旦落ち着け。それで、来年アイリーナをどうするかを話していたんだが」
「来年?」
「ああ、今回こんな事になったのはアイリーナが平民扱いだったからだろう。だから、来年は」
「だったら来年はちゃんとアイリーナとして通わせればいい!」
その叫びに、シリウス達がぱっと笑顔を輝かせる。わたしは驚いてお父様を見つめた。だって、そんな事したら、ヴィレヒトが……
「テオドール、それでいいのか」
「あいつ絡みなら仕方ないが、そもそも受けるはずがない仕打ちを受けるくらいなら。この方がましです」
「……そうだな、一理ある」
わたし、来年はアイリーナ·フォン·セイレンベルク公爵令嬢として学院に通えるのね。やったわ!そっとシリウス達と目を合わせる。これからは、一緒に学べるわね!
「……じゃあ、行くか」
「場所が分かるのは?」
「あ、僕が案内します」
シリウスに連れられ、皆でわたしが閉じ込められた部屋に向かう。お父様はじめ全員に行かなくていいと言われたけれど、お父様が行くのなら、わたしも行きますわ。久しぶりにお父様の温もりを感じて、しばらく離れたくなかったのよ。
辺りはすっかり暗くなっていて、人の気配はない。あの部屋を思い出してお父様にしがみついた。
「リーナ、大丈夫だ、僕がついてるよ」
「お父様……」
優しく頭を撫でてくる。その手をぎゅっと握った。
しばらくして、シリウスが立ち止まる。
「えっと、確かこの辺に……」
言いながら魔術を使う。すると、何も無かった空間に小屋が出現した。
「な、これは……」
「どうやって見つけたんだ?」
「実はカリオン殿に昔話を聞きまして……」
話しながら中に入る。よかった、シリウス達が昨日カリオン様の話を聞いていて。わたしに気づいてくれていて。見つけてくれて、ありがとう。
考えているうちに、問題の部屋に着いた。そっとドアを開け、奥に進む。
「なあリーナ、光を灯してくれないか?」
「はい。『発光』」
部屋を明るくする。そして、三度目の対面を果たした。
「な、何だこれは」
「想像以上だな……」
お父様達が立ち止まる。その後ろから覗き込んだわたしは、ある事に気がついた。
「し、尻尾が、くっついてる……」
そう、確かに切り離したはずの尻尾が、元通り体についていた。えっ、だって、切ったよね?わたし、これ倒したよね?何で尻尾が治ってるのよ?
お父様が聞いてきた。
「リーナ、それは本当か?」
「うん、間違いないわ」
「……ちょっと見せてくれないか?いや、無理ならいいんだが」
躊躇ったように言ってくる。わたしの紋章の力で、戦いの様子を教えてくれないか、という事だろう。わたしは頷いた。ここには、お父様もお祖父様も、シリウス達もいる、一人じゃないわ、大丈夫。
お父様の手を両手でしっかり握って、戦いを思い出す。その風景を、紋章を通してお父様に伝える。『星雲』で倒したところまで行くと、そっと手を離した。
お父様は、手を離すとお祖父様と一緒に合成魔獣を調べ始めた。わたし達四人は手前の部屋に取り残された。
戦いを思い出した事で、恐怖までよみがえってくる。その場に座り込む。これ、さっきもやったわね。
恐怖に小さく震えていると、肩に手を置かれた。びっくりして叫び声を上げそうになりながら振り向くと、心配そうなシリウス達がいた。
「リリー、一人で抱え込まないで、僕らも頼ってよ」
「ふぇぇ、シル……」
心細さにシリウスに抱きつく。わたしをしっかり包み込んだシリウスに、耳元で囁かれる。
「リリーの思い、僕にも教えて?」
「僕も、リリーの恐怖、一緒に感じてあげるよ」
「ね?話してごらん?」
三人が手を差し伸べてくる。三人の手を、両手で包み込む。
「わたしの怖さ、一緒に体験してくれるの?」
「「「もちろん」」」
真剣に頷く三人に、紋章の力を発動させる。伝わってくるのは、三種類の、心配する気持ち。わたしは、体験した恐怖を、イメージ、風景と一緒に三人に伝える。そして、シリウスの温もりに包まれたまま目を閉じた。




