26-D 憧れの人
僕は代々騎士団長を務めるアークウェル侯爵家の長男、ディラン·フォン·アークウェル。小さい頃から剣術の練習はしている。
いつもは騎士団の人達と、たまに父上と練習していたが、七歳の時、父上の大技を見た。それは、剣に炎を纏わせるもの。炎を纏った剣の輝き、それを持った父上の姿、そして敵を容赦なく倒すその強さ。
僕は一目見てとても興味を持った。あの剣術、出来るようになりたい!
「父上、その術、教えてください!」
「……本気だな?これは難しいぞ。途中で諦めるなよ?」
「もちろんです!」
強い術だもの、そのくらいの覚悟はある。僕は父上みたいに強くなりたい。そのために努力も練習もする。しっかり頷いた僕を見て、父上はよし、と言った。
「だったらまずは火の上級魔術が使えるようになれ。話はそれからだ」
それだけ言うと、父上は騎士団の方に向かっていった。そんな事を言われても、魔術なんて、どうすれば使えるようになるんだ?
剣術なら教わった型通りに体を動かせばいい。威力を高めるために素振りしたり、素早く動けるように動きを反復したり。
だけど、魔術は全く分からない。想像もつかない。
その日の夜、父上に聞きに行った。
「父上、どうすれば魔術が使えるようになりますか?」
「あれ?俺言わなかったっけ?前魔導師長のカリオン様のレッスンに、入れてもらえる事になった。生徒はお前を入れて四人、シリウス王子殿下、フォルティス公爵令息、セイレンベルク公爵令嬢で、皆お前と同年代だ。そこで魔術を学べばいいだろう」
「父上、ありがとうございます」
「ああそれと、レッスンは明後日だ、そこまで俺が一緒に行こう」
「分かりました」
魔術を学ぶ事が出来るのは良かったが、同年代の子達とどう接すればいいか分からない。不安なままその時を迎えた。
王宮の応接間でカリオン様と会った。
「初めまして、ディランです」
「カリオン·フォン·フォルティスだ」
「カリオン様、息子を頼みます。ディラン、頑張れよ」
「はい父上」
父上が部屋を出ていく。そして、カリオン様も席を立った。
「では行くぞ」
「どこにですか?」
「訓練室だ。それと、レッスン中は私の事は先生と呼ぶように」
「わかりました、先生」
話しながら王宮を移動し、訓練室につく。僕はドキドキしてきた。うう、大人相手なら何とかなるのに。
カリオン様がドアを開ける。
「さあ、連れてきたぞ。今日から一緒に魔術を学ぶ子だ」
「ディラン·フォン·アークウェルです。よろしくお願いします」
とりあえず大人相手のように挨拶した。そこには、三人の僕と同じくらいの子。銀髪に碧翠の瞳の男の子、青髪に蒼い瞳の男の子、そしてピンクがかった金色で空色の瞳の女の子。
三人は僕を見るなり顔を見合わせた。何、僕何か変だった?教えて。とても不安になってきた。あの三人の中に入るのは難しいだろうな。だってちょっと見ただけで仲の良さが分かるから。
俯きかけた僕の所に三人がやって来た。
「シリウス·サン·アイルクスだよ」
「ノエル·フォン·フォルティスです」
「アイリーナ·フォン·セイレンベルクです。よろしくね」
「あ、あの……?」
変だった所を聞こうとしたのに声がうまく出てこない。慌てる僕の前で、セイレンベルク公爵令嬢様が微笑んだ。
「二人とも、いくよ?」
「いいよ!『水泡』」
「任せて!『突風』」
「『発光』」
三人が魔術を使う。フォルティス公爵令息様の出した泡を王子殿下が風で舞わせ、セイレンベルク公爵令嬢様が光を当ててきらめかせた。
「うわぁ……」
すごい、キラキラしてきれい!僕は呆気にとられてまた声が出ない。同じくらいの子達が、こんなに素晴らしい魔術を使えるなんて、僕の居場所あるかなぁ。
「ディラン様、これからよろしくね」
「あっ、こちらこそっ」
「さあ、今日のレッスンを始めるぞ」
「「「「はい!」」」」
こうして僕は魔術のレッスンに通う事になった。元からいた三人はもう初級魔術がある程度使えるらしく、お互いに攻撃しあってコントロールを練習していた。
僕は魔術の基本から、カリオン様に学んだ。同じ部屋にいるのに、三人が何だか遠くにいるように思えた。仲良くなりたいのに、声のかけ方が分からない。
その上、あの三人の中に入るのはかなり勇気がいる。僕は気まずくなって、レッスンが終わるとすぐに帰る事にした。
一ヶ月ほど経ったある時、いつものように帰ろうとした僕は、セイレンベルク公爵令嬢様に声をかけられた。
「待って、ディラン様」
まだ様付け。王子殿下とフォルティス公爵令息様は呼び捨てなのに。僕だけ違う、ここに壁を感じていた。答える気にならず、そのまま部屋を出ようとした。
「ねえディラン、待ってよ」
その声に思わず立ち止まった。その言い方もそうだが、何よりも呼び捨てで呼ばれた事に反応した。えっ、聞き間違いじゃないよな?
半信半疑のまま振り返ると、すぐ後ろに微笑むセイレンベルク公爵令嬢様がいた。そっと手を握られる。温かい。仲良くなりたいのは僕なのに、何も出来ない。
「ごめんねディラン、一人だけ違う呼び方して」
「あ、あの、大丈夫、です」
嘘、大丈夫じゃない。だけど、大人相手に言う癖で咄嗟に言ってしまった。さらに。
「敬語なんて使わなくていいよ?」
「えっ?」
今まで、目上の人には何があっても敬語を使えと言われ続けていた。だから、まさかそんな事を言われるとは思っていなかった。
「……いいの?」
「うん、それと、わたしのことはアイリーナって呼んで?」
屈託なく笑うアイリーナ。僕もだんだん心が軽くなってきた。だけど、これだけは自分で言いたかった。
「僕と、仲良くしてくれますか?」
「もちろん!お友達だもんね」
「……っ、ありがとうっ!」
僕より少しだけ小さいアイリーナを抱きしめた。僕だけ除け者にされていると思ってた。だけど違った。ちゃんと僕の事気にしててくれたんだな。ありがとうアイリーナ。
それからは王子殿下、フォルティス公爵令息様の事もシリウス、ノエルと呼ぶようになった。それもいつしか愛称に変わっていった。
そして、アイリーナは憧れの人。その魔術もとても上手だし、気遣いも出来る。そんなアイリーナを、僕は尊敬している。
シリウスとノエルもそれぞれ何か思う所があるらしく、アイリーナを抱きしめたり頭を撫でたりすると色々言われた。僕も言うようになった。だって、尊敬している人に触れるなんて、ずるいから。
時は経って僕は十三歳になった。まだ父上の技は習得出来ていないが、学院に入学する事になった。
本来なら十二歳で入学するのだが、僕は特別にシリウスと同じ、一つ下の学年で入学する事となった。
ただ、アイリーナは何か事情があるらしく、一年間学院に来ないと聞いた。何でだよとも思ったが、事情があるなら仕方ないと納得した。
シリウスだけはずっと引きずっていて、学院でも初めのうちはアイリーナの影を追いかけていた。たまたま通りかかった令嬢をアイリーナと思って、手をつかんだ時はさすがに驚いたが。
しばらく経ったある朝、シリウスにアイリーナと間違えられた子とすれ違った。茶髪で茶色の瞳の彼女はたまに見かけていて、僕らの中でも話題になっていた。とても礼儀正しい平民の子だよな、と。
その彼女に、いつもシリウスに付きまとってる令嬢が突っかかった。ぼうっと立ち尽くす彼女に近づき、シリウスとノエルが魔術をかけた。
僕は何も出来ない、だから頑張ってと声をかけた。その時の彼女の見せた笑顔は、とても見覚えのある笑顔で。
そんな、ここにいるはずがない。だってその笑顔を浮かべるのは僕は一人しか知らないし、それはここにいない人だから。
二人もそう思ったらしく、僕らは授業終わりに会いに行く事にした。礼儀正しい平民、いや、僕の憧れの人、アイリーナに。
しかし。朝アイリーナに突っかかった令嬢が、よりによって隠し部屋にアイリーナを閉じ込めたらしい。僕は怒った。
もちろん閉じ込めた令嬢にもだが、それよりもアイリーナを平民としていた人達に。アイリーナが本来の地位と魔力を使えれば、こんな事になるはずがなかったのに。
そんな事を言っていても仕方ない。僕らはアイリーナを探し始めた。手がかりは、カリオン様の昔話。ちょうど昨日聞いたばかりのその話に、隠し部屋が出てきた。それをもとに三人で探し回る。
しばらくして、シリウスが何かを見つけた。そこに向かうと、風景の一部に違和感がある。ノエルが魔術を使って調べると、そこに小屋が出現した。
驚きつつも慎重にドアを開ける。
途端、暗闇から何かの叫び声がした。僕は思わず立ち止まったが、シリウスは中に駆け出した。そこに残ったノエルと顔を見合わせる。
「『点火』」
火を大きめにして中に入る。ひたすら階段が続いて、やっと下についた。ドアが開いていて、部屋には光があった。火を消して中を覗き込んだ。アイリーナ、いた?




