26-S 半年我慢して
学院生活はつまらない。僕はノエルやディランと話しながらそう思った。理由なんて判りきっている。
アイリーナがいないから。
学院入学する前の最後の魔術レッスンに、アイリーナは来なかった。それどころか、一年間は療養のために学院に来ないと言われた。僕はノエル、ディランと共にひどくがっかりした。僕の世界を作ってくれたのはアイリーナなのに、ずっと一緒に学んでたのに。ノエルにかなり説得されて、それでも諦めきれないまま入学式を迎えた。
学院では、僕らはいつも令嬢達に囲まれた。皆覚えて欲しいのか何なのか、ひたすら話しかけてくる。でも、アイリーナと話すのが一番楽しい。あの笑顔が見たい。僕は令嬢達とはあまり親しくなろうとしなかった。
そんな中、ユリアンナ·ラ·クレノール男爵令嬢だけは懲りずに突っかかってきた。
「シリウス様、ここが分からないの、教えてくださる?」
どれだけ拒否しようとも、再びやって来る。一ヶ月して、もはやそれが日常と化してしまった。
そんな半年前のある日、食堂でノエル達と話していたら、懐かしい声が聞こえた気がした。
「まあ、仕方ないよ」
「……?リリー?」
気がつけばその子の手をつかんでいた。驚いて振り返った令嬢の瞳は、茶色で。大きく見開かれていた。隣で僕をたしなめる声も聞こえずに、僕はしばしその子を見た。
そうだよな、ここにはアイリーナはいない、いるはずがない。そんな事は分かってる。だけど……
「あの、離してくれませんか」
「あ、ごめん」
言われて我に返る。慌てて手を離すと、その子はきちんとした礼をして去っていった。
「もう、シル、リリーはいないって」
「いや、あの声が何処か似てて……」
「だけど今の子、どこの子だろう?すごい礼儀正しかったな」
ノエルとディランとしばらく話し合った。
それから半年経つ。その子とはたまにすれ違うが、きっちり礼をしてくれる。聞いた所によれば、平民だというから驚いた。そして、ある日。クレノール男爵令嬢が授業に来なくなった。
「ねえ、聞いた?階段から落ちたの、あの礼儀正しい子だって」
「あの子が?珍しいな」
「それがね、落とされたんだって」
ノエルが小声で言う。僕は唖然とした。
「だってあんなに真面目でしっかりしてるのに?」
「だからだと思うな」
ディランも驚いている。ノエルだけは冷静に分析していたようだ。
「令嬢は怖いからね」
「ああ、あの男爵令嬢の事か」
「それだけじゃないらしいけどね」
令嬢、恐るべし。何が気に障ったのか分からないから最悪だよな。アイリーナなら、きっとそんな事はしないのに。むしろ全てを包み込んでくれそうだ。
しかし邪魔者がいなくなってのんびりしているうちに、再びクレノール男爵令嬢が復活した。
「シリウス様、後で時間をもらえますか」
「明日でもいいか?」
ノエル達とアイリーナの話をしていた所に割り込んできた。だめだ、今日はレオンハルトにアイリーナの事を聞きに行くんだ。断ると、残念そうに遠ざかっていった。
「シル兄様、ネル兄様、ディル兄様、お久しぶりです」
「やあレオン、元気か?」
「はい!」
授業が終わったあとに王宮のカリオン殿の所へ向かう。そこでは予想通りレオンハルトが魔術を練習していた。
「レオン、少し遊ばないか?」
「良いですよ!」
訓練室で向かい合う。レオンハルトの瞳が紅く光る。
「『炎射』」
「『水砲』」
レオンハルトの手元から吹き出した火炎を、水を吹き出させて迎え撃つ。ぶつかった所から水蒸気が上がった。
「レオン、なかなか上手くなったな」
「はい、練習しましたから!」
笑顔で言ってくる。今まではただぶつかって終わりだったのが、僕の出した水を蒸発させるまでになった。かなり威力が増したな。
「そうだレオン、リリーは元気か?」
「リナ姉様は元気だよ。細かくはわかんないけど」
「そうか、良かった」
「ネル兄様は、学院どうですか?」
「ん?僕?そうだな、まあまあかな」
「まあまあですか?」
「ああ。正直授業はあんまり面白くないよ」
「そうですか」
ノエルとレオンハルトが語り出す。僕はディランと共にカリオン殿と話す。
「殿下とディランはどうだ?」
「うーん、あんまり楽しくないな」
「僕らの周り、いつも令嬢に囲まれるからな、特にシル」
「私もそうだった。ゲオルグと一緒に逃げ回ってたな」
懐かしそうに言うカリオン殿。そのまま過去の話になった。
「…でな、私は見つけたんだ。秘密の地下を。だが、二度と行けなかった。もう見つからなくなっていたんだ。ゲオルグがものすごく悔しそうにしててな。どうして連れて行ってくれなかったのかと」
「それは、どの辺にあったんですか?」
「ああ、確かあれは図書室らへんじゃないか?ぼうっと歩いてたらいつの間にかドアがあったんだ」
「おもしろそう!」
「そうだな、レオンハルトも学院に入ったら探してみたらいい」
僕も興味を持った。隠された地下。そこには、一体何があるんだろう。
その日はそれで別れた。明日、少し見てみよう。期待を胸に学院に戻った。
次の日の朝、あの子と会った。そう言えば名前聞いてないな、そう思った。いつも通り、しっかりした礼をとって挨拶してくる。
「やっぱり男爵令嬢とは違うな」
「そうだよな、あの子の方がよっぽど良いよ」
「何かあいつ、何処か似てるよな」
ディランが呟く。誰になんて、言わなくても分かる。アイリーナなら、確かにあんな感じだろうな。
「シリウス様、おはようございますわ」
そこに、問題児がやって来る。そのマナーのなさに、思わず呟いた。
「あの子を見習った方がいいんじゃないか」
途端に駆け出すクレノール男爵令嬢。あ、今の聞かれたか。すまない、巻き込んでしまった。
呆然と立ち尽くすその子に謝る。ぼろぼろになってしまった制服を直した。ノエルが治癒をかけ、ディランは一言元気づけた。すると、彼女はにっこり笑った。そして慌てたように真顔に戻ると、礼をして去っていった。
「ねえシル、あの子……」
「そんなわけが……」
「でも、あの笑顔、間違いないよ」
その瞬間、僕らの思っていたことは一つ。
あの子、リリーだ。
授業が終わった後、三人でアイリーナを探しに行こうとして、クレノール男爵令嬢と出会った。
「シリウス様、どこに行かれるの?」
「少し人を探しにな。朝の子なんだが」
「ああ、あの子なら閉じ込めました。生意気なのよ、平民のくせに」
「はあ?」
「どこに?」
「誰も知らない場所に。そんな事より、私と……」
「失礼する」
呼び止める声がするが、無視した。僕もだが、ノエル、ディランも相当怒っているようだ。
「まさか、平民が気に食わないからって、閉じ込めるだなんて」
「誰も知らない場所だって?何でそんな所を知ってるんだ」
「それより、探さないと」
「でも、そんな場所、心当たりない」
焦りが増していく。少なくとも今日中には見つけないと。早く助け出して、恐怖を拭ってあげたい。そんな中、ノエルが何かに気づいた。
「そう言えば、昨日祖父上が話してた、あそこはどうだ?」
「隠された地下の部屋の事?」
「探してみるか。確か、図書室の近くにあると言ってたな」
図書室の周りを隈無く探したが、それらしい所は見つからない。ノエルとディランにも聞いたが、二人して首を振る。
「仕方ない、手分けして探そう」
「見つけたら教えて」
「分かってる!」
ノエルは一階に、ディランは上へ向かった。僕は、建物の外を探す。カリオン殿が、図書室からぼうっと歩いたら着いたと言っていた。情報が少なすぎる。とりあえず寮の方に歩く。
二度と行けなかったのなら、景色が似ている所か?それとも、見つけにくい場所にあるのか?いや、何か条件がいるのかもしれない。
僕はアイリーナの笑顔を思い出す。いつもニコニコしていて、怒った所を見た事がない。ここのどこかに、閉じ込められているのか?僕は心配で胸が張り裂けそうだった。
辺りを見回していると、ふと違和感を感じた。僕はゆっくり目を走らせる。そして、ある一点に目を留めた。そこだけ風景が少し歪んでいる。
「ネル、ディル、ちょっと来て」
とりあえず二人を呼んで、見つけたものを見せる。
「何だこれ?」
「うーん、ここだけ魔力が濃いな。『解析』」
ノエルが魔術を使うと、そこに小さな小屋が出現した。
「うわっ」
「な、何だ…?」
「……っ!」
皆で呆気にとられる中、僕は何か不気味なものを感じた。この中にアイリーナがいるなら、早く助けなくては!
ドアを開ける。途端、叫び声がした。
「グオォォォォア!」
僕らは顔を見合わせた。今のは、何?アイリーナは?
いても立ってもいられず、僕は駆け出した。長い長い階段の下に着くなり、そこにあるドアを開ける。
そこは、本やらアクセサリーやらがたくさん置いてある部屋だった。その奥、もう一つのドアがあり、その前でピンクがかった金色の髪を揺らし、ぼろぼろになって座り込む女の子がいた。はやる心を抑え、聞いてみる。
「リリー?」
ゆっくり顔を上げたその子は、僕を見て目を見開いた。まるで有り得ないものを見たように。だけど、ああ、間違いない。
「シル……?」
その懐かしい、久しぶりの声を聞いて飛びついた。
「リリー、会いたかったっ!」




