25-I 部屋の主
とりあえず真っ暗なので灯りをつけようかしら。というか、ここ誰もいないよね?攪乱解除しちゃおう。
残念ながらここには電球がないので、『点灯』は使えない。わたしは『発光』を灯り代わりにして、明るくなった部屋を見回す。意外と広いわ。あら、奥にもドアがあるわね。後で見ましょうか。
ここは、どうやら使われていない倉庫みたいね。よく分からない紋章や本、アクセサリーなどが置いてあるわ。本を手に取る。途端に埃が舞い上がった。思い切り咳き込む。ああ、長い間使われてなかったから埃が積もってるのね。
「『掃除』」
部屋全体にかける。これでここは大丈夫よね。その場に座り込んで本を開く。少し目を通して、震えてきた。
その本は、禁術についての本だった。『死の紋章』や『制圧』などについて詳しく書いてある。
忘れていた恐怖が蘇る。九年前に殺されかけた、負の記憶。
そしてふと感じた。
ここ、あの時と同じ雰囲気だわ。部屋に漂う闇の魔力に、強く明確な殺意。それは、奥のドアの方から感じられる。
強引にドアから目を離して、本の続きを読む。そこにはさらに忌まわしい事が書いてあった。震える体を抱きしめながら読み進める。
ある程度読んだ時、部屋の奥から音がした。本の内容と、自分の感覚を信じれば、奥にいるのは忌まわしき存在。実在するのなら、倒さなくてはいけない。だけど、体の震えが止まらない。考えている通りなら、わたしの全力で勝てるかどうか分からない。しかも、向こうは容赦なく攻撃してくるだろう。つまり。
──死ぬかもしれないわ。しかも、結構高い確率で──
今わたしがしなくてはいけないのは、それを外に出さない事。存在を知らせる事。そして、倒す事。もし外に出してしまえば、わたしが負けてしまえば、国中が恐怖に陥る。それどころか、下手すれば国が滅亡するかもしれない。
部屋に閉じ込められたわたしは、外に連絡する事は出来ない。その上、逃げる事も出来ないわ。戦うしかない。
大丈夫よ、本に弱点は書いてあったわ。それに、地下とはいえ全力で魔術を使えばきっと誰かが気づいてくれる。大丈夫、きっと帰る。帰れる。皆が待ってる。シリウス、ノエル、ディランが。お父様、お母様、レオンハルト、レイチェルが。
そうよ、わたしはこんな所で負ける訳にはいかないわ!何がいたって倒してやるわ!
覚悟を決めてドアを開ける。そこにいたのは、予想通りのもの────合成魔獣。歪なドラゴンの形をしたそれは、ただひたすら大きく、闇の魔力を撒き散らしていた。
目が合う。途端に魔力が膨れ上がった。
「『防御結界』!」
唱えながら横っ飛びにかわす。一瞬の差でわたしがいた所を黒い炎球が通り過ぎた。結界は保険。あんな攻撃、一撃でもくらったら崩れ去ってしまうわ。
「『竜巻-刃』っ」
攻撃しながら『解析』を使う。弱点は首、本にあった通りだわ。しかし、表皮、分厚い鱗に包まれたそこは、全ての状態異常耐性に高い防御。物理攻撃で傷つけ、全力魔術を叩きつけるのが唯一の勝ち筋。ところが、いくら攻撃しても傷がつかない。
そこに尻尾が飛んできた。慌ててかわす。すぐさま炎が来る。ああもう、頭と尻尾二つ同時に注意しておくのは、かなり体力を使うわ。とりあえず尻尾を何とかしよう。
「『風刃』」
付け根を狙う。しかし、届く前に消えてしまった。驚く間もなく攻撃が来る。避けながら考えた。この部屋は魔獣が出している闇の魔力で満ちてる。部屋で相当濃いから、本体は?魔力である程度の攻撃を無効化している?
それだったら。
「『光筋』」
手から光線を出して尻尾に叩きつける。果たして、付け根部分に攻撃が通った。そこだけ闇の魔力が途切れる。
「グガアァァァッ!」
暴れる魔獣の攻撃をかわし、いくつか避け切れずに攻撃を受けながら何とか尻尾の付け根に狙いを定める。
「『風刃』―光付与!」
光を纏わせた風の刃を放つ。
「ギィァァァァア!」
尻尾が半分切れた。もう一度攻撃して、尻尾を切り落とした。すかさず解析すると、切断面は状態異常が通るとの事。なら、治される前に。
「『氷矢』―毒付与」
切断面に対して垂直に。全体に毒を纏わせた氷矢を突き刺した。
魔獣が小さく痙攣する。その隙に、部屋中を『発光』で照らした。さらに魔獣にも向ける。これで体を覆う闇は削られたはずだわ。
魔獣を見上げる。すぐに攻撃して来ると思ったのに何も来ない。いや、胸が膨らんでいく。まさか、これは!?
ギリギリまで待って、素早く横に飛んだ。結界を炎がかすめる。衝撃で吹き飛んだわたしは、地面に叩きつけられた。身体中が痛いわ。立ち上がらないと。治癒をかけて立ち上がろうとしたわたしの手に何かが触れた。
それは、さっき切り落とした尻尾。左手が触れた途端に、覆っていた闇を吸収していく。それは瞬く間に全身を駆け巡り、わたしは一瞬ふらついた。何これ、この部屋の闇の魔力を吸収して、魔力が増えていく……?
ハッとして魔獣を見る。こいつ、まさか魔力切れしないの?使った分すぐに補給してるって事よね。どうしよう、とりあえずこれを何とかしなきゃ。
飛んでくる攻撃をかわしながら必死に考える。闇に対抗するには光。だけど『発光』じゃ弱い。『陽光』は限定魔術だし………
炎球を避ける。ええと、こういう時に使える光属性の範囲魔術は、えーと、えーと………あっ、そうだわ!
腕を避けてしっかり立つと、魔獣を見据えた。
「『極光』!」
光属性上級魔術。『陽光』が一本の光なのに対し、『極光』は数本の光が駆け巡る。まだ成功させた事はなかったけど、これしかない!
唱えた途端、部屋に光が満ち溢れる。上から降る光が何筋も魔獣を直撃した。
「ガァァァッ!!」
魔獣が暴れ回る。しばらくして光が消えた時、魔獣を覆っていた闇は光と共に消え去っていた。
やったわ、上手くいった!
わたしは尻尾の陰でそっと喜びを噛みしめた。同時に治癒を使って怪我を治す。さっきの魔獣の暴走で思い切り吹き飛ばされたのよ。
魔獣の動きが緩慢になる。魔力を気にしてるのかしら?それとも毒がまわってきたの?どちらにせよ、今がチャンスだわ。素早く息を整えると立ち上がった。
炎球が飛んでくる。かわそうとして避け切れず、慌てて土壁を出した。まずいわ、体が動かない。足に力が入らないわ。次の一撃で決めないと。
ぼろぼろになりながらも必死に攻撃を避ける。さっきまでより攻撃される回数が増えていく。焦るわたしの頭には、ある一つの魔術が思い浮かんだ。次の一撃で決めるなら、これで攻撃するしかないわ。
今までで一番集中して、イメージを膨らませる。持てる魔力を総動員して魔獣を攻撃する。
「これで終わりよ!『星雲』!」
魔獣の周りにいくつもの星が瞬く。そして、一斉に魔獣に光を放った。暴れて星を消しさろうとする魔獣の、その首を、一筋の光が貫いた。
「グオォォォォア!」
最後の力を振り絞って暴れた魔獣は、ゆっくりと倒れた。力を使い果たしたわたしも、その場に座り込んで肩で息をする。そして、呆然と目の前で倒れていく魔獣を見つめた。
「わ、わたし、勝った、の?」
思わず呟く。ああ、ここから出なきゃ。でも、もう動けないわ。やっとの事で元の部屋に戻ると、ドアを閉めた。そのまま座り込む。もうあんなの、見たくないわ。わたしは顔を伏せた。
「リリー?」
ああ、幻聴まで聞こえるわ。こんな所に、誰かがいるはずがないのに……
顔を上げたわたしは固まった。
「リリー!」
そう言って飛び込んできたのは、紛れもない、間違えようもない、大切な人。
「シル……?」
シリウス·サン·アイルクス王子がそこにいた。




