24-I 怒りのユリアンナ
一ヶ月して、レテフィア様とユリアンナ様が戻ってきた。わたしは気にも止めずに過ごしていた。
ある日、いつも通りに食堂で昼食を食べていた。
「ミレイル、見て!」
「わぁ、すごくきれい!」
「上手く作れたの」
テルアが刺繍を見せてきた。授業でそれぞれ好きな柄を刺繍しているの。テルアは星を刺繍していた。黄色の糸で作られたそれは、輝いているように見える。
「ミレイルのおかげよ。ありがとう」
「ううん、わたし何もしてないよ」
「そんな事ないよ。私も助けてもらったし」
「それでね、これは……」
レシーナとテルアが話し始めた時、近くから声が聞こえた。
「今日はどうする?」
「うーん、久しぶりにカリオン殿の所にでも行こうかな」
「そうだな、レオンとも会いたいし」
シリウス達が雑談している所に、ユリアンナ様の声が割り込んだ。
「シリウス様、授業の後に少しいいですか?」
「明日でもいいか?」
「あっ、はい、ありがとうございます」
しょんぼりしたような声のユリアンナ様が歩いてくる。一方のシリウス達は話を再開していた。
「レオンにリリーの事を聞いてみるか」
「ディル、無駄だよ。いつも何も言わないじゃないか」
「逆に考えれば、リリーは元気だって事だよな」
「確かに」
ごめんね、シル、ネル、ディル。わたしは元気いっぱいでここにいるわ。レオン、約束守ってくれてるのね、ありがとう。
「ミレイル?どうしたの?」
「うぇ?何でもないよ?」
「そう?何だかぼうっとしてるから、何かあったのかなと思ったの」
「ううん、大丈夫」
授業が終わって、寮に帰る途中でレシーナに聞かれた。
「授業中もぼうっとしてたし」
「えっ、嘘」
「本当だよ。いつものミレイルじゃなかった」
心当たりがないわ。いつも通りにしていたのだけれど。
「いい事でもあった?」
「え?ないよ?」
テルアまで言ってくる。本当に心当たりないわ。
「ずっとにこにこしてるよ」
「いつも通りだと思うけど……」
「いつも以上によ」
「ええ?」
しかし、運悪くもそこにユリアンナ様が通りかかった。
「あなた、私が落ち込んでるのに、よくそんな嬉しそうに出来るわね。私が不幸なのが嬉しいの!?」
「決してそんな事はないです」
「うるさいっ!」
思い切り押される。よろめいたわたしの横を、呟きながら通り過ぎて行った。
「何でイベントが起きないのよっ」
イ、イベント…?何かしら?
すっかり見えなくなった頃、レシーナに聞いてみる。
「イベントって何か知ってる?」
レシーナはかぶりを振った。テルアも首を振る。
「初めて聞いた。何それ?」
「さっきユリアンナ様が呟いてたんだけど」
結局何も分からないまま部屋に戻った。
窓辺で外を眺めていると、遠くから何かが飛んできた。あら、これは伝鳥?だけどお父様のではないわね、誰のかしら?
伝鳥は真っ直ぐ飛んでくると、部屋に飛び込んできた。驚くわたしの手にとまる。
『リナ姉様、やっと出来ました!僕も、リナ姉様の声が聞きたいです。お父様ばっかりずるい!シル兄様達も、知らないとはいえリナ姉様のそばにいるのに、僕は遠くにいる。今日もリナ姉様の事を聞きに来たけど、僕が知りたいよ!だから、たまに連絡して、お願い。レオンハルト』
切実なレオンハルトの声が聞こえてきた。そっと鳥を撫でると、すっと消えてしまった。わたしは微笑んだ。伝鳥を作って伝言を言う。
レオン、元気そうで良かったわ。わたしがいない間にどんな事をしているのか、気になるわ。わたしは元気に学んでるの。たくさんの人と過ごすのは結構楽しいわよ!あと少しで学院一年が終わるから、そうしたらまた遊びましょう?楽しみにしてるわ。
次の日。授業に行く途中でシリウス達とすれ違った。礼をとって挨拶する。
「シリウス様、ノエル様、ディラン様、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「「おはよう」」
そして通り過ぎる。後ろで立ち止まった三人が小声で会話している。
「………あの小娘……違う……」
「そう………よっぽど良い……」
「……あいつ……似てる………」
何か気に障る事をしてしまったかしら?何処か怒りと呆れを含んだ口調に不安になる。そこへ、ユリアンナ様がやって来た。
「あら、シリウス様おはようございますわ」
「……おはよう」
ノエルとディランが苦笑いする気配が伝わってくる。そしてシリウスが何か言った。駆け寄ってくる気配に振り向くと、ユリアンナ様が怒りの形相で迫っていた。
「何でこの私がこんなモブ平民に負けるのよっ!」
状況がよく分からないまま叩かれる。その勢いのままに押し倒された。
「何で、ストーリー通りにいかないのよ!何でよ、どうしてっ!」
言いながら容赦なく攻撃してくる。あの、痛いんですが、離してもらえないかしら……
隙をついて土壁を出し、立ち上がって体勢を整える。なおも攻撃しようとするユリアンナ様に一言言った。
「ユリアンナ様、どうなさったのですか?」
「なっ、こ、この、覚えておきなさい!」
それだけ言い残して去っていった。あの人、何がしたかったのかしら?あとストーリーって何?
立ち尽くすわたしにシリウス達が近づいてきた。
「すまない、余計な一言で巻き込んでしまった」
「いえ、大丈夫です」
「こんなに怪我して……『治癒』」
ノエルの魔術で怪我が治る。続いてシリウスが『掃除』をかけ、土埃まですっかり落ちた。
「ありがとうございます」
「いや、せめてものお詫びだ」
「頑張ってな」
その言葉に笑顔になる。ディランはいつもわたしを元気づけてくれるわ。……あっ、いけない、ちゃんとしなきゃ。慌てて真顔に戻ると、お辞儀した。
「お気遣いありがとうございます。それでは失礼致します」
遠くで見ていたレシーナ達を見つけ、駆け寄った。
「レシーナ、テルア、大丈夫だった?」
「それは私が言いたいよ」
「うん、ミレイル大丈夫?」
「何ともないよ」
わたしはその場で一回転した。それを見たテルアが苦笑いする。
「まあ、王子殿下達に治してもらったからね」
そう言ってわたしの後ろを見る。つられて振り向くと、シリウス達は話しながら歩き去る所だった。時折こちらを見てくるけど、何してるのかしら?
「とりあえず、授業に行こう」
わたしはそれ以上何も考えずに授業に向かった。
午後の授業が終わったあと、寮に帰るというレシーナ達と別れて、わたしは図書室に向かっていた。ここの本も、半年で結構読んだわ。家と違って魔術の本が多いのよ。今日は何を読もうかしら。
そんな事を考えながら歩いていると、向かいからユリアンナ様がやって来た。礼をする。しかし、ユリアンナ様はわたしの腕をつかんだ。
「ちょうどいいわ、こっちに来なさい」
強く引っ張られる。痛いわ、離してよ!
連れてこられたのは学院の地下。暗く陰鬱な雰囲気のここに、ドアが一つあった。
「せいぜい頑張るといいわ。三十分も持たないと思うけど」
にやりと笑ったユリアンナ様は、ドアを開けると中にわたしを突き飛ばした。ドアが閉じられる。慌てて押してみたものの、ビクともしない。
わたしは閉じ込められてしまった。




