23-I 平民の扱い?
その日から、わたしに対する嫌がらせがひどくなった。廊下でレテフィア様やユリアンナ様とすれ違えば、土や水をかけられる、足を引っかけられる。
わたしの持ち物も、水浸しになったりズタズタに切り裂かれていたり。わたしはその全てをこっそり魔術で元通りにした。そして平然としているわたしに、また嫌がらせをして来る。
だけど、わたしは何とも思っていない。全部大した事ないのよ。攪乱一部解除でどうとでもなるくらい。あんなので嫌がらせしているつもりかしら。初めこそその態度に驚いたものの、慣れてしまえばなんて事ないわ。
そうして半年程経ったある日。階段の上で、レテフィア様と出会った。いつも通りお辞儀して通り過ぎようとしたら、手を引かれた。
「目障りよ、消えてしまいなさい」
耳元で囁かれる。意味がわからずに混乱するわたしは、勢いよく突き飛ばされた。体が傾いていく。えっ?ま、まずいわ、どうしよう!咄嗟に土壁を出したが、わたしを支えきれずに崩れる。解除しないと何も出来ない、けどここにはたくさんの人が……
一瞬の後、全身に衝撃が来た。思わず呻く。その勢いのままわたしは階段を転げ落ちた。痛みに耐えながら立とうとする。しかし、目の前に誰かが立った。
「そうよ、そうやって這いつくばってればいいのよ」
ユリアンナ様はそう言うと同時に光を放ち、目をつぶったわたしは水に呑まれた。ああ、意識が遠くなっていく──
気がつくと、真っ白い世界。眩しくて目を瞬かせる。しばらくすると、明るさに慣れてきた。わたし、どうしてこんな所にいるのかしら?
「気がついた?」
声の方に目を向ける。そこには、レシーナとテルアが座っていた。
「レシーナ、テルア……ここは?」
「保健室よ。覚えてない?」
言われて思い出す。そうだわ、わたしレテフィア様に階段から突き落とされたんだわ。その後、ユリアンナ様に水をかけられて……
「あの二人、どうなったの?」
「学院長様に呼び出されたよ」
「ミレイルも後で話を聞くって」
お祖父様……迷惑かけてごめんなさい。
「そんな事より、ミレイルが無事で良かったぁ!」
「心配したんだから!」
二人が抱きしめてきた。温もりが暖かいわ。水をかけられたのとは大違いね。
気がつけば、わたしも二人と一緒に泣いていた。その日はそのまま部屋に戻り、眠りについた。
次の日。わたしは学院長室に向かった。ドアを叩く。
「失礼致します、ミレイル·エンジュです」
「入りなさい」
ドアを開け、一礼して部屋に入る。ドアを閉めてお祖父様の目の前まで行く。
「そこに座りなさい」
言われた通りに座る。お祖父様はわたしを見つめると、徐に呪文を唱えた。
「『防音結界』」
そして頷くと、質問してきた。
「アイリーナ、一体何があった」
「えっ、お祖父様?」
「ああ、防音したから大丈夫だ。それより、何があったか教えてくれ。昨日からテオドールがうるさいんだ」
「お父様……」
わたしはお祖父様に昨日あった事を話した。聞き終わったお祖父様は頭を押さえた。
「それは前からか?」
「いえ、階段から突き落とされたのは初めてですわ」
「突き落とされたのは?って事は、他に何かされてたのか?」
「まあ、すれ違ったら水や土をかけられたり、持ち物を壊されたりですわね。嫌がらせにもなってませんでしたけど」
「アイリーナ、それを嫌がらせと言うんだ……」
お祖父様に呆れられてしまったわ。だけど、何とも思っていなかったからいいんじゃないの?
「それでな、あの二人の処分なんだが……」
「一時休学で十分だと思いますわ」
「アイリーナ、それでいいのか?」
「ええ。ちょっと攪乱を解除すれば何とでもなりましたから」
「分かった。それと、後でテオドールに連絡してやれ、ずっと心配してるからな」
「はい」
わたしが頷くと、お祖父様は微笑み、結界を解除した。
「ミレイル、もう良いぞ」
「学院長様、ありがとうございました」
一礼して部屋を出る。大きく息をつくと、歩き出した。平民ミレイルとして。
寮に戻り、部屋に入る。もうお昼だわ。午後の授業の準備をしてから、お父様に連絡するのに伝鳥を使う。お父様、心配かけてしまってごめんなさい。わたしは元気で暮らしてますわ。
伝鳥をお父様のもとに飛ばし、食堂へ向かう。
食堂に入ってすぐにレシーナ達を見つけ、手を振った。レシーナが驚いている。
「遅くなっちゃった」
「ミ、ミレイル、もう大丈夫なの?」
「うん。学院長様とも話してきたよ」
「ま、まあ、ミレイルが大丈夫って言うなら大丈夫か」
昼食を食べて、三人で午後の授業に行く。もうすっかりいつも通りね。
しかし、午後の授業、地属性魔術の授業に顔を出した途端、その場にいた全員の視線を受けた気がした。レテフィア様はいなかった。その内の一人が近づいてくる。
「あの、階段から落ちたって聞いたんだけど……」
「そうだよ」
「もう戻ってきて大丈夫なのか?」
口々に聞かれる。わたしは頷いて、大丈夫と言いながら訓練室の真ん中、先生の所まで行った。
「ご迷惑かけてごめんなさい」
「いや、それより本当にもう良いのか?」
先生にも言われた。そんなに心配かしら?わたし、もう元気いっぱいよ。
「本日は中級魔術、『成長』を教える」
やっとね。今までずっと初級魔術だったから、少しつまらなかったの。
生徒それぞれに一つ植木鉢が配られた。小さな苗が植えてある。
「……では、その苗を成長させなさい」
先生が締めくくると、皆一斉に取りかかる。もちろん、わたしも。最近は、少ない今の魔力量でも、ある程度の魔術は使えるの。そう言っても習った初級魔術しか使えないから、咄嗟の時はあまり役に立たないけれど。
目の前の苗に集中して、呪文を唱える。すると、苗が少し動いた。これは、上手くいく時の動きだわ。ちょっと微笑んでさらに魔力を込める。苗は、ゆっくりながらもしっかりと成長した。
授業が終わって部屋に戻ると、どこからか鳥が飛んできた。お父様の伝鳥だわ。手を差し伸べる。
『リーナ、良かった、無事なんだな!何も出来なくてごめんな。次そんな事があったら、容赦なく解除していいから。怪我だけはもうしないでくれ』
お父様、心配かけてしまってごめんなさい。その優しさにまた涙があふれた。
それから一ヶ月、何事もなく平穏無事に過ごした。




