20-F 女神と救世主
ボクはフォナム。フォナム·イルア·ディルメイト。真っ黒な髪に漆黒の瞳の、パッと見十歳くらいの子ども。でも、その中身は魔王。もう何百年も生きている。
この世界は、女神ルチス·セインテリー様の加護のもと、四人の精霊と四人の魔王がバランスをとっている。ボクはその一人。魔王の中でも平和主義な方で、二百年ほど前に封印されてしまった。過去最強の魔王、ヴィレヒト·マイド·ヴァイスに。
封印されていたボクを救ったのは、女神ルチス様。その時の言葉は忘れない。金髪に空色の瞳をしたルチス様はとてつもない怒りを含めて言ったのだ。
「ヴィレヒトの馬鹿が、人間世界に干渉しているわ。止めるのを手伝ってくださる?」
「もちろんです!」
ルチス様には逆らえない。というかヴィレヒト、人間世界に干渉したのか。そりゃルチス様も怒るな。ボクら精霊や魔王は世界のバランスを影からとる存在。
特に魔王は人間に積極的に干渉する事は許されていない。そうしたらバランスが崩れるからだ。ボクらの存在が知られれば、人間は利用しようとする。それは、"理"に反するのだ。
かくして封印を解かれたボクは、ヴィレヒトのしでかそうとしたことを出来るだけ妨害した。一方でルチス様は大胆な行動に出た。
人間世界に、ヴィレヒトに対抗出来る子どもを生み出した。そして、国王にお告げを行った。流石にそれは、と思わずたしなめたボクに、ルチス様は言った。
「今、世界のバランスはぐらついているわ。大丈夫、その子には十歳になれば分かる印をつけておいたわ、それまでは普通に育つはずよ」
ところが。その子が二歳の時に、ヴィレヒトがその存在を消そうとした。それも、人間世界にある、禁術『死の紋章』という必殺の魔術で。慌てたルチス様は自分の力を使ってヴィレヒトを返り討ちにした。そのおかげで、子どもは助かったが、ヴィレヒトの行方が分からなくなった。
そして、ついこの間。
「フォナム、あの子のそばにいなさい。ヴィレヒトはきっと気づいたわ。あの子をきっと襲ってくるわ、そこを今度こそ…」
言われてとりあえず人間世界に向かう。しかし、その途中で珍しいものを見かけて思わず立ち止まった。まあボク空飛んでたんだけど。
そこには、三種類の竜巻があった。風で出来ているのはたった一つだけ。他二つは全て違う属性の魔術の応用だった。ボクは興味を持った。そういえば、最近遊んでないなぁ。最後に遊んだのは、封印される前に魔王カジャスタと魔術をぶつけあいっこしていた時かな。ボクはうずうずしてきた。
そこに、土の竜巻まで出てきた。もう我慢出来ない。ボクは飛び出した。
いたのは、大人が四人に、子ども三人。大人が驚愕の表情なのに対し、子どもたちは興味津々か、あるいは不貞腐れていた。
「せっかく揃えたのに……」
大人が少し引く中、子ども一人が聞いてきた。
「僕達と遊んでくれるのですか?」
「その前に、あなたは誰?」
それに続いたのはピンクの髪の女の子。不思議そうに首を傾げている。
「ボクはフォナム」
魔王と言いかけて止める。正体を言ってどうする。
「じゃあフォナム様、遊びましょう?」
一番の年長と思しきピンクっぽい金髪の少女。さっき不貞腐れてた子だ。その瞳は爛々と輝き、楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「もちろん!『砂塵』」
先手を打つ。遊ぶとはいえこれは戦い。傷つけない程度に叩きのめそうじゃないか!
「『突風』」
「『水砲』」
風で吹き飛ばされ、続いて水の攻撃が……来ない。ボクの周りを旋回している。
「どうしたの?ボクに当てられないの?『岩砲』」
岩を撃った後で気がつく。これ、さっきの水の竜巻だ。ボクが撃った岩は、水の勢いにのまれて削られていた。慌てて防壁を張る。しかし。まるでそれを見越したように、高威力の氷矢が飛んできた。防壁が破られる。上から出ようと土壁を使おうとすると、光が降ってきた。
「『防壁』っ」
防壁を張った途端、竜巻が消えた。よく分からないけど、チャンスだ。
「『闇球』」
相手の魔術を吸収、無効化する闇属性上級魔術。これを相手の子どもたちに向けて撃った。結界すら通り抜け、中の人を無力化する、強力な魔術。これでボクの勝ちだよね!
しかし、子どもたちは意外な行動に出た。迫り来る闇球を無視したのだ。えっ?いや、普通あれ無視するか?
混乱気味のボクの目には衝撃の光景が映った。まず、一番上の女の子が光線を発射、闇球を止めた。驚くボクに、水と揺れが襲い掛かる。防壁が持たない、あと少しで壊れるという時に、追撃がきた。闇球を貫いた、聖なる光。防壁は打ち砕かれ、ボクはびしょ濡れになった。
「ありがとう、すごく楽しかったわ」
びしょ濡れで立ち尽くすボクに、子どもたち三人が近づいてくる。みんな晴れ晴れした笑顔を浮かべていた。かなり手を抜いたとはいえ、ボクに勝つとは……
「き、キミたち、何者?」
「あっ、言ってなかったわ!アイリーナと申します」
「レオンハルトです」
「わたしレイチェル!」
アイリーナ?どこかで聞いたような……
『その子の名前は、アイリーナ。見ればわかるはずよ』
ハッとして目の前の子どもをじっと見つめる。ピンクが入っているけれど、しっかりした金髪。その瞳は空色。
「わたしの顔に何かついていますか?」
「い、いや、そうじゃないよ」
慌てて取り繕う。けれど、間違いない、この子が"救世主"アイリーナだ。
「ねえ、お友達になろうよ」
呆然とするボクに、レイチェルが話しかけてきた。
「友達?」
「うん、たまにこうして遊んで欲しいの」
そんな事ならお安い御用、ボクは頷いた。
その後、帰ると言うアイリーナ達と別れてルチス様のもとへ向かう。
「フォナム、よくやったわ」
ルチス様が微笑む。こうして見ると、アイリーナとそっくりだ。
「ついでにもう一つ頼まれてくれる?」
「何でしょうか」
「アイルクス王立学院に入学して欲しいの」
「えっ?」
入学?このボクが?
「どうしてです?」
「ヴィレヒトは、あの子が卒業する前にきっと叩きに来るわ。それを阻止しないと、バランスが完全に崩れてしまうのよ。一応リスカは付けているけど」
「リスカをですか!?」
リスカ·テリーナ、四精霊の中でも実力者だ。ボクは勝ったことは無い。
「リスカがいれば良いのでは?」
「あら、会ってないのね。リスカは……」
「……分かりました、見ておきます」
そうだよな、ボクら魔王と違って精霊は分かりやすいからな…
結局、ボクは学院に通うことになった。アイリーナには気づかれないように。




