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2.一夜の奇跡

主人公、アイリーナの父親、テオドール·フォン·セイレンベルク視点です。

  自宅で仕事をしていた僕は、書類から目を離して侍女を呼んだ。


「いかがいたしました、テオドール様」

「ああ、紅茶を持ってきてくれるか」

「かしこまりました」


  侍女が紅茶を用意する間、僕は机の上の書類に目をやった。いくら僕が宰相の息子、テオドール·フォン·セイレンベルクで、次期宰相だとしても、これは多すぎないか、と思う。娘が生まれたばかりだというのに。しかも、ほとんどが重要な内容─『闇の邪王』関連の対策─なのだ。


「お待たせしました」

「ありがとう」

「それでは失礼します」


  紅茶を飲みながら、書類の続きに目を通す。そして、ふと思った。─こいつ何がしたいんだ?─見ている書類には、邪王が引き起こした様々な事件が載っている。危険な魔道具の使用跡、操られた人々、王都での魔物発生、その他諸々。


 しかし、共通点がないのである。王権を乗っ取るわけでも、国を滅ぼすわけでもなさそうなのだ。彼がやっているのは、人々を恐怖させること。目的がわからず、国の主要部は混乱していた。


  そこまで考えたところで、窓の外を見た。思い出すのは、先日、父上が陛下を連れて家に来たことだ。


 娘アイリーナの誕生祝いにいらっしゃった陛下は、抱かせてくれとおっしゃった。そして、腕の中にあるアイリーナの顔をじっと見つめた彼に、僕は聞かれたのだ─この子に何かしらの印はついていないか、と。


 意味が分からなかったが、否定した。すると、陛下と父上が顔を見合わせた。抱いているアイリーナそっちのけで相談し始めた。僕がアイリーナを心配してそわそわする間も、ニ人は話し込んだままだった。


 僕の耳に邪王、女神、という単語が飛び込んできたあたりで、アイリーナが声を上げた。アイリーナを返してもらった後、僕はどういうことか聞いた。ニ人はもう一度顔を見合わせ、父上が口を開いた─











  思い出してため息をつく。邪王に対抗出来る、印を持つ子供を探している、という父上の答えはずっと頭に残っている。我が家のかわいいアイリーナにそんな力があるなんて考えたくもなかった。幸い父上達は、女の子よりは男の子の方が可能性があると考えたらしかった。


  こんなことを考えていたからか、無性にアイリーナに会いたくなった。僕はアイリーナの部屋に向かった。


  部屋に入ると、アイリーナはベッドで寝ていた。椅子を持ってきて横に座り、かわいい娘の寝顔を眺めた。やはりこの子が邪王に対抗出来るなんてことはないだろう。そう思って顔を上げると、ちょうど妻、セシリアが入ってきた。


「あら、テオ様、どうなさったの?」

「シシー」


  僕は微笑んだ。セシリアが近くに来る。そして、二人してアイリーナを見つめた。


「リーナ」


  アイリーナを見ていると、仕事の忙しさなんてどこかへいってしまう。僕はこの幸せを守ろうと決意した。





















 ──二年後。その日はひどく忙しかった。家に書類を持ち帰る手間も惜しく、王宮に部屋を借りて仕事をしていた。仕事を終えて帰路に着いたのは明日が迫る頃だった。


 僕が家に着いた時、この家の者のではない邪悪な気配を感じ、胸騒ぎがした。まさか、セシリアとアイリーナに何かあったのか!?あわてて気配を感じる方へと向かった。途中、廊下に倒れている人を見つけ、駆け寄った。


「シ、シー?シシー!」


  信じたくなかった。混乱する頭でセシリアに治癒魔法をかける。幸い彼女は気を失っていただけのようで、すぐに目を開けた。しかし同時に、感じていた気配が強くなった。


「テオ、様…あ、あの人が!リーナを!」

「わかった、シシーは待っててくれ!」


  言うが早いか、僕は駆け出した。疲れた身体にむち打って、一直線にアイリーナの部屋へ向かう。強まっていく邪悪さの中、僕は女神に祈った。─リーナを守ってくれ、この生命と引きかえにしてもいい─


  アイリーナの部屋の扉は開いていた。僕がリーナ、と叫びながら部屋に飛び込んだのは、侵入者─ヴァイス公爵─が魔法を発動させた直後だった。彼の放った魔法、禁術に指定されている『死の紋章』がアイリーナに─僕はその場に崩れ落ちた。『紋章』の中で光るアイリーナを見た僕は、凄まじい衝撃を受けて意識を失った。











「………さま、ておさま、テオ様!」

「…し、しー。ぼくは……」


  意識を取り戻した僕は、目の前で泣いているセシリアに何があったのか質問しようとして、思い出した。


「あ、アイリーナ、は…?」

「………」


  セシリアは取り乱し、涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。


「うそ、だろ……?」


  僕は立ち上がり、ふらつきながらアイリーナの眠るベッドに向かった。横たわるアイリーナは、ただ眠っているように見える。そこで僕はあることに気がついた。


「紋章が、ない……?……まさか!?『治癒(キュアヒーリス)』!」


  『死の紋章』を受けて死んだ者は、その身体のどこかに独特の紋章が残る。最後に見た時、アイリーナのおでこにはっきりと紋章が刻まれていた。紋章が無いことに希望を見出した僕は全力でアイリーナに治癒魔法をかけ、その顔に触れた。すっかり冷たくなっていると思っていたそれは、ほんのり温かかった。そして、アイリーナは目を開けた。


「……ん、うぁ、お、おとうしゃま」

「リーナ…」

「り、リーナ、本当?い、生きてっ、ああリーナ!」

「おかあしゃま…おとうしゃま…っ、うう、うわぁぁあん!こ、こわかったぁぁ」

「リーナ、もう大丈夫だ、頑張ったな」


  泣きじゃくるアイリーナをセシリアと一緒に抱きしめた。もう二度とこの温もりを離したりしないと、二年前の誓いを新たにした。











  翌日、事の次第を父上と陛下に報告し、僕は家族とセイレンベルク公爵領に向かった。

序章が長引いてしまってごめんなさい。次で終わるはず、です。

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