15-I 王都での暮らし
お父様の仕事も落ち着いてきた頃。わたしはレッスンを受けながら、家にある本を片っ端から読んでいた。
今読んでいるのは植物の本。かわいい花の絵がたくさん描いてある。
「リーナ、どれにするのか決まったかしら?」
わたしは首を横に振った。だって、どれもかわいいんだもん!
聞いてきた人──お母様が小さく笑った。
「なら、また今度にしましょうか?」
「えっ、ま、待って」
わたしはあわてた。やっと刺繍してもいいって言われたのに、また待つのはいやよ。
今日は、お母様と約束した、刺繍を教わるの。それで、刺繍する花をえらんでいたんだけど、どれもかわいくて迷ってるの。だけど、早く決めなきゃ。
「お母様、これにします!」
一際目を引いたピンクのかわいい花を指し示した。
「あら、これはサクラね。春になったら木にたくさん咲くのよ。もうそろそろかしら」
お母様はサクラを見つめてなつかしそうにそう言った。
「さあ、刺繍しましょうね、まずは何するか覚えてる?」
「はい、玉結びします」
そうよ、そう言ってピンク色の糸を渡される。そして針。
「気をつけてね。ここの穴に糸を通すのよ」
えっ、ここ、糸通るの?わたしは左手に針を持って糸を通そうといろいろやった。持ちかえてみたり、縦にしてみたり、ねじってみたり。そして、ようやく糸が通った。
「出来たかしら。それなら、次は……」
お母様の説明を聞きながらゆっくり針を通す。小さいから、ちょっとずれると大変。刺繍がこんなに大変だとは思わなかったわ。だけどね。
「……玉結びして、糸を切るの。それで完成よ」
「……はい、そしたら……」
パチン。じゃまな糸を切って……
「で、できたっ!」
わたしの手には、左下にピンクのサクラの刺繍が入った白いハンカチ。お母様みたいにきれいにできなかったけど、十分。刺繍は、できた時とってもうれしいのね!
「リーナ、上手に出来たわね」
「はい、ありがとうございます!」
「お父様、街に行きたいです」
その日の夜。お父様の部屋に向かったわたしは、お父様にお願いした。レッスンを受けるのも、本を読んで過ごすのもいいけど、たまには外に出たいわ。セイレンベルク公爵領では、外でかけ回ってたのよ。それを聞いたお父様はちょっと困ったように微笑んだ。
「リーナ、それは……」
「だめですか?」
わたしはお父様をじっと見つめた。しばらくして、お父様が小さくため息をついた。
「…わかった。だけど、ミルを連れて行け。絶対だ」
「お父様、ありがとうございます!」
わたしは小さく飛び跳ねてお礼を言った。やった、街に行ける!
その日はわくわくして寝つけなかった。
そして、明くる日。わたしは、白いワンピースに身を包んで街にいた。
「わぁ、きれい」
新年祭の時は人がたくさんいたけど、今はそこまで混んでない。それで、きれいな街並みをじっくり観察しながら歩く。
「アイリーナ様、どちらに行かれますか」
「うーん、特にないなぁ」
わたしは答えた。街に来たけど、行きたいところはないの。だって、わたしは広い外で遊びたかっただけだから。何なら街の外でもいいけど、あそこはお父様に危ないからだめと言われている。だってモンスター出るもんね。だから、街には用はないのよ。
「それでは、ぜひ紹介したい所があるのですが、来て頂けますか?」
「もちろんよ」
ミルに言われて興味を持つ。何だろう、ミルのおすすめはいつもすごいからな。この前の昼食もとってもおいしかったし。
「ミャア」
そうそう、忘れてたわ。家を出ようとしたら、アイリスがついてきたの。抱きあげて家に入れようとしたら、アイリスが文句を言ってきた。
『わたしも行くわ。王都を見てみたいの』
『どうしても?』
『ええ』
『じゃあ、はぐれないでね!』
アイリスもいっしょにお散歩している。そして、ミルがあるところで止まった。
「こちらです」
ドアを開けるとそこは、いろいろな服やドレス、アクセサリーが並ぶ、こじんまりしたお店だった。奥から茶髪に茶色い瞳のおじさんが出てくる。
「いらっしゃいませ。おや、かわいいお客様だ」
「お父様」
ミルが呆れたように呟く。えっ、お父様ってことは、この人ミルの……?
「ああごめんよミル。初めまして、ミルとジルの父親、フィリップ·エンジュと言います。『ランブランド』の当主です」
「はじめまして、アイリーナ·フォン·セイレンベルクです」
あれ、ランブランドって、王族の服も作ってるっていうあの?思わずキョロキョロすると、フィリップ様はふふっと微笑んだ。
「アイリーナ様、こちらへどうぞ。服をお作りします」
言われるまま奥へ行くと、そこにはジルにそっくりな男の人がいた。茶色い髪。だけど瞳は茶色い。
「こんにちは、カイルです」
「ジルそっくり……」
小さなわたしの呟きを聞き逃さなかったカイルは聞いてきた。
「弟を知っているのですか?」
「はい。あっ、わたし、アイリーナ·フォン·セイレンベルクと言います」
それを聞いて少し目を見張る。そして微笑みながら言う。
「アイリーナ様、少し動かないでくださいね。ミル、ちょっと手伝って」
ミルといっしょにわたしのサイズを測る間に、フィリップ様が生地を差し出してきた。
「どれがいいですか?」
「うーん、えーと、これ!」
わたしは淡いピンクの生地を選んだ。サクラみたいでかわいい。
「かしこまりました」
「アイリーナ様、一週間後にドレスをお届けしますね」
「いいの?」
もちろんです、みんなそろって言う。わたしは微笑んで言った。
「ありがとうございます!」
午後はマナーのレッスンがあったので、お店を出ると家に帰った。
「ミル、ドレスありがとう」
「いえ、喜んで頂けて良かったです」
ミルは本当にうれしそうだった。ミルのこんな顔を見るのは初めてかもしれないわ。いつもしれっといろいろこなしてしまうからね。
マナーのレッスンを終えると、わたしは図書室に向かった。今日は『変身者』について調べるのよ。ここの図書室、とっても広いの。ぜったい一つはあるはずよね。そう思って魔術に関する本、特に地属性の本を探す。
しばらくして。ミルが呼びに来た。
「テオドール様がお呼びです」
「わかったわ」
残念だわ。今日も見つけられなかった。でも、どこかにぜったいあるわ!わたしは一冊、刺繍の本を取ってお父様のところに向かった。
「お父様、なんでしょうか」
部屋についたわたしはそのまま聞いた。お父様は顔を上げると、質問を返してきた。
「リーナ、魔術のレッスンはどうだ?」
「とても楽しいです」
「それは良かった」
お父様はわたしを撫でる。
「王都に来て、心配だった。リーナのことと、シシーのことが。だが、大丈夫そうだな。何かあったら、僕とシシーに何でも言ってくれ」
「はいお父様」
お父様の温もりを感じて、わたしはそっと目を閉じた。
上手くまとまりませんでした……
一応これにて第一章は終わりになります。




