14-I 魔術のレッスン
わたしは銀髪の男の子を見つめて首を傾げる。街で会った時は茶色い髪の毛だったけど、まちがいない、シリウスね。しかしシリウスは動かない。その隣の男の子も動かない。どうしようと思って、カリオン様を見た。呆然としていたカリオン様は目を数回瞬かせた。
「……まさか、これほど……」
そして部屋を見回した。あっ、そういえばまだ泡を浮かべたままだったわ。泡を一斉に弾けさせた。それにびくっとした男の子二人にカリオン様が気がついた。
「ああ、シリウス、ノエル。こっちに来てくれ。この子がいっしょに魔術を学ぶアイリーナだ」
「アイリーナ·フォン·セイレンベルクです。よろしくお願いします」
軽く挨拶した。男の子二人もそれぞれ自己紹介した。
「あらためて、シリウス·サン·アイルクスです。よろしくね、アイリーナ」
「ノエル·フォン·フォルティスです」
やっぱりシリウスだったわ。でも街で会った時のシリウスとは全然違う。生き生きしていて、ほっぺたがほんのり赤く染まっている。まさに王子様。ってことは、殿下って呼ぶことになるのね。
一方のノエルさまは、その蒼い瞳に驚きを浮かべてじっと見つめてくる。カリオン様の孫だよね。ちょっと微笑んで首を傾げると、ノエルさまは口をぽかんと開けた。
「ノエルさま?」
「あっ、いや、なんでもないっ」
あわててかぶりを振るノエルさま。その横では殿下が寂しそうにしていた。
「アイリーナ、僕のこと、覚えてる?新年祭の時に街で会った……」
「もちろん、覚えてます、殿下」
それを聞いて、シリウスさまはほっぺたをふくらませた。
「シリウスでいいよ。あと、敬語もいらない」
「あのっ、僕も、ノエルって呼んで」
「うん、わかった。よろしくね、シリウス、ノエル」
わたしはとびきりの笑顔を浮かべた。シリウスとノエルがはっとする。そこに咳払いが聞こえた。カリオン様が苦笑いしている。
「仲良くするのはいいことだが、そろそろレッスンを始めるぞ」
その言葉にわたしたち三人はそろって言った。
「「「よろしくお願いします、カリオン先生」」」
それから。わたしたちは教科書を渡された。
「これを、初めから十ページ読みなさい」
それぞれソファーに座って読み始める。この時、誰がわたしの隣に座るかで少しもめた。結局、言い合ううちに、アイリスがしれっとそこに飛び乗って丸まった。二人はふてくされながらも、大人しく引き下がった。
わたしはアイリスを撫でながら教科書を読んだ。お父様に借りた本よりわかりやすいわ。微笑みながら読み進める。
書いてあることは大体同じね。魔術っていうのは、誰でも使えるわけではないこと。属性と魔力量は人それぞれ違うこと。そして、街の外のモンスターのこと。街や道には普通現れず、森の中や山、海などに棲んでいる。
「魔術は、剣や弓矢と同じように、モンスターを倒すことにも使われる。もちろん、生活にも使われているが、危険だということは頭に置いといてくれ」
カリオン様が口を開く。わたしたちが頷くと、よし、と言った。
「だったら実践だ。その前に、シリウス、こっちへ」
そう言うと水晶玉を机に置いた。あれ、これって魔力測定の時の?
「ノエルとアイリーナは測定したが、シリウスはまだだったな。これに手を置いて」
シリウスは言われるまま手を水晶玉に置いた。水晶玉が輝きだす。青。そして緑に変わると、輝きを増した。カリオン様が頷く。
「もういいぞ。それでは、全員が使えるのは生活魔術、それと水属性か。これから始めよう」
わたしたちはカリオン様からいろいろな魔術を教わった。でもその実践方法に驚いたわ。まず、ここじゃ狭いと言ったカリオン様は、わたしたちを連れて部屋を出た。そして、王宮にある訓練所の一部屋に入る。そこで言った。
「まず覚えてもらうのは『防壁』だ。自分を守ってくれる、生活魔術の初級のやつだ」
そう言って自分に『防壁』をかけると、わたしに言ってきた。
「アイリーナ、攻撃してみてくれ」
「はい先生。『水泡』」
とりあえず泡をたくさん浮かべ、カリオン様めがけて飛ばした。その全てを弾き飛ばした。
「こんな感じに攻撃から守ってくれる。ただし、強い魔術は防げない」
わかったら練習だ。そう言われてそれぞれ練習する。イメージするのは目の前に透明な壁がある感じ。
「『防壁』」
魔術を上手く使ったわたしを見て、カリオン様がやってきた。
「強度を試そうか。『風刃』」
その瞳を緑に輝かせて容赦なく攻撃してきた。さすがにシリウスやノエルも驚いている。まさか、ここまでするとは思ってなかったわ。でも、これ楽しい!次々に飛んでくる風の刃を弾き飛ばしていくの。わたしが微笑むのとカリオン様が攻撃を止めるのとは同時だった。
「アイリーナ、合格だ。少し待っててくれ。何してもいいから」
やった、何してもいいって!わたしははいと言うと、さっそく何をしようか考える。アイリスのそばまで来ると、ちょっと考えて、泡をたくさん作った。それを一つに集めて大きくする。触ると弾けてしまった。だけど、そんなことはいいの。
「『水泡』」
今度は大きな泡がわたしを覆うイメージ。呪文を唱えると、わたしは泡の中にすっぽりと収まった。中からそっと触る。今度は大丈夫そうだわ。
そんなことをしていると、ノエルもどうやらクリアしたようね。あとはシリウスだけ。だけど、上手くイメージ出来てないみたい、ちょっと手伝ってあげよう。
わたしは泡から出ると、またしても泡を作り出し、シリウスに向けて飛ばした。飛んでくる泡に気づいたシリウスはあわてて呪文を唱える。
「『防壁』っ」
わたしの泡は物の見事に全て弾き返された。シリウスが文句を言ってきた。
「アイリーナ、何でいきなり泡を飛ばしてきたんだ」
「でも、魔術使えたでしょ?」
「え?……あ、ほんとだ」
カリオン様が大きく頷いた。
「シリウスも合格だ。次の魔術にいくぞ。次は『浮遊』だ」
しばらくして。訓練所には『防壁』を張って、無邪気な三人の子供の攻撃を受け続ける二人の大人。壁際には白猫が丸まっている。
「『水泡』」
「『水球』」
「うおっ!?背後から泡を飛ばしてくるとはやるな」
「ゲオルグ、そろそろ反撃しようか」
「ああ。『氷矢』」
「『風刃』」
そう言って攻撃してくる二人──カリオン様とゲオルグ様。ゲオルグ様はわたしたちの様子を見に来て、そのまま水属性の魔術を教えてくれている。そして、これをとても楽しんでいる。
「「「『防壁』!」」」
わたしたちは守りに転じる。たくさん飛んでくる風の刃と氷の矢。怯えることもなく全部弾き飛ばした。
「もっと本気で攻撃してみろ。私たちの防壁に傷がついたらお前達の勝ちだ」
「「「はいっ!」」」
「おいゲオルグ、そんな無茶な」
カリオン様があせったけれど、わたしたちもゲオルグ様も準備万端。わたしはシリウスとノエルと目を合わせると、同時に呪文を唱えた。
「『水球』」
「『水泡』」
「『突風』」
風で加速した泡は、片っ端から弾き飛ばされる。水球も難なく防がれた。
「どうした?そんなものか?」
これでわたしの心に火がついた。全力で攻撃するわ。あの防壁に傷がつけられそうなのは、カリオン様の魔術とゲオルグ様の魔術かな。だったらまねするだけね!
「『氷矢』、『風刃』、『突風』っ!」
「『水球』!」
「『水泡』っ」
わたしは氷の矢と風の刃をたくさん飛ばし、突風で加速させる。シリウスは大きな水球を出して小さく縮め、思いっきり飛ばす。ノエルは泡を後ろに回り込ませた。
「な、なに!?」
泡に一瞬気を取られたその時、わたしたちの魔術が当たった。どんどん弾かれていく。しかし。残った防壁には確かにヒビが入っていた。
「やった、傷つけたよ!」
「やったね!」
「僕たちの勝ち!」
一方、カリオン様とゲオルグ様は防壁を解除し、顔を見合わせた。何やら真剣に話し合った後、そろってこっちを向いた。
「お前達、よくやった。まさか負けるとは思ってなかったぞ」
「褒美をあげよう」
笑顔でそう言ってカリオン様が持ってこさせたのは、小さめのケーキ。一口で食べきれるそのケーキは、ふわふわで甘い。
「おいしい」
そのおいしさに笑みがこぼれた。足もとにすり寄ってきたアイリスを抱きあげて撫でる。
『よかったね、アイリーナ』
アイリスの声が聞こえた。答える代わりに優しく抱きしめた。
「今日はこれで終わりだ」
「久しぶりにこんなに楽しんだよ。ありがとうな」
その言葉に、わたしたちはそろって返した。
「「「こちらこそありがとうございました!」」」




