13-I お祝いパーティー
新年祭はとても楽しかった。お友達も出来たし、ミルが連れて行ってくれたお店。とてもおいしかった。そして、その後も少し散歩して、家に帰ってきた。
家につくと、なんだか騒がしい。ちょうど通りかかったジルに聞いた。
「ねえジル、何かあったの?」
「アイリーナ様、実は、先程テオドール様の宰相就任が発表されたのでございます」
「お父様が?」
「はい。それと同時に、魔導師長、騎士団長、さらには国王陛下までがその地位をご子息様にお譲りなさったのです」
それでこの騒がしさなのね。確かに国の偉い人たちが同時に変わったら混乱もするわ。その上セイレンベルク公爵家では──
「ってことは、今日はパーティーね?」
「はい。セシリア様が仰いました」
お祝いのパーティーが開かれるの。これは昔から。何かとてもいいことがあると、決まってパーティーだった。わたしもテンションが上がる。すぐに部屋に向かうと、支度をして、お父様が帰ってくるのを本を読みながら待った。
しばらくして。お母様がそろそろお父様が帰ってくるわ、と言いに来た。わたしはお母様といっしょに玄関に向かう。そして、サプライズをしかける。
まずはお母様。小さな花火をつくり、結界に閉じ込めて『浮遊』で浮かせる。
わたしは、『水泡』で出した泡に光属性の初級魔術『発光』を当てた。それをお母様が固めて完成。簡単な色とりどりのアーチが出来た。
「テオ様に聞いていたけど、ここまでとは思わなかったわ」
お母様がわたしの魔術に驚いている。わたしだって練習したもん!お父様に習ったコントロール方法を、暇な時に練習していたのよ。
ドアが開いて、お父様が俯きつつ入ってきた。
「「おかえりなさい」」
「ただいま──!?」
顔を上げたお父様は目を見開いて固まった。
「こ、これは……」
「宰相就任おめでとうございます」
「ちょっとしたサプライズです」
お父様が驚きつつアーチをくぐると、アーチは跡形もなく消え去った。
「さあ、今日はパーティーですのよ」
お母様がお父様を連れていく。そしてパーティーが始まった。
セイレンベルク公爵家の身内のパーティーでは、危険でなければ何でもあり、というルールがある。つまり、攻撃しない魔術を使ってもいいし、ミルたち使用人もわたしたちといっしょにパーティーを楽しめる。もちろんダンスもオーケーなの。
わたしはレオンハルトといろんな料理を食べる。奥ではお父様とお母様がダンスを楽しんでいる。パーティーの一角では、誰かが魔術を使ったようで、歓声が上がっていた。それを見たレオンハルトが聞いてきた。
「おねえしゃま、まじゅつ、つかえるの?」
「少しだけよ」
レオンハルトが見たいと言ってきた。わたしは、どうせやるならパーティーを盛り上げようと思いついた。
「『水泡』」
部屋中、みんなの頭上に泡を浮かべる。かなりの量を浮かべ、何人かが気づき出したところで、次の魔術を使う。
「『発光』」
そのタイミングに合わせて光を当てる。パーティーがきらめく。そしてすぐに弾けさせた。
「おねえしゃますごい!」
「ありがとう」
会場は一瞬静まり、すぐにより騒々しくなった。横でレオンハルトが目を輝かせている。わたしもパーティーを盛り上げることが出来たのでうれしい。
「今の、リーナか?」
お父様がいつの間にかやってきた。お母様もついてきている。でも、せっかく楽しそうに踊ってたのに。
「そうです」
とりあえず頷く。お父様が微笑んで頭を撫でる。
「上手くなったな」
その後小さく何か呟いたけれど、聞き取れなかった。そこに、興奮したレオンハルトが割り込む。
「レオンもやりたい!」
「レオンにはまだ早いわ」
お母様にすぐに却下され、泣きそうな瞳でこっちを見てくる。しかたないわ、試してみよう。
「レオン、これ見て。『点火』」
レオンハルトの瞳は紅いから、使えるのは火属性。わたしはできるだけ小さくして、指先に火をともした。
「いい?こんな感じに、できるだけ小さな火を指先に乗せるの。頭に思い浮かべて、『点火』って言うのよ」
レオンハルトはわたしの出した火をじっと見つめながら聞いていた。そして呪文を唱える。しかし、何も起こらず、また泣きそうになる。
「レオン、よく頑張った。大丈夫、練習すれば出来るようになるよ」
お父様が宥めようとしてレオンハルトの頭を撫でる。しかし、レオンハルトは首を振った。
「やだ!いまつかうの!」
お父様とお母様が困ったようにしている中、レオンハルトは隣にいるわたしの手をつかむ。その手を両手でそっと包み込んだ。
『レオンも、みんなをたのしませたい。おねえさまたちをわらわせたい』
強い思いが流れ込んでくる。その純粋な気持ちに、うれしくなった。レオンハルトを全力で手伝うことにする。
「レオン、もう一回イメージしてみて」
レオンハルトは頷いて、真剣な顔でイメージし始める。そのイメージがわたしの頭にも浮かぶ。この紋章、イメージも受け取れるの!?ってことは、わたしのイメージも送れるんじゃない?
そこでわたしは手に火を浮かべるイメージをする。横のレオンハルトを見ると、その瞳が紅く輝いた。
「『点火』」
レオンハルトが唱える。その手には小さな火が揺らめいていた。お父様たちは呆然としている。レオンハルトは一瞬目を瞬かせ、すぐに笑顔になる。
「やった!できたよ、おねえしゃま、ありがとう!」
レオンハルトは飛び跳ねて喜ぶと、その勢いのまま飛びついてきた。あわてて受け止める。だめだ、倒れる!
そっと背中を支えてくれる感覚。お父様が受け止めてくれていた。そしてわたしによくやったな、と言うと、ギュッとわたしにしがみついているレオンハルトの方を見る。
「レオン、すごいぞ!」
「ええ、まさか出来るなんて思ってなかったわ」
お父様とお母様が口々にレオンハルトをほめる。レオンハルトは満面の笑顔。よかったねレオン、みんな笑顔になったわ。
ところが。次の言葉に固まった。
「レオン、もっとまじゅつやりたい」
お母様が即座に却下しようとして、止まる。さっきのことがあるからね、下手なことは言えない。
「レオン、あの……」
お父様も口ごもっている。そしてそろってわたしの方を見てきた。うん、そうよね。わたしが言うのが一番ね。
「あのねレオン、魔術は危ないの。だからね…」
「だめなの?ずっと?」
「そんなことないよ」
目に涙が浮かんでくる。しかたない、こういう時はあれね。
「レオン、ちゃんとお勉強して、賢くなって、危ないって分かるようになったら、いっしょに練習しよう?約束だよ」
その言葉に安心したのか、レオンハルトは大きく頷いた。
「わかった。レオン、おべんきょうする!だからいっしょにれんしゅうするの、やくそく!」
笑顔が戻ったレオンハルトを抱きしめ、頭を撫でた。
──この約束は、すぐに果たされることとなる。
宰相になったお父様は、次の日からかなり忙しくなった。しかし、その忙しさの合間に、わたしを魔術の先生と会わせてくれた。
その日の昼に、お父様の伝言を受けたジルが部屋に来た。
「アイリーナ様、テオドール様が魔術の先生と会わせるので、王宮に来いと仰せです」
「王宮に?わかったわ、準備するね」
ミルに準備してもらい、馬車に乗り込む。そしてジルといっしょに王宮に向かった。途中でジルに、誰が先生なのか聞いてみたけど、知らないと言われた。うん、そうだよね。しかたない、のんびりしよう、そう思ってクッションに手を伸ばすと。
「ミャオ」
ふんわりした感触。それに、この声は……
「アイリス?何でここに?」
クッションに丸まっていたのは、思った通りアイリスだった。
「アイリーナ様が喜ぶかと思いまして……テオドール様にも、王宮に連れてきて良いと許可を頂きました。アイリス様も自らお乗りになりました」
質問に答えてくれたのは、もちろんアイリス──ではなく、目の前に座っていたジル。笑みがこぼれた。
「ありがとうジル、アイリス」
わたしはアイリスを抱き寄せ、膝に乗せた。まったりしながら馬車に揺られ、やがて王宮についた。
案内された部屋では、お父様ともう一人、どこかで見たことがあるような人が本を持って座っていた。
「お父様、ただ今まいりました」
「リーナ、お疲れ様。こちらが、これから魔術を教えてくれる……」
「カリオンだ。会うのは二回目だな。よろしく、アイリーナ。その後ろの猫は?」
えええ!?魔術の先生って、まさかのカリオン様?いや、つい最近まで魔導師長だったよね?どういう流れなの?
お辞儀してアイリスを紹介しながらも頭の中ではかなり混乱していた。そしてさらにわからないことを言い出した。
「アイリーナ、君に魔術をかける。魔力を制限する魔術をな」
そうして何事か呟いた。体を何かが覆った感じがする。
「これでいい」
「何をしたんですか?」
「目くらましをかけた。アイリーナの魔力量を、実際よりずっと少なく見えるように」
「何も変わりませんけど」
「そのうち分かる。『解析』とか『看破』を騙すために、実際使える量も解析結果と同じくらいに制限した」
うーん。よくわからないけど、普通に暮らすのに何も問題ないみたいなので安心した。
気がつくとお父様が立っていた。
「ではカリオン様、リーナをお願いします」
「任せろ」
「お父様、お仕事がんばって」
お父様はわたしを撫でると部屋を出て行った。部屋にはわたしとカリオン様の二人だけ。そろそろ始まるのねと思ったらあと二人来ると言う。誰だろう、楽しみ。
そんなことを考えていると、カリオン様が質問してきた。
「アイリーナ、今どのくらい魔術が使えるんだ?」
「えっと、初級魔術なら大体使えると思います」
「なっ、何だと?…少しやってみてくれ」
少し驚いたようなカリオン様に言われ、わたしはとりあえず『浮遊』でカリオン様の持っていた本を浮かす。続いて『点火』で本を少し焦がすと、あわてるカリオン様を尻目に『修繕』で直した。最後は、『水泡』でたくさんの泡を浮かべ、『発光』を当てた。
ちょうどその時ドアが開いて、男の子が二人入ってくる。色とりどりにきらめく泡を見てわたし以外の三人が固まった。
しかし、魔術に夢中だったわたしは気づかなかった。その出来に微笑んで、カリオン様に言った。
「こんな感じでしょうか」
そしてようやく男の子二人に気がついた。一人は青い髪に蒼い瞳。もう一人は銀髪にどこかで見たような碧翠の瞳。二人とも泡を見て目を丸くしている。あれ、銀髪の子の方、どこかで会ってる?髪の色も雰囲気も全然違うけど、でも……
目が合った。その瞬間確信する。
(シリウス?どうしてここにいるの?)




