12-I/S 新年祭
Iはアイリーナですが、Sとは……?
今回初登場です。
※ノエルの瞳について修正しました
魔力測定から三日経って、今日は新年祭。わたしは朝からわくわくして落ち着かなかった。セイレンベルク公爵領の新年祭も、いろんなお店があって楽しかったけど、今年は王都での新年祭。街の大きさも、祭りの規模も全然違う。ここにはどんなお店があるのか、散歩しながら見るのを楽しみにしていた。
初めは、お父様やお母様と一緒に街を見て回る予定だった。しかし、お父様は仕事が忙しくなり、一緒に行けなくなってしまった。お母様は、レオンハルトやレイチェルのことを放っておけないという事で、わたしはミルと二人で街を歩くことになった。
部屋でミルに身なりを整えてもらう。今日は白いワンピース。その上にピンクの薄い上着を羽織る。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
お母様に送り出されて、わたしは街に出かけた。
街は、人で溢れていた。セイレンベルク公爵領の街の比ではない。あわてて、はぐれないようにミルの手をつかんだ。もちろん右手で。左手はしっかり握っている。油断すると、人に当たってしまう。お父様にできるだけ使わないように言われたので、当たらないように気をつけていた。
それでいて、お店を見て回る。おいしそうなパフェのお店、きれいなアクセサリーのお店、野菜などを売っているお店。そして、広場に出る。真ん中には大きな噴水があって、周りにはお店が立ち並んでいる。円形のその広場は他の場所と比べると人が少なく、わたしは噴水の前で立ち止まった。
「ねえミル、ここにはどんなお店があるの?」
「アクセサリーやドレスなどのお店。パフェやお菓子、紅茶専門店。それと、新年祭用に食べ物を売る屋台などでしょうか。セイレンベルク公爵領とあまり変わりません」
「お菓子のお店はどこにあるの?」
「こちらでございます」
案内するミルに連れられて、お菓子のお店に向かう。
そこには、いろんなお菓子が並んでいた。わたしの持っている料理本にも載っているクッキーやマカロン。他にも、様々な種類のケーキなどがある。クッキーをいくつか買って食べてみた。サクサクでまろやかで、ほんのり甘かった。とてもおいしい。家に帰ったら作ってもらおうと思った。
店を出てしばらく散歩する。もはや人が多いのには慣れてきた。のんびり歩きながら街並みを見る。道は石畳で出来ていて、でこぼこだけど歩きにくくはない。その両脇にはお店や家が立ち並んでいる。そして、ところどころに街灯が立っていた。ランプのような形をしている。
しばらくふらふらしていると、さっきの広場に出た。噴水の前にベンチが空いていたので座る。座ったとたん、一気に疲れがきた。
「アイリーナ様、お食事に致しますか?」
「そうね。ミル、良さそうなところを見てきてくれる?わたしここで待ってるから」
疲れて動けないのでミルに頼む。ごめんねミル、疲れてると思うけど、お願い。できるだけ早く戻りますと言ってミルは行った。
わたしは思い切り伸びをした。周りを見渡すと、親子連れが多いようだ。あちこちでわたしと同じくらいの子が遊んでいる。近くには親らしき人。楽しそうでいいなと思ったり思わなかったり。
周りを見ていて、ふと違和感を感じた。何だろうと思って探すと、細い路地に、子供が何人か集まっているようだ。しかし、遊んでいるにしては様子がおかしいと思う。まるで一人をいじめているような……
少しすると、子供たちはいなくなり、一人だけそこに残った。蹲って動かない。気になって近くに行ってみる。
そこにいたのは、わたしと同じくらいの茶髪の男の子。膝を抱え込んで、顔を伏せている。
「どうしたの?」
声をかけるとびっくりしたように顔を上げた。碧翠の瞳からは涙が落ちていて、怯えたように小さく震えている。
「わたし、アイリーナって言うの。あなたは?」
かがみ込んで笑顔を向ける。わたしは敵じゃないよ、怖くないよと思いながら。男の子は小さく口を開いた。
「僕は、シリウス……」
まだ怯えているようだけど、何があったんだろう。
「ねえシリウス、何で泣いてるの?何があったの?」
そのまま聞いてみた。そして、慰めようと右手を差し出した。しかし、シリウスに払いのけられた。びっくりしてシリウスの方を見る。シリウスは、辛そうに顔を歪める。
「僕に、さわっちゃ、だめ。みんな、倒れる。みんな、怖がる」
わたしは構わずにシリウスのほっぺたに左手を当てた。まるで少し前までの自分を見ているみたいで放っておけない。紋章から伝わって来るのは、恐怖と怯え。シリウスはびくっとしたけれど、だんだん落ち着いていく。少しすると泣き止んで、おそるおそるわたしの手に触れた。目を見開く。
「僕がさわって倒れないの、家族だけだったのに。みんなに怖がられてたんだよ」
それを聞いて驚いた。
「わたしは、そんなの、さみしい」
「ねえアイリーナ、お友達になろうよ」
わたしが思わず泣きそうになると、笑顔でシリウスが言ってきた。おねがい、と言われて断れるわけもないし、断るつもりもない。それに、わたしもお友達になりたいと思った。
「もちろん!よろしくね、シリウス」
「ありがとう」
二人して立ち上がると、広場に戻った。ミルが迎えに来るまでの少しの間、シリウスと楽しく話していた。食事に誘ってみたが、断られてしまった。
「ごめんねアイリーナ、僕そろそろ帰らなきゃ」
「そう……また会えるよね?」
「もちろん!」
そしてシリウスと別れた。
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「お前なんか消えてしまえ!」
……またか。僕、シリウス·サン·アイルクスは王都にある細い路地で蹲った。いじめられている理由、それは『吸収』という能力。触れた相手の魔力を吸い取るというものだ。いつもは王子として王宮で暮らしているが、今日は父上に言われた。
「シリウス、新年祭に行ってこい」
「なぜですか?」
「王都の様子を見るんだ。民がどのように暮らしているか、学んでこい」
王子であるとバレないよう、王族の証である銀髪は茶色に染め、静かにしていたのだが、絡まれてしまった。
王宮でも僕は怖がられている。触れた相手を、たまに気絶させてしまうのだ。大丈夫なのは王族だけ。そして今も悪いことに、能力が発動して、触れてきた相手が倒れてしまったのだ。そして、相手から冒頭の言葉が飛び出した。
(僕は、ずっと嫌われ続けるのか?恐れられ、いじめられるのか?そんなの嫌だ)
視界が滲んでいく。僕が諦めかけた時、近くで声がした。
「どうしたの?」
びっくりして顔を上げた。そこにいたのは、自分と同じくらいの、白いワンピースにピンクの上着を羽織った女の子。ピンクがかった金色の髪を後ろに流している。その優しい声に、涙がこぼれた。まるで天使だ。
「わたし、アイリーナって言うの。あなたは?」
目の前の子─アイリーナは、笑顔で聞いてきたが、その空色の瞳にはただ心配の色を浮かべている。その笑顔がまぶしかった。でも………今の僕は、触れてしまえばアイリーナまで倒してしまう。その純粋な瞳が恐怖に染まってしまう。
「僕は、シリウス……」
だから、軽くおしゃべりして終わらせようと思った。しかし。
「ねえシリウス、何で泣いてるの?何があったの?」
目の前の天使は優しく僕に触れようとする。思わず払いのけた。
「僕に、さわっちゃ、だめ。みんな、倒れる。みんな、怖がる」
アイリーナに言う。僕は倒したくない。だから、アイリーナを止めようとした。しかし、アイリーナは止まらなかった。
まさかの事態に固まる。アイリーナの左手が、僕のほっぺたを優しく包んでいる。おそるおそる手に触れてみる。しかしアイリーナは倒れない。それどころか、その手から温かいものが流れ込んでくる。その温かさが僕の心を癒していく。アイリーナ、やっぱり君は天使、いや女神様だよ。
少ししてアイリーナが手を離す。ちょっと残念に思ったが、アイリーナの笑顔で吹き飛んだ。そして、疑問に思ったことを聞いた。どうして僕に触れるのか、と。今まで父上たち以外はみんな怯えていたし、倒れていたから。
それを聞いたアイリーナの瞳が悲しげに揺れた。
「わたしは、そんなの、さみしい」
その瞬間、僕はアイリーナとずっといっしょにいたい、と思った。アイリーナに友達になろう、とお願いした。理由はないが、断られないことを確信しながら。
「もちろん!よろしくね、シリウス」
アイリーナはとびきりの笑顔でそう言った。
二人して立ち上がると、広場に戻る。アイリーナとおしゃべりするうちに、瞬く間に時間が過ぎていった。
その中でアイリーナに昼食を誘われた。すごく行きたかったが断った。今日は祖父である国王陛下に呼ばれている。そろそろ帰らないと間に合わないだろう。また会うことを約束してアイリーナと別れた。
帰りながらアイリーナの笑顔を思い出す。さっきから目に焼き付いて離れない。それに、ピンクが入っているとはいえ金色の髪の毛だった。たぶんセイレンベルク公爵家の子だろう。だったら必ずまた会える。頭を振って切り替えようとした。
昼食を食べて陛下の待つ部屋に向かう。やっぱりアイリーナといっしょに食べたかったな。そんなことを思いながらドアを開ける。
「ただ今まいりました」
「ああ、シリウス、礼はいい。そこに座りなさい」
陛下の目の前に座ると、何やら笑みを浮かべている。
「何か、いいことがあったようだな」
僕は頷き、街であったことを話した。アイリーナのことを話すときは少しテンションが上がった。
「それはよかった。少し心配していたんだ。ところで、実は今日の話の半分がアイリーナのことだ」
「なぜ陛下がアイリーナのことを知っているのですか?」
僕は驚いた。まさか祖父上がアイリーナを知っているとは思わなかった。しかし、続く言葉に唖然とする。
「私はもう王ではない。今日をもって、ユリウスが国王だ」
「父上が!?」
初めて聞いた。だが同時に納得がいく。確かにここ数日の父上はとても忙しそうだった。
「お前にセイレンベルク公爵家の令嬢であるアイリーナと仲良くしてもらおうと思っていたんだが、言うまでもなかったな」
やっぱりセイレンベルク公爵家の子だったか。アイリーナを思い出して小さく微笑む。そういえば、アイリーナが半分だと言われたな。
「では、残りの半分は何ですか」
「お前の今後についてだ」
そして僕は今後──主に王太子教育について話を聞いた。難しい話が続いて混乱してきた頃の、とある発言に食いつく。
「そうそう、魔術はアイリーナやノエルといっしょに学ぶようにしたからな」
ノエルことノエル·フォン·フォルティスは少し前に会った僕の友達。蒼色の瞳を持っていて、同じ五歳ながらいくつかの魔術を使っている。それに、アイリーナもいっしょ。僕は魔術のレッスンが待ちきれなくなった。




