11-T 驚愕
アイリーナが水晶玉に手を置く。途端、水晶玉が光り始める。さあ、どの属性持ちだろう?複数あるとは思うが。まず赤。セシリアと同じ火属性。次に青、僕と同じ水属性。しかし、それだけでは終わらない。水晶玉は、緑、茶、水、黄、さらには金と黒に光り、最後に白い光が部屋中にあふれた。
(なんてこった……全属性持ちなんて)
僕は唖然とする。全属性持ちは、過去でも例がない。アイルクス王国の初代国王がその圧倒的な強さで国をまとめたというが、その彼ですら主要四属性持ちだったらしい。しかも、とんでもない魔力量。
(父上が言っていたお告げの子はリーナの事だろうな。しかし面倒な事になりそうだ)
父上に報告するのに、信じてもらえなさそうなので、ジュレハントに水晶玉を持っていくよう頼んだ。
部屋につくと、声をかける。
「父上、陛下、魔導師長殿、テオドールです」
「入りなさい」
陛下の許可する声を聞き、部屋に入る。三人はソファーに座っていた。アイリーナに順に挨拶している。それに対して、アイリーナが丁寧に挨拶する。
「はじめまして。アイリーナ·フォン·セイレンベルクです」
五歳児とは思えないしっかりとしたマナーをもってお辞儀し、顔を伏せている。周りでは父上をはじめとしてカリオン様、陛下、ジュレハントが目を見はっている。そして、陛下が徐に立ち上がるとアイリーナの前に立った。見つめられているアイリーナは少し怯えているようだ。
「ゲオルグ、アイリーナが怖がっているじゃないか」
「すまない。こちらへおいで」
父上に言われた陛下がアイリーナをソファーに連れてくる。そして言った。
「ここでは堅苦しい肩書きはなしだ。名前で呼んでくれ」
という事は、国のあれこれには関係ない話し合いと言う事か。
「ところでテオドール、魔力測定はどうだった?」
「それは気になる。空色の瞳ではどの属性持ちかわからん」
父上とカリオン様に聞かれる。自分でもまだ信じられないし、説明するより見てもらった方が早い。ジュレハントに水晶玉を用意してもらい、アイリーナにさっきと同じようにやってくれと言う。アイリーナは頷いた。
アイリーナが水晶玉に手を置くと、またしても色とりどり、八色に光った後、部屋中を満たす白い光。二度目とはいえ、まだ信じられない。父上たちも固まっている。そっとアイリーナの方を見ると、小さく首を傾げていた。かわいい。今すぐ抱きしめたい。
しばらくして陛下が驚愕の声を発した。そして父上の方を向く。大方、アイリーナが探していた子供だというのは確定したのだろう。陛下はその確認のためか、手の紋章を探している。そして、紋章に触れた。
「大丈夫、少し驚いただけだ。怖かったか?」
アイリーナは呆然としている。こうなるのなら紋章の力についても言っておけば良かったか?
「あ、あの、大丈夫です」
「そうか」
陛下が手を離す。呆然としていたアイリーナも徐々に元に戻る。一方、陛下は父上と話している。ただし、一言二言ずつ。もしや、ここでお告げの事を言うつもりか?これ以上アイリーナの負担を増やさないでくれ。
とりあえず、不穏な空気を感じた僕はアイリーナと家に帰ることにした。父上たちに帰ることを宣言して部屋を出た。
廊下を歩きながらアイリーナに聞かれる。
「お父様、どうしたの?」
「あのままいたら、面倒な事に巻き込まれそうだったからな。ところでリーナ、陛下から何を聞いたんだ?」
アイリーナには本当のことは言えない。上手く誤魔化して、気になっていた事を聞いた。しかし、アイリーナは困ったように微笑むと、その話は馬車でと言った。
馬車で質問の答えを聞く。そして決定的な事は聞いていない事に安心しつつ、紋章の力について言わなかった自分を殴りたくなった。しかも、アイリーナは会話はしていないと言う。もしかしたら陛下には気づかれていないかもしれない。どちらにせよ、アイリーナはよく頑張った。僕はアイリーナを褒め、ギュッと抱きしめた。
家についた頃、父上の伝鳥が届いた。王宮に今すぐ来るように、と。仕方なく、アイリーナを置いて王宮に引き返した。
父上たちはさっきの部屋にいた。僕が部屋に入ると、父上が防音結界を張る。女神様のお告げの話は、余程内密なことらしい。
部屋にいるのは、三年前の事件の真実を知る、この国の上層部の人たち。
陛下と次期国王のユリウス。
宰相である父上と次期宰相と言われる僕。
そして、魔導師長カリオン様と次期魔導師長のジュレハント。
最後に、騎士団長のギルバート·フォン·アークウェル様とその息子で次期騎士団長、ディルクーフェン。
ちなみに、陛下、父上、カリオン様、ギルバート様の四人と、僕とユリウス、ジュレハント、ディルクーフェンはそれぞれ幼なじみ同士だ。
準備が整ったところで、陛下が口を開いた。
「五年前、私にあるお告げがあった。それは、闇の邪王に対抗出来る、印を持つ子供が生まれた、というものだ」
陛下の話は続く。その時最もその可能性が高かったのはここにいる家の子供たちだった事。一人一人を確認したが、誰にも印はなかった事。
父上と僕以外は初耳だったらしく、少しざわめいた。陛下が咳払いをする。
「つい先日、テオドールからクリストファーに連絡があった。娘アイリーナの手に紋章が刻まれていると」
「な……まさか、「死の紋章」の後遺症か?」
思わず、と言った感じで呟くカリオン様。陛下はそれに首を振る。
「分からん。前例がないからな」
「という事は、アイリーナがお告げの子、だと?」
ジュレハントが問う。
「その可能性が高い。何せ、全属性持ちでとてつもない魔力量を有している」
さらっと告げられたこの発言に、僕ら実際に見た人以外が唖然とし、まさか、と呟いている。
「私も実際に見なければ信じなかっただろう。だが、これは事実。そして、これが知られればアイリーナは危険だ。邪王だけでなく利用しようとする人に狙われるだろう」
一気に騒がしくなった部屋の中、僕は手を挙げる。
「もう一つ伝えなければならない事があります」
「何だ?まだあると言うのか?」
ギルバート様が疲れた顔で言う。そりゃそうだ、この話し合いだけで驚愕の事実が二つも知らされたのだ。残念ながら、もう一つあるんだけど。
「はい。アイリーナの紋章ですが、『念話』のような力があります。紋章に触れた相手と、念話することが可能です。動物に対しても効果があるようです」
僕が言った途端、陛下が首を傾げる。
「もしや、あの時……」
「アイリーナはしっかり聞いていました」
僕が肯定すると、カリオン様とジュレハントがそんなバカなと呟く。
「だってあの時、アイリーナの瞳に変化はなかっただろ?」
「あれは魔術じゃない、紋章の力だ」
「そんな事が………」
一方で陛下は胸を撫で下ろしていた。
「もしあの時決定的な事を考えていたら………」
まあ、十分決定的ではあるんだけど、邪王という言葉を出さなかっただけ良かった。それは僕も思う。
ここで、父上がある提案をする。
「アイリーナが狙われるのは、その魔力量と属性だろう。であれば、攪乱魔術で対処するのはどうだ?」
攪乱魔術。いわゆる目くらましである。中級の生活魔術『解析』や地属性の上級魔術『看破』などで相手の魔力量は判断できる。これを攪乱しようというのである。
実際の魔力量には変化はない。しかし相手に見せている分だけしか使えなくなる。この上限を超えると、普通の魔力切れと同じように、活動が出来なくなる。
アイリーナにそこまで魔力を消費する魔術は使えないし、最適な考えだろう。他の人たちも同じ考えに至ったようで、カリオン様が魔術をかけることになった。
「ならば、カリオン、そのままアイリーナに魔術を教えてやれ」
「ち、父上!?まさか、本当に……?」
陛下の爆弾発言に、何か思い当たることがあるらしいユリウスが慌てる。そして、訳が分からずにただ聞いていた僕たちに、最後の爆弾が投下された。
「三日後の新年祭で、私は王位をユリウスに譲る。同時に、宰相、騎士団長、魔導師長も人事を一新する」
初耳だ。辺りを見回すと、ジュレハントとディルクーフェンも混乱している。開いた口が塞がらないとはこの事か。
「この事は当日に発表するので、口外しないように」
わかりました、そう返すのが精一杯だった。
家に帰り、アイリーナの部屋に向かう。
「それじゃあまず紋章からやろうか」
アイリーナの手に触れる。最初は声が響いてきたが、やがて小さくなっていき、ついに聞こえなくなった。しかし、僕の声が届かないようにするのは難しいようだ。だが、自分の声を相手に届けないように出来ただけすごいと思う。
紋章はこれくらいにして、魔術を教えることにする。とは言っても、新しい魔術を教えるのではなく、コントロール力をつける練習だ。
アイリーナが目を輝かせて、見せたいものがある、と言ってきた。なんだろうと思ったら、アイリーナの瞳が紅く染まる。
「『点火』」
アイリーナの手に火が出現する。火属性の初級魔術だ。しかし、どこでこれを知ったんだ?僕はまだ生活魔術しか教えてないし、セシリアが教えるとも思えない。そんな事を思っていると、火を消したアイリーナ。その瞳は今度は蒼い。
「『水泡』」
唱えれば、いくつもの泡が出来る、水属性の初級魔術。主に相手を動きにくくするものだが………
驚く僕をよそに、風属性の初級魔術『突風』、地属性の初級魔術『土壁』を使ってみせた。
「どこで覚えたんだ?」
やっとの事で聞く。アイリーナは何ともないように答える。
「お父様に借りた本を読みました」
「それだけで?ここまで出来たのか!?」
信じられない。本で読んだだけで、初級とはいえ初めて知る魔術をここまで使えるなんて。今日はどうしてここまで常識外れの事ばかりなんだ?
そしてふと、アイリーナが悪い奴らに利用された場合、とんでもない事になるだろうと思う。純粋でまだ幼いアイリーナに、悪いことはさせない。
「リーナ、魔術を決して悪いことに使わないでくれ。これから、ずっと」
「わかりました。では、良いことに使います!」
アイリーナと約束した。
この約束が後々国の危機を救うことになるのだが、そんな事は知る由もない。
その後新年祭までは、父上について宰相の仕事を覚えていった。




